1.魔術実験

「……しかし、本当に挑戦するのですか? 先輩」


 そう聞いてきたのは、一学年下のマリンチェスター卿こと、トーマス・レキシントン殿だ。

 かのエルスワース卿シルヴェスター殿とはウマが合うらしく、一緒に行動していることが多い。

 つまり、この場には彼もいる訳だ。


「そうだな。固有魔術ユニークマジックを使おうとすると目が回ってしまうんだ」


 そう答えた。自分で言うのも何なのだが、ワタシには固有魔術ユニークマジックがあり『時の支配者タイムルーラー』という光系統の魔術を持っている……らしい。

 というのも、今は行使できないのだ。

 厳密に言うのなら、術式は覚えているし発動に至るまでのプロセスも、それを行うための詠唱文も完全に頭に入っている。


 問題はワタシ自身の身体の問題なのだ。

時の支配者タイムルーラー』は、とても強大で強力な魔術であり、発動に成功すれば一時的ではあるが時間を止めたり巻き戻したりすることができる。

 そんな強力な術だから故に、発動には膨大な魔力が必要になり、今のワタシにはそれを補うだけの魔力を蓄えられるほどの容量はない。


 魔力を持つ人間が、魔力を全放出すると体力まで奪われる。自分の魔力量以上の魔術を行使すると、足りない分は体力を魔力に変換して消費していくからだ。

 具体的に数値パラメーターで把握できるのならコントロールもできようが、そのような便利な秤はどこにも存在しない。全ては感覚という訳だ。


 簡単に言えば、魔力以上の魔術を使ったら、命が削られる……つまり、そういう事だ。


 とはいえ、それに恐れを成して何もしなければ何も変わらない。それに魔力量を上げるためには、魔力を限界ギリギリまで使い切り、それを回復させることが必要になっていく。

 その結果、回復した魔力量は従前より大きくなっていくのだが、とても時間が掛かるから、魔術の高みを志す者なら人知れず訓練している……筈なのだが……


 まぁ、他の生徒の事はどうでもいい。問題は、ワタシ自身にあるのだから。


時の支配者タイムルーラー』は、10段階あるということが現時点で分かっている。それが正しいのかどうかはわからない。何せ、固有魔術ユニークマジックだから、事例が圧倒的に少ないのだから。

 先祖に行使できる人間がおり、我が家で先祖伝来の書物に書き記されてあったので、魔術式は、そこで得た知識を用いているから、その先の段階が有るかもしれないし無いのかもしれない。


 平たく言えば「やってみないとわからない」事なのだが、今のワタシでは、第三段階までしか、行使することはできない。

 第三段階は、3秒間だけ時の流れを1/5に引き延ばす事だ。つまり3秒間を15秒にすることができるのだが、実際使おうとすればあっという間に魔力どころか体力まで持っていかれ、昏倒してしまう。

 昏倒しなくとも、眩暈と吐き気に襲われ何もすることが出来ないし、あの感覚は何と言っても不快だ。


「多少気持ち悪いが、少しでも慣れておきたくてね……」

「あまり無理しないでくださいよ、先輩」


 マリンチェスター卿……いや、ここはトムと呼ばせてもらおう。彼は本当にいい奴だ。

 もともとマリンチェスター男爵家は武官の家系だ。貴族の中でも武官の家は、気性がさっぱりしている者が多いとは聞くが、トムはその中でも抜きんでているような感じがする。

 きっと歳を取れば『豪傑』と呼ばれるかもしれない。


「気分悪くなったら……言ってください……応急措置……」

「シェリルの言う通りですよ、クロウリー様」


 大柄なトムがいたので見えなかったが、他にも見物人ギャラリーがいたようだ。それも女子生徒。


――たかが実験だというのに、見物とはなんと酔狂な……


 そう思ったが、女性……ただし姉妹以外……に、見られるのは悪い気はしない。気取りたくなる気持ちを抑えて声のする方へ視線を向けると彼女・・がいた。

 はしばみ色の髪と桃色の瞳と南国に住まう人に多い幼顔は、学院からエルスワース卿のクランに転籍した女中メイドの少女だ。


 フロラ・トゥイル……マーキュリー王国南端から海を隔てたイオタ島出身の女性だ。彼女に何故制服を着ているのか尋ねたら、女中メイドが立ち入れない区画があり、リネア様ことヴァレンシュタイン生徒会長が、シェリル嬢の従者として学内を自由に移動できるように取り計らった結果らしい。


 それにしても制服姿の彼女は、とても新鮮で……綺麗で……

 見惚れてしまう程に可愛らしい……

 

 また、話が逸れた!


 フロラの住んでいたイオタ島は、海洋資源が豊富な島であり、人々は穏やかに過ごしていた……過去形だ。


 今より2千年前より、主導権を巡っての争いが絶えず、それに加担する近隣の諸国も介入し、更相攻伐こもごもたたかっていたという。

 約1500年前にマーキュリー王国によって、一度は平定されたとの記録があったが、資源の配分を巡って100年前に島を二分する対立やいさかいが起き、それぞれの勢力に加担する南方公国連邦とバイヤール王国の武力侵攻を受けた。


 それが2年前の事だ。

 島の自治領主が殺害され、無政府状態となり、多くの島民が対岸のマーキュリー王国に逃れて来て、彼女もその一人だったこと。


 ところが入国は許可されたものの、そこからが苦難の連続だったそうだ。

 スパイを警戒するあまり、様々な検査や審査を受けて検査官……もちろん女性……の前で丸裸にされたこと。

 どうしてもイオタ訛りが取れず、雇われた貴族や富裕平民の家でも他の家人たちに嘲られたり、辺境民という差別的扱いを受けたこと。

 様々な職を転々として、ようやくこの学院で、本来の女中メイドの仕事をえられたこと。


 それを苦労話として話すことなく、思い出話のように笑顔で話す彼女を、ワタシは一人の人間として心から尊敬してしまった。


 と同時に、気になってしまうことも……


 このホーリーウェル魔導学院に女中メイドとして落ち着くまでどれ程の苦難を味わったのか、笑い話にしているが、察するに余りあることは言うまでもないのだろう。

 だからこそ、本人は魔力増大などの日々の努力もしていないくせに、先祖の威光を笠に着て、彼女に暴力を振るおうとする同級生デービッドには心底腹が立った。


――貴族の面汚しめ!


 これを機に懲らしめておこう。そう思って挑発してみれば、面白いくらいに挑発に乗ってきて決闘を申し込んできた。なんと愚かな奴だろう。

 結果は言うまでもない。ただ、立会人が絶妙なタイミングで止めてくれなければ、きっと彼の命はなかっただろう。非情かもしれないが、それが貴族たる者の決闘なのだから。


 だから立会人であるエルスワース卿……いや、今はシルヴィ殿と呼ぶべきか……は、本当に只者ではないと思った。


 さて、そろそろ実験を始めようか……

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