【新月】朔──Re Start──2

※視点がコロコロ切り替わります(地の文→客→地の文)


「狭間の喫茶店『暁月』へようこそ!」



 自身を"魔女"と称した女店主はそう言って、呆気にとられた客にニヤリ…と笑みを浮かべた。まるでタイミングを合わせるかの様にウォールライトも暗くなり、目の前の自称魔女の姿を一層、薄気味悪く照らし出した。



 そんな、やや芝居のかった店主の仕草を若者は「( °-°)」と言う感じで見ていたが、徐にスマホを取り出すと何処か──多分、警察か知り合い──に連絡しようとした。



「圏外?マジで?」



 ──電話が繋がらない。SNSに切り替えて見たが此方も圏外表示。


 山の中ならいざ知らず、日本国内なら余程のド田舎か電波状況の悪い場所でもない限り大抵の場所でスマホは使える。ましてや此処は路地裏とは言え繁華街、本来ならば無料のWiFiスポットも豊富に有る場所の筈だ。



 しかし今はネットワークもWiFiも機能していない。それどころかバッテリーの残量もガリガリと異常な速さで減って行く。



「──なっ?!」



 慌ててカメラを起動し、このおかしな店と自称魔女の写真を証拠代わりに撮ろうとしたが今度はシャッターが作動しない。慌てる客の醜態を目の前の店主は面白そうに嗤って見ている。


 若者の奮闘も空しく、漸く買ったばかりの最新モデルはとうとうバッテリー切れを起こしてしまった。



「ウソだろ…高かったのに…」



 電源の落ちたスマホを持ったまま若者がへたり込む。このイカれた場所に来るまでは普通に動作していた筈のソレは、最早ただの金属の薄板に過ぎなかった。あまりのショックに妖しげな店主に掴み掛かる事も弁済を迫る事も出来ず、若者は虚ろな眼差しで床を見詰め続けた。



 •*¨*•.¸¸☆*・゜•*¨*•.¸¸☆*・゜•*¨*•.¸¸☆*・゜



「揶揄って悪かったね」



 あの後。常識の斜め上を行く事態に文字通り「( °꒳° )」と言う顔で放心した俺を見かねたのか、お姐さんが「お詫び代わりに」と一杯おごってくれた。無論、酒ではなくハーブティだったが。



「後ろ暗い様なコトはしていないんだけど、あんまり吹聴されるのも困るのよ。面倒事は避けたいからね」



 そう言ってお姐さんが指差す壁の一点には、確かに営業許可証や食品衛生管理者の書類なんかが丁寧に額に入れられて掛けられていた。



「面倒事ぉ?」



「そ。此方にも色々と事情があるからね」



 折角淹れたんだ、冷めない内に召し上がれ。一見の客に深入りされたく無かったんだろう、お姐さんはそう言って面倒事の話を打ち切った。



 バッテリーが異常消耗してしまった俺のスマホはお姐さんに預けてある。


 店の事を口外しない。


 SNSやグルメ情報誌なんかに絶対に載せない。


 あと決して店主を呼ばわりしない。


 其れを条件にオバ…お姐さんは修理を請け負った。理不尽と言うか不当に高い取り引きの様な気もするが背に腹はかえられない。



 俺の前に置かれたティーカップからは、温かな湯気と林檎に似た甘い香りが立ち昇って来ている。



「これはカミツレ茶。カモミールとも言われているね。菊花の患いキク科アレルギーが無ければ問題なく飲めるから」



 甘味が欲しかったら使って。お姐さんはそう言って蜂蜜を入れた小さなピッチャーを寄越した。受け取って少しだけ垂らすとキラキラと溶け込んで行く。一口啜ると何処か懐かしい香りと共に、クセのない甘味が喉を潤した。カップの中の黄金色は身体だけでなくカチカチに凝り固まった精神も解される様な優しい温かさで俺を満たした。



「…美味いな」



 思わず独りごちると、お姐さんは嬉しそうに顔を綻ばせた。



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 カミツレ茶で心身が解れたのだろうか。スマホバッテリーの回復待ちの間、店主と雑談をしていた若者は、何時しかポツリポツリと心の内を吐露し始めていた。



 自分だけ希望の学校に行けなかった事。淡い想いを抱いていた幼馴染に彼氏が出来た事、親しかった友人達と疎遠になってしまった事、独りだけ取り残された気がして焦っていた事、勉強やバイトに身が入らなくなってしまった事、屈託なく未来を夢見ていた高校時代が無性に懐かしい事…。



 他人から見れば些細な、けれど本人にとっては重苦しく心に伸し掛る悩みを。取り留めのない愚痴とも言えない独り言の様な其れを。



 店主は一切遮らず好きなだけ喋らせた。勿論、ちゃんと聞いているよと言うアピールのつもりか、ハーブティのお代わりをそっと注ぐ事も忘れない。そして、喋り疲れたのか、ぬるくなったカミツレ茶を一息に飲み干す若者に店主は一束のカードを差し出した。どうやらタロット占いに使うカードらしい。



「じゃ、気分転換に貴方の未来でも占ってみる?」



 まるで明日の天気か何かの話の様に軽いノリ。



「あの?俺の未来って?」



 目の前に突き出された古いタロットカードの束を見て、若者は虚をつかれた様な顔をした。正直、未来なんて碌なものじゃない、と半ば不貞腐れた日々を送っていた彼にとっては占いだろうが神頼みだろうが等しく無意味なものに過ぎなくなっていたからだ。



「そ!折角だから一枚引いてご覧。おみくじか運試しみたいなものだから」



 僅かに真剣味を帯びた店主の言葉に促されるまま若者は一枚のカードを選んだ。描かれていたのは鎌を持った骸骨…。不吉なカードに思わず固まった客を尻目に、店主は「おや、"死神"とはラッキーじゃない!」と笑顔で宣った。

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