第34話 イーシャの独白

「で、どうなったの?」

「そのまんまリオナの神殿に馬車で乗り付けて、神殿長にデタノスが殺されたことを確認させて……」

「うん」

「それから無理矢理市門を突破して街の外へ出て行った、ってわけ」

「神殿で確認させたのね?」

「ええ、共和国の人間に自分たちがどんな目に遭ったか証言させるためでしょうね。なにせデタノスの死体を乗せたまま出て行ってしまったものね」

「へえ~、でも陽が落ちている間は門は開かないんじゃなかったの?」

「そうよ、ひと揉めあったみたいだけれど、護衛に付いていた騎兵の剣幕に押されて門を開けちゃったみたいね」

「あら、あら」

「後はひたすらビクラス街道を北上して、途中短い仮眠を1回とっただけでルーケビドまで一直線!」

「まっ、外交交渉団の団長が相手国の武器でいきなり殺されたんだものね。自分たちも危ないって思ったんでしょう。気持ちは分かるわ。でも、ルーケビドで守備隊とまた一悶着あったんじゃない?」


 当然だ、血相を変えた武装勢力が国境を通ろうとしているのだから。

 素知らぬ顔でいけしゃあしゃあとそんなことを言うイーシャを半ば感心してイルディアは見つめた。


――全部自分が仕掛けたくせに――


「まあ、まだ戦争状態にあるわけでもないし、国の外へ出て行くのだからと守備隊も通したらしいわ。でもその後リオナは警戒が強くなって、誰何されずに一町を行くこともできないわ」

宿検やどあらためが2回もあったしね。のんびり骨休めはいいんだけれど、このままじゃ鈍ってしまうわ」

「10日ものんびり過ごせばいいんじゃない?そろそろ事態が動きそうよ」

「ラベルニクが何かしかけたの?」

「以前よりもっと強硬に謝罪と賠償、それに処罰を求める書簡を送ってきたらしいわ。今回は書簡だけ、人は送らないって。また殺されちゃ大変だから。あっ、そうそう、殺された交渉団の団長の胸に刺さっていた弩弓の矢も一緒に送られてきたらしいわ」

「よくそれだけ詳しく分かるわね。戒厳令と夜間外出禁止令のせいでナンガスは開店休業で見世もあまり開いてないから、当然情報源の客も少なくなっているって聞いているのに」


 イルディアはにやっと笑った。とんでもない力を持ってはいるが社会常識に疎いところのあるイーシャにむかって、右手の人差し指を立てて振りながら、


「庶民の噂話耳と口を馬鹿にしちゃいけないよ。お上が隠したがることほど早く広まるの。ラベルニクからの交渉団がほとんど不眠不休でルーケビドにたどり着いたって話だって、次の日には聞こえていたもの。多分お偉いさん達が知ったのとそれほどの時間差はないはずよ」

「だから、公表されてないラベルニクからの書簡の内容も分かるって訳?」

「そうよ、一旦書簡が開けられたら、中身は漏れてくるわ」

「なぜ?書簡を見せてもらえるわけでもないでしょう?」

「読んだ偉いさんがブツブツ言うのよ、中身についてね。聞いているとどんな内容か推測できるのね」

「周りに召使いがいる中でそんな大事な書類をみるのね」

「そう、自分たちだけではお茶も入れられないしね。側に誰かがいないと落ち着かないのよ。無表情に立っている召使いがどんなことを考えているかなんて気にしないんでしょう」

「まさか、でもないのか」


 ラクドミールの公宮でも自分の感情を口に出さずにいられない人間はいた。身分の低い者しかいない場合は特にそれが顕著だった。

 貴族や大商人だけが人間ではないのだ。普段はかゆいところに手が届くように仕えてくれる召使い達も、その無表情の下で何を考えているか分からない。側近が裏切る瞬間まで何も気づかなかった間抜けな私が、ここにいるではないか。


「そ、は平民には頭が付いてないと思っているのね。自分の一挙手一投足が見られていて、平民なりに評価されているなんて夢にも思ってないわ。まして長く側で勤めていると、ちょっとした片言や動作で見透かされてしまうのよ。側に仕えている平民が皆自分に忠実って訳でもないなんて想像もしないのでしょうね」


 気づかない方が悪いのだ、いつの間にか周囲の人間の心の動きに無頓着になった方が悪いのだ。私だって裏切りに会うまでヴィランや副長のガイデムの動きに気づかなかった。思い起こしてみれば裏切りの数日前からヴィランもガイデムも妙に落ち着きがなかった。私と目を合わそうとしなかった。それが裏切りの兆候だと気づかなかった私が間抜けだったのだ。

 イーシャの大隊は亜人で構成されて、普段はラクドミールに住んでいない者も多かった。いわば傭兵部隊に近かった。隊長として送り込まれたイーシャとの関係は上手くいっていると思っていた。しかし亜人は亜人の利害得失で動くのだ、それが公国と一致していた間はイーシャの指揮に従っていた。一見上手くいっているようだった。昨日まで上手くいっているから明日からも上手くいくだろうと、何の根拠もない思いバイアスを持っていた自分が間抜けだったのだ。尤もだからと言って亜人の長老会を許す気にはなれなかった。実行役のヴィランやガイデムより、裏切ることを決めた長老会の方が罪が重い、そう思っていた。


「そうね、そのとおりだわ」

イーシャは首を振りながらそう答えた。


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