第32話 輸送隊襲撃 2

 ビクラス街道の、ルーケビドからフェリノザまでの部分を北方街道とよぶ者たちもいる。主にはジェムシェンガ王国との通商に携わる商人達だった。ルーケビドを超えた途端に通行の危険性が跳ね上がることが原因だった。とても同じ名で呼んでいいとは思えなかった。ルーケビドまでの街道は肥沃な平原の中を通っており、途中の集落も多い。多少の凸凹はあっても基本的に平らな土地であり、匪賊や大型の魔物が身を隠すところが少ない。つまり商隊はかなり遠くから近づいてくる不審な相手を認めることができ、準備ができる。滅多なことでは不意打ちに合わないのだ。

 それに比べるとルーケビドからフェリノザまでの街道は荒れ地を通っている。地面の凸凹は大きくなり、雑木林や岩場などで隠れる場所に不自由しない。魔物も多く、魔狩人ハンターにとっては絶好の狩り場ということで、ルーケビド、フェリノザにはそこを根拠とする魔狩人が多くいた。匪賊にとっても隠れる場所が多いのはありがたい話だった。もう一つの利点はルーケビドを出てから10里ほどは街道が国境近くを走っていることだ。街道を外れて半里も東へ走れば国境を越えることができる。ラベルニク神聖同盟の土地に逃げ込まれてしまえば共和国側ではどうしようもない。警備隊がパトロールしているとき、匪賊たちは国境の向こうに隠れてやり過ごしているのだとも言われていた。

 フェリノザはジェムシェンガ王国との交易拠点であり、ジェムシェンガ産の良質な魔導鉄や他の貴金属、多様な宝石を手に入れるためには放棄できない場所だった。だから商人達は北方街道を通るときは大規模な商隊を組み、腕利きの傭兵、魔狩人を雇うのだ。今は戦争中で交易は止まっているが、この戦に勝てばもっと安く豊富にジェムシェンガ王国の鉱物が手に入るだろうと、共和国首脳は勝手な目論見をしていた。


 そういう情報は当然輸送隊もよく知るところであった。それ故、ルーケビドを出発するときから警戒態勢を敷いていた。先頭に20騎の兵を置き、軍用荷馬車を2列縦隊に組みその横に兵を配した。そんなことをすれば道いっぱいに広がってしまい、商隊の馬車が前から来たらすれ違うこともできなかったが、ジェムシェンガ王国と戦闘状態にある現時点ではそんな馬車はいないだろうという考えだった。例え前から馬車が来ても軍の威光で街道の外で待たせれば良い、と言うのも本音だった。

 馬車列の真ん中辺りにスペースを作りそこに輸送体の幹部が固まっていた。その左右を分厚く兵で囲んでいた。前後を馬車列ではさみ、横を護衛兵で固めれば安心、というわけだ。幹部達で二つに割られた馬車列の後ろ半分のさらに後ろ、最後尾に10騎の兵が付いていた。これだけの兵力になると中途半端な匪賊が襲ってくる可能性はまずなかった。個々の戦闘力は匪賊の構成員より国軍の兵士の方がずっと強い。同数で闘っても負けないのだ。だから輸送隊の兵達は魔物を警戒していた。魔物も気配を感じることはあっても襲ってくることはなかった。行程は順調だった。


 事件はもう少しで国境沿いの道を出て西北西に進路を変えようというところで起きた。街道はまばらな雑木林の中を通っていた。


――もうすぐ一番の危険地帯を抜ける――


 先頭を行く騎馬兵達がいくらか気を抜いたときだった。いきなり道の両側の木が倒れてきたのだ。2本の木は狙ったように、先頭の馬車に倒れ込み、馬車を押しつぶした。軍用馬車は商用馬車より頑丈にできている。普通なら高さ10尋あまりの木が倒れたくらいではつぶれはしない。先頭を行く騎馬兵が立ち止まり、護衛の兵が思いがけない事態に身体を固まらせたとき、潰れた馬車が火を噴いた。


「うわーっ!」


 近くにいた兵が悲鳴を上げる。


「敵襲!!」


 敵の姿は見えなかったが、誰かが大声を出した。


「敵襲!」

{敵襲!}


 声は広がっていき、兵達が武器を構えた。敵の姿を求めてキョロキョロと周囲を窺ったとき、車列の最後尾の馬車が4台まとめて火を噴いた。


「ぎゃーっ!」


 火の付いた馬車から御者が転げ落ちた。

先頭近くにいた下級士官が馬を全力で掛けさせて幹部達の所へ走ってきた。


「少佐殿、敵襲であります」


 指示を仰ぐつもりだった。その大声にはっとした司令官は周囲を見回して、何かを言おうとした。口が動いた途端に大量の血液を吹きだしたのだ。目がくるっとひっくり返って少佐は落馬した。


「「少佐殿!」」


 慌てて周囲の士官や兵が駆け寄ったが既に事切れていた。そして駆け寄った副長も同じように血を吐いて司令官の身体の上に重なるように倒れた。

 一瞬で司令塔を喪った輸送体は大混乱に陥った。その混乱の中で街道に立ち往生した馬車が次々に火を噴いていった。


 輸送体は包囲されているわけではなかった。特に騎馬兵は、火にびっくりして逃げ出した馬にこれ幸いと跨がったまま逃げだそうとした。ところが雑木林のあちらこちらにも仕掛けがあった。馬の側でパアン、パアンと大きな音を立てて何かが破裂するのだ。そして無数の小さな破片が飛んでくる。致命傷になるような大きさではなかったが兵や馬に突き刺さって煩わしかった。何より馬が嫌がった。あちらこちらで大きな音と共に破裂するを避けながら動いているうちに、現場を逃げ出した騎馬兵も馬車に乗っていた護衛兵もいつの間にか国境の方へ誘導されていた。

 そして彼らは数百人の単位で国境を越えてしまった。武装したままの共和国兵がラベルニク神聖同盟領に侵入したことは後に大きな外交問題になり、両国の間をさらに険悪なものにした。国境を越えてしまった共和国兵達がラベルニク神聖領内の民家に侵入して住民を追い出し、勝手に休憩したことは神聖同盟側を硬化させた。追い出す過程で住民に数人の死傷者を出したのだ。

 神聖連合の警備隊が集落に駆けつけたときは既に浸入した共和国兵士達は自国領に引き上げた後だった。ラベルニク神聖連合は謝罪と賠償、および処罰を要求したが共和国が応じることはなかった。


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