第29話 国境の砦 1

 リオネール共和国はグリボツワ大陸の南側に位置している。首都リオナは穀倉地帯であるボタニス平原の南端に位置し、徒歩一日の距離に外港であるネーダルがグリボツワ大陸随一の規模を誇っている。南方大陸との交易はリオネール共和国の富の源泉の一つだった。

 ラクドミール公国はリオネール共和国の西に位置していた。一番に攻められたのはその海軍力の所為だった。ラクドミール公国のみが、小規模ではあっても中原で共和国に抗しうる海軍を持っており、他の国々との戦争の最中にその輸送力を使われたら面倒だと判定されたのだ。もちろんラクドミール公国がなくなれば南方大陸との交易を独占できるというのも大きな理由だった。

 ラクドミール公国はジェムシェンガ王国をはじめとする列国と友好関係を築いていたが、公国と共和国の戦争に際してはどの国も助けてはくれなかった。共和国の戦力が他国に比べて頭一つ抜けていたことと、各国からラクドミール公国へ人や物を送ろうとすると共和国を通る必要があったからだ。公国に味方するには存亡をかけて共和国と争う覚悟が必要だった。そこまでの覚悟をもって公国を援助することはどの国にもできなかったのだ。

 そんな各国の思いとは逆に今共和国と列国との関係は冷え込んでいた。北西のジェムシェンガ王国、北東のラベルニク神聖連合、東のルスタノア連邦、南東のブレソラン王国と、友好的でない国々と接していても現在戦争状態にあるのはジェムシェンガ王国のみで、共和国も多正面作戦は避けたいという考えがあった。それぞれの国境で相手を刺激する様な行動は控えていた。ジェムシェンガ王国以外の国とは奇妙に静かな緊張状態が続いていた。



 共和国の南東に位置するブレソラン王国は共和国を取り巻く列国の中で一番小さな国だった。国土は大部分が山地で、南に海があるのに港の適地が少なく小規模な漁港くらいしか持ってなかった。そのブレソラン王国との国境もルガリオス2世が元首に就任して以来、砦を補強し、国境警備を強化していた。当然のようにブレソラン王国側も国境の柵を強化し、警備の人数を増やしていた。二つの国の砦は2里の距離を置いてにらみ合っていた。以前は商人や旅行者が足繁く行き来した国境も今は必要最小限の人々しか通らなくなっていた。



 深夜、共和国砦の望楼に夜番の見張りを残して多くの兵たちが就寝している時刻だった。国境の門の上と、左右に合計3つの望楼が有り、それぞれ3人ずつの見張りがいた。


「ふあ~」


 門の上にある望楼の見張りの一人が大きな欠伸をした。


「おい、おい。そんなことじゃ小隊長にどやされるぜ、弛んでるってな」

「へっ、小隊長はお休みだよ。上にゴマ擦って夜番を引き受けてきて下に丸投げ、いいご身分だぜ」

「まあ、砦の人数が半分になっちまったからな、これからきつくなるぜ」

「まったく、いくらジェムシェンガと戦を始めたからって半分も持っていくかね」

「第一中隊の奴らは夜番になんか付かないしな」

「ああ、あいつらは大隊長殿の直属だからな。大隊長を放っておいて夜番なんかやれるかって言ってるからな」

「しかし、二千いたのが千人か、ブレソラン王国が攻めてきたら持ちこたえられるのか?」

「けっ、ブレソランやつらが来るものか。こっちとあっちじゃ国力が違うわ、兵隊の数だって集めるだけ集めてもこっちの三分の一がせいぜいだろ」

「でもうちリオネール共和国はあちこちに手を出しているだろ、相手がブレソランだけって訳にはいかないんじゃないか。既にジェムシェンガとはドンパチやっているし」

「そんなことはお貴族様方に任せておきゃあいいんだよ。俺たちが心配することじゃねえ」

「それでも退屈だぜ」

「何を贅沢言ってる?退屈な方がずっといいだろ。あいつらが変な気を……」


 そう言いながらブレソラン王国の砦の方向へ目を向けたとき、


「あ、あれは何だ?」


 兵士が見たのはすごい勢いで飛んでくる火の塊だった。


「えっ?」


 他の二人もそちらへ目をやった。三人の目の前で、中空に次々と火の塊が生じた。生じた火の塊が砦の方へ飛んでくる。カツン、カツンと砦の壁に当たり、ガシャンと言う音と共に火が燃え広がる。


「火箭だ!」


 三人の中で一番年嵩でベテランの兵士が叫んだ。


 かつん、かつんと音を立てながら火箭が砦の壁に突き立つと、火箭にくくりつけられていた油の壺が壊れて油をまき散らす。それが後から後から飛んでくる。


「皆に報せろ!」


 そう言われて二人の兵士が慌ててはしごを下りていく。一人残ったベテラン兵が半鐘をガンガン鳴らす。その頃には他の望楼でも異常に気づいて騒ぎになっていた。


「それにしても一体何本の火箭がとんでくるんだ?」


 兵士の目の前で次々に火の塊が生じてとんでくる。


「それに、なんで中空で火が付くんだ?」


 普通火箭は火をつけてから箭を飛ばす。だからどこから射ってくるかがわかりやすい。特に夜は火が目立つ。だがいくら目をこらして探してみても射手は見つからなかった。




 火箭を射っているのはイーシャだった。弓を使っているのではない。地面に置いた火箭を1本ずつ持ち上げて念動で飛ばしているのだ。手を離れる瞬間に埋み火をしこむ。すると20尋ほど上昇したところで発火してそのまま共和国砦に飛んでいく。火箭は共和国砦の武器庫から調達した。短時間で50本あまりの火箭を射つとイーシャは暗闇の中で移動した。さすがに発射地点の見当くらいは付いただろうと思ったからだ。



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