第27話 出陣式襲撃

 国軍の駐屯地は首都、リオナの市壁の外、南西方向に約半里の距離を置いて設けられていた。リオナの街中でなかったのは有力貴族家、特に六家筆頭のシオジネン家とフィジルダ家が、自家を上回る武力を持つ組織を街中に置くのを嫌ったからだ。貴族家とは別の論理で動くかもしれない軍組織というのは、彼らにとっては完全には信をおけるものではなかった。高級将校は貴族の出身者が多く気心が知れていたが、実戦の指揮を執る中級、下級の将校まで全て把握しているわけではない。そして彼らが指揮を執る中隊、大隊の力でも貴族家の兵を蹴散らせるのだ。平民出身の中・下級将校などという存在は貴族達にとっては気分のいいものではない。もちろん貴族たちがそんなことをおくびにも出すことはなかった。


 今、その駐屯地で盛大な出陣式が行われていた。首都を騒がせたとして警備隊が外国の大使館に踏み込んで30日が経とうとしていた。諸外国は強い遺憾の意を表し、なかでもジェムシェンガ王国は強硬に謝罪を要求していた。外国の諜報組織の仕業と思っている共和国は抗議を受け付けず、大使館員を国外追放にしてしまった。それ以降類似の事件は起こらず、やはり外国の仕業だったかと共和国首脳が思ったとき、ジェムシェンガ王国が宣戦を布告し、宣戦布告と同時に国境になだれ込んできたのだ。共和国も2個兵団を国境のハチェット砦に配置し迎え撃つ用意はしていた。なにしろ両国の関係は近年とみに悪化し、リオナの騒ぎがなくてもいつ戦端が開かれるか分からなかったのだ。


 油断はしていなかったが共和国国境の守りが破られようとしていた。王国軍は間道を通って国境に詰めていた2個兵団の共和国軍を挟み撃ちにした。収奪の激しい共和国の統治を地元民が嫌い、王国軍の道案内をしたのだ。国境を巡ってトラブルの多い地域でこれまでも何回か支配者が交代している。今は共和国が支配していても王国に心を寄せる住民は少なくなく、とくに税の面で共和国支配を嫌う者は多かった。王国は国境地帯を王家直轄としたせいで税が共和国より10%も少なかったのだ。


 古道は狭く険しく、大軍を通すのは無理だと思われていた。しかし王国は共和国との関係が悪化し始めた頃から密かに古道の修復と拡張を始めていた。国境を越えてまでは工事はしなかったが、今は共和国民となっている猟師や木こりが大石をどけ、路肩を修復していた。共和国も一応は古道を監視し、1個大隊の兵力を国境近くに置いていた。しかし王国は共和国の予想を超える1個兵団――ただし歩兵のみ六千人――の兵力を古道に投入し、数百人の協力者が共和国軍の後ろから襲ったこともありわずか半日で国境を突破し、国境の共和国側の街――フェリノザ――に乱入した。フェリノザには治安維持用の人数を置いただけで全力を国境警備にまわしていたためフェリノザは抵抗もできず占領された。挟み撃ちにされて共和国軍は砦に閉じ込められる格好になった。


 共和国は慌てて援軍を送ることにした。それがこの出陣式だった。1個兵団、六千人の歩兵、二千人の騎兵、補給部隊、衛生・医療部隊、などを加えると九千人になろうとする第二兵団の兵が、駐屯地に隣り合う演習場に整列していた。歩兵を真ん中に挟んで左右を騎兵で固め、最前列には司令部の要員が騎乗して並んでいた。彼らの前には一段高くなった広い演壇が据え付けられ、鼻の下にひげを蓄えた偉丈夫が声を張り上げていた。その後ろには共和国の実権を握る高位貴族、六家の当主達が並んでいた。整列している兵達をぐるりと囲むようにリオナの街の人々が見ていた。フェリノザの失陥は街の人々にも知られており、共和国政府としても、国境を安定させる強力な手を打っていることを人々に知らしめなければならないと考えたからだ。約2万と見積もられた街の人々と兵の間は50尋ほど隔たっており、間を完全武装の警備兵が巡回していた。

「不埒にも侵攻してきたジェムシェンガ王国軍を打ち破り、その野望を挫き、共和国の威令を知らしめるのが諸君に与えられた光輝ある使命である」

共和国元首、ルガリオス・シオジネンの長い演説がやっと終わろうとしていた。夏の盛りの日差しはまだ朝早いこの時間でもじりじりと焼け付くようだった。その下で直立不動で演説を聴いていた共和国第二兵団の兵達がわずかに気を抜いた。これで第二兵団司令官のシュワージ少将が答礼すれば式典は終わり、後は出発するだけだった。

整列した司令部要員の中からきらびやかな軍装のシュワージ少将が前に出てきた。演壇の上にいるルガリオス二世に向かって、


「元首閣下」


 と声を上げたときだった。いきなり騎乗している馬が竿立ちになった。ドチャッという音がしてシュワージ少将が馬から振り落とされた。ほぼ同時に第二兵団司令部要員が整列している中でも竿立ちになった馬がいた。第二兵団参謀長のルブルロカ大佐の馬だった。参謀長も同じように落馬した。慌てて将校達が二人の元へ駆けつけたが、二人とも首が折れていて既に絶命していた。たちまち演習場は大混乱に陥った。その混乱の中で第四大隊長クドシデル少佐が同じように首の折れた死体になっていた。またシュワージ少将とルブルロカ大佐の馬の尻に、細いナイフが刺さっているのが見つかったのは混乱がある程度収まってからだった。



「ふーっ、とんだものを見せられたわね」


 宿に帰り着いて、食堂で茶を飲みながらイルディアが言った。


「そうね」


 おなじように茶を飲みながらイーシャが答えた。


 街の人々は逃げるように演習場から戻ってきたのだ。何が起こったのか知りたいという好奇心はあったが、大半の庶民は混乱している軍の近くにはいたくないと思っていた。どんな言いがかりをつけられるか分からない。貴族や軍の遣り方は散々見てきたのだ。


「で、どうやったの?」

「どう、って?」

「あなたでしょう?」

「まさか。私、あなたの側から動かなかったでしょ。何もしてないわよ」

「動かなかったから何もしてないなんて、あなたに限っては思えないんだけれどね」

「そんなこと言われたら何も言いかえせないじゃない。まあ何かしたとしても証拠はないわよ」


 イルディアは肩をすくめた。どうせ何も言わないと思っていた。イーシャの身体のなかで魔力が盛んに動いていたのは感じていたが、今の言葉は当てずっぽうだった。だがイーシャの答え方は“肯定”だった。


「これでフェリノザへの援軍は遅れるわね。国境は王国が支配するわ」

「そうね」


 イーシャが口角を上げながら答えた。笑顔なのだろう、しかしその顔を見てイルディアは背筋に寒気を覚えたのだ。

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