第26話 手打ち

 ロサフとイザメルがイルディアの宿にイーシャを尋ねてきたのは、ガラントゥの頭を潰した翌々日の昼に近い朝だった。応接用の部屋に通された二人はイーシャが入ってきたときわずかに身構えた。もちろんその変化にイーシャは気づいた。しかしそんなことには言及せず、


「何か進展があったのかしら。私も宿に引っ込んでいるだけじゃ退屈してきたわ」


 白々しい、とは思ってもロサフもイザメルも賢明にもそれに関しては口をつぐんでいた。


「ガラントゥが和解を申し出てきました」


 ロサフの言葉にさも意外そうに、


「あら、本当?」

「はい、リネッティに対して強硬派だったジェグ・ガラントゥ、ゴジ、チェルニーが死にました。一昨日の夜に三人とも」

「へえ~、三人が 死んだの?」


 お前がやったんだろう、そう思ってもおくびにも出すことはできなかった。


「ええ、いわゆる腹上死ですね」


 そんな言葉をあからさまに言ったのは、若い女であるイーシャに対する精一杯の嫌みだったが、


「腹上死?あら、男にとっては幸せな死に方じゃない。羨ましくない?」


 平然と切り替えされた。


「う、いまは羨ましくはありませんな。年取って身体が言うことを聞かなくなるようなことでもあれば考えますが」

「お相手を探しておかなければ、ね」

「ま、それはともかく、三人とも傷もなければ毒を使われた様子もない、まあ、これは警備隊の検死官が確かめたそうですが、それでも我々リネッティに対する強行派ばかりがほとんど同時に死んだんで、どうしても我々の関与をガラントゥは考えるわけです」

「警備隊の検死官に調べさせたのでしょう?警備隊は出てこないの?」

「なにせ、他殺の証拠がありませんから。警備隊も戒厳令で手を取られてますし」

「そう」


 イーシャには多少意外だったが、平民の、それもナンガスに屯しているような半端者のことだ、国軍、神殿、貴族と続け様に起こった変事に比べると警備隊にとってはずっと優先度は低かったのだ。生き残ったガラントゥの幹部の言い分を適当に聞き流して帰って行った。


 その後ガラントゥの中でこれからどうするかについて議論があった。証拠はないがリネッティがやったに違いない、と言う点に関しては全員の意見が一致した。ただ、どんな手段でこんなことができたのか分からなかった。警備隊の検死官も“殺された証拠はない”とにべもなかった。三人いっぺんに死んだのはおかしいと訴えても、“不摂生が祟ったんだろ”でおしまいだった。


 なかなか結論が出なかった議論に決着をつけたのは、


「あの三人をこんな簡単に殺れるのなら、俺たちだって……」


 と誰かが言ったからだ。自分たちも殺されるかもしれない、と言う恐怖は何とかリネッティとの諍いを手打ちにしようという結論を引き出した。命をかけてガラントゥの既得権を守ろうなどという気はなかったのだ。それでリネッティに手打ちの話し合いを申し込んできたのが今朝だった。


「意外にだらしないのね。死んだジェグ・ガラントゥのために弔い合戦を、なんて考える人はいないのかしら」

「自分は死にたくないという者が大部分ですから。俺たちリネッティに対しても、自分たちガラントゥが圧倒的に有利だと思っていたから強気だったんで、いざ自分が死ぬかもしれないと思ったら直ぐに腰砕けになりますよ」

「まあ、強硬意見をはいていたのはいなくなったし、命は惜しいし、ってところね。あと二、三人幸せな最後が必要かなと思っていたけど。で、あなた達が私の所へ来たのは何で?」

「いや昼過ぎから手打ちの条件を詰めるんですが、姐さんの言い分を聞いてこいってガゼウス様に言われたんで」

「あら、私の意見を聞く気があるのね。なかなか紳士的じゃない」


――そりゃ、あれだけ脅せば嫌でもそうなるよな。こいつミーシャはいつでもあの四人を殺すことができるんだし、それを躊躇いはしないなんてことはガラントゥの三人をあっさり殺したことでも示されているからな。どうやったのから分からなくてもあれがこいつ以外の仕業だと思うわけがない――


「まあ、そういうことで……」

「そうね」


 イーシャは少し考えるふりをした。とっくに心は決まっている。


「リネッティが抑えているのは格の低い娼館ばかりというのは少々都合が悪いわね、格の高い店をいくつかガラントゥからもらって、五分五分くらいにしてほしいわね」


 ナンガスに期待するのは情報源として、だった。娼館に出入りする軍人は多い。寝物語に、自慢半分にいろいろなことを娼婦に喋る。酒が入っていればなおのことだ。その中には軍事機密の端にかかるようなこともある。もうすぐ共和国は周囲の国と戦争を始める。もともと折り合いが悪くなっていた上に、今回の騒動で大使館の外交特権を踏みにじっている。そのときにそうした情報を元に軍事行動の邪魔をしてやるつもりだった。情報は広く集めたい。格の低い娼館へは高級将校は来ない、だからもっと格の高い娼館を抑えたかった。


「どの店を譲らせるかはあなたたちにまかせるわ。欲をかいてナンガス全部なんていうとガラントゥも意地になるかもしれないから上手く選んでちょうだい」

「高級娼館をよこせ、ですか。うんと言うかどうか」

「あら、嫌だという人がいたら腹上死してもらってもいいわ。だからガラントゥむこうがこれくらいなら仕方ないと思うような店を選ぶのね。あなたたちの腕の見せ所よ」


 ロサフもイザメルも苦い顔をしていた。上手くやらないとイーシャの報復が怖い。あそことあそこくらいならと計算を始めながら、二人は談合の行われるリネッティの本部へ向かった。


――でもどうして、高級娼館をほしがるのか?やはり金か――


 その時はまだそんな風にしか考えていなかった。


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