第24話 リネッティ屈服
その日の午後、リネッティの本部、会議室に幹部が集まっていた。ボスのガゼウス・リネッティ、その腹心のザルス・ガブレリ、古参のブキャルク、レスタープ、それに驚くことにガゼウスの怒りを買って地下に軟禁されていたロサフとイザメルもいた。さすがに武器は取り上げられたままだったが、二人とも手かせが外されていた。
地下から連れてこられて会議室に入ったとき、雰囲気が妙に堅いことにロサフは気づいていた。イザメルも落ちつかなげに室内を見回していた。先に会議室にいた四人の魔素の流れが不安定になっている。気持ちが大きく動いているのだ。ロサフとイザメルは地下室に閉じ込められていたせいで情報から遮断されていた。
二人を呼ぶ前に他の四人の幹部が入念に話し合っていたこと雰囲気で分かった。ザルスは落ち着かない様子で部屋のあちこちに視線を走らせていたし、ブキャルク、レスタープは苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。ガゼウス・リネッティは自分の椅子に深く腰掛けて目をつぶっていた。
「外で見張ってろ」
ザルスに言われて、ロサフとイザメルと連れてきた男達はゾロゾロと会議室の外へ出て行った。
――なんかおかしな雰囲気だな。そういえば俺を見張っていた三下も今朝から挙動不審だったな。急に敬語なんかを使い始めたし――
「そろったようだな」
ガゼウスが目を開けたのを見て、ザルスが話の口火を切った。だがそのまま誰も話しを始めない。気まずい沈黙が続いた。
「ごほん」
ザルスのわざとらしい咳払いにザルスがロサフとイザメルに視線を当てた。ちょっとためらってから、ロサフに向かって、
「あ、あの女は一体何者なんだ?」
「あの女ってのはミーシャ・レンスキーのことか?」
ロサフのおとぼけに
「他に誰かいるってのか!?」
ザルスが切れかけて、慌てて表情を抑えた。
ロサフとイザメルが視線を交錯させた。ロサフが首を振りながらザルスに向かって、
「俺たちも知らない。下っ端を引っかけて俺たちに接触してきやがった。何の目的だか分からないが、イザメルの話だととんでもない量の魔素を内包していると言うし、実際腕利きの魔法使いだ。粗略に扱わない方がいいと思うぜ」
ロサフの言葉にザルスが視線をさまよわせた。
「まさか、もうあいつに手を……」
イザメルは最後まで言えなかった。ガゼウスにぎろりとにらまれたからだ。
「……暗殺卿が殺られた」
ザルスの言葉にロサフとイザメルは息をのんだ。最悪に近い展開だった。ブキャルクとレスタープは苦い顔で首を振っている。
「手を出したのか?それで暗殺卿が、あの女に?」
「殺ったのはあの女以外に考えようがない。屋敷の敷地内で首を落とされたそうだ」
「それでその場を誰かに見られたと……?」
「いや、門衛は何も見てないそうだ。どこかから真夜中に帰ってきて門をくぐって直ぐに殺られたと言うことだ」
「門衛がよそ見をしていたとか」
「いや、暗殺卿から目を離してはいなかったが、それでも何が起こったのか分からないと言うことだ」
(だから、あんな化け物、逆らっちゃいけなかったんだ)
イザメルのつぶやきは誰にも聞こえなかった。
「暗殺卿を殺るような奴ってことですか」
「そうだ」
「で、ガゼウス様はどうなさりたいんで?」
ロサフの問いに、
「……何とか手打ちにしたい。暗殺卿をあっさり殺るようなのと争いたくはない」
四人で話し合ったときに得た結論だった。あの女のやったことを考えてみてもとても手に負える相手ではない。
ガゼウスが絞り出すようにそう言ったとき、
「その方が賢明ね」
部屋の隅から声がした。6人の男達はびっくりして声の方を見た。いつの間にかイーシャがそこに立っていた。
「ミ、ミーシャ《イーシャ》」
ロサフの声はほとんど悲鳴だった。
「そっちの4人とは初めてね。ミーシャ・レンスキーよ」
4人が慌てて身構えようとしたとき、
「動くな!」
大きな声ではなかったが、それに込められた威圧に6人が固まった。外から乱暴にドアを叩く音がした。鍵はかかってないはずなのに、見張りの男たちがドアを開けようとしてもびくともしなかった。
「動くと死ぬわよ」
するするとイーシャの髪が4人の男に伸びていく。
――わざと目立つようにしてやがる――
イザメルはそう思った。細い髪の毛なのにはっきりと見えるのだ。
――俺とロサフ様の方には来ないのか?――
着込んだ鎖帷子の隙間から男達の身体に髪の毛が潜り込んでいく。男達は脂汗を浮かべながら一歩も動けなかった。どれくらいの長さの髪の毛が侵入したのか分からないまま、
「これでいいわね」
髪の毛は身体の表面でプツンと切れるとまたするするとイーシャの方へ戻っていった。そうなると普通の髪の毛と混ざり合ってしまい、どれが伸びてきた髪か分からなくなった。
「これは、い、一体」
ガゼウスの疑問に、
「二度と逆らえないようにするための保険ね」
「保険?」
「見てなさい」
またイーシャの髪の毛が一本、するすると伸びて、ガゼウスが座っていた椅子の背もたれに巻き付いた。プツンと切れると背もたれに巻き付いた髪の毛が一瞬光った。
ドタンと切断された背もたれの上部が床に落ちた。男達は息をのんだ。
「一回だけ、見逃してあげる。もう一度こんなことをやったら容赦はしない。あなたたちをどんなふうにでも処分できるのだと言うことを覚えてなさい」
男達は脂汗を浮かべたままかくかくと頷くしかなかった。
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