第23話 イルディアの宿
翌朝、イーシャが起きてみると玄関のところに人が集まってがやがやと話していた。
「どうしたの?」
イーシャの疑問に、イルディアが振り返って、
「あっ、
「泥棒?さあ、何もなくなってはいなかったと思うけど」
「そうなの、宿のほうも何もなくなってないし、お客さんたちも特に盗られたようなものはないってんだね。鍵が壊されているのは確かなんだけど、変な泥棒だね」
「カギを壊して入ろうとして何か用事でも思い出したんじゃない?」
多分、いや確実にイーシャの関連だとイルディアは見当をつけていた。だからイーシャのすっとぼけに感心していた。
「そうなのかね、いやだね気持ち悪い。鍵ももっと頑丈なのに替えなきゃ」
「そのほうがいいと思うわよ。ところでいつも来ているリネッティの若い人はいないの?」
「そういえば今日はまだ来てないわね。いつもちゃっかり朝飯に間に合うように来るのに」
リネッティの、と言うよりロサフの所の若いのがイーシャとの連絡係になっており、特段の用事がなくても1日に1回は顔を出すのだ。
「ロサフ様とイザメル様が本部からまだ帰ってきてないって昨日言ってたからそれと関係あるのかね?」
「本部から帰ってないの、あの二人が?」
「昨夜そう言ってたよ。まあよくあることだけど」
「そう、じゃ今日は特に用事はなさそうね。戒厳令であまり出歩けないし、今日は何をしようかしら。このところのんびりしている暇もなかったし、部屋で寝ていることにするわ」
「そうね、忙しそうだったものね、今日はのんびりしなさい。私は邪魔しないようにするわ」
「そう、お願い。夕食に部屋から出てこなければ放っておいていいから」
「分かったわ、朝飯を食べたらゆっくり休みなさい」
「ありがとう」
テーブルの上に広げられたいつもと変わらない朝飯――黒パンにカリカリに焼いたベーコン、野菜のスープ、バターかジャム――を食べながら、イーシャとイルディアは建前だけの話を続けた。イーシャの起床が遅かったせいで他の客はもう朝飯を済ましていた。
リネッティの所の若いのが飛び込んできたのはもう朝飯も食べ終わろうという頃だった。肩で大きく息をしながら前屈みに膝に手を置いて懸命に息を整えている男にイルディアが水を差しだした。
「あっ、どうも……。姐さん」
よくこの宿で食事をもらうせいでイルディアを立てるような言い方をする男だった。
「どうしたんだい?リコ。今日は来ないのかと思ってたよ」
「いや、それがとんでもないことがあったんで」
「とんでもないこと?なんだい、一体」
「ム,ムノブライ様の屋敷で、人が、いや、当主様が殺されたってんで」
「ムノブライの当主が?」
「へっ、それで貴族街は大騒ぎでさ~」
イルディアが肩をすぼめて口をとがらせ気味にため息をついた。
「あの、暗殺卿がね~、殺されたのかい」
「しかも自分の屋敷内でさー。門衛の目の前で首がストンと落ちたって聞きやしたぜ」
「確かなのかい?」
「貴族街ではその噂で持ちっきりでさ~。警備隊がやたらいきり立ってるし、なによりそんなことはなかったってムノブライ様が否定しているって話が聞こえてこないんで……」
「間違いなさそうなんだね」
「へ~」
「暗殺卿って?」
横からイーシャが訊いた。
「ムノブライ家の当主ってのはそう呼ばれるのさ、もちろん表立ってではないけれどね。共和国の邪魔になりそうな外国要人を密かに始末してるって言われているのさ。それに暗殺の対象は外国要人だけではないって話もあるしね」
イルディアの話にリコは首をすくめた。慌てたように周囲を見回した。話の内容の剣呑さに気づいたようだ。貴族の間や裏社会ではよく知られた話だったが声高にしゃべっていいようなことではない。
「ふ~ん」
「しかも現当主の、いや前当主になるのかね、プレルザ様はここ何代かの当主様の中でも特に腕利きだって噂だったんだ」
「それがあっさり殺されたってんで大騒ぎなんでさ」
リコがそういったとき、イルディアはちらっとイーシャに視線を走らせた。イーシャはまったく表情を変えてなかった。
「まあ、どうせ、上つ方々の諍いかなんかのとばっちりなんだろうね。下々には関係ないことさ。ところでリコ、朝飯を食べていくかい?」
「へっ、ありがとうごぜえやす。あさから噂集めに走り回って腹がペコペコでさ~」
「貴族街のことがよく分かったわね」
「なにせ夜中から大騒ぎでやしたから」
「普通はこんなことは屋敷内に閉じ込めておいて、外に対しては素知らぬ顔をするものだけれどね。まあ殺されなすったのがプレルザ様ってことだから重しが効かなくなったのかね」
イルディアはやれやれというように首を振った。
「私は部屋に引きこもるわよ。戒厳令のせいで外へ出られないもの。念のため言っとくけど、私、昼寝の途中で起こされたりしたらすごく不機嫌になるからね~」
「はいはい、こんな調子じゃ戒厳令も直ぐには解除されないだろうし、いやもっと締め付けは厳しくなるだろうね。まあ部屋でゆっくりしておいで」
「じゃあね」
そう言い残してイーシャはとことこと階段を上ったのだ。
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