第22話 ムノブライの崩壊
プレルザ・ムノブライは自分で張った結界の中の様子を知ることができた。細かい動作や人相までは分からないが、結界の中のどこに誰がいて、どう動いているかモニターできた。だから結界をかけると同時に中の様子を見始めたのだ。そして直ぐに吃驚することになった。部屋の扉を乱暴に開けて飛び込んだ二人の男がその直後に立ち止まった。武器を手から落としたのが分かった。
(何をしている!?)
闇結界の中で二人には
ちっ!
舌打ちをしたとき、獲物だった女が上体を起こすのが分かった。思わずそちらに注意を向けると、丁度結界越しに向かい合う形になった。プレルザは息をのんだ。
(まさか!!)
結界を通して自分を見つめているような眼だった。そんなはずはないのにまるで
「どうしたというのだ!?」
「手が、手が動きませぬ」
「なに?」
「へ、部屋に入った途端に両手に衝撃を感じました。それ以降手が動きません」
二人とも両手をだらんと垂らしていた。衝撃を受けた直後は肘関節から先が動かなかったが、麻痺の範囲が広がって肩関節から先が動かなくなっていた。
「ちっ、いったん引き上げるぞ」
宿の方へ能動探査の魔法を飛ばしてみた。女が自分の部屋にいることを確かめた。追ってくる者がいないことを確かめながら、ムノブライの屋敷の方へ走った。二人がスピードを出せないためイライラするほど時間がかかった。
イーシャは上体を起こして、何も見えず、何も聞こえない中で一点に視線を当てていた。闇の向こうに確かに誰かを感じながら。その誰かは恐怖を感じているようだった。男か女かも分からず、もちろん人相風体も分からないがその魔力のパターンだけは知ることができた。身じろぎもせずに集中していると、やがて相手が遠くなるのを感じた。周囲の闇結界がすーっと薄くなって視力と聴力が戻ってきた。結界を維持するにはプレルザとの距離が開きすぎたのだ。
――んっ――
右手との交信が回復した。闇結界は遠距離交信の魔法も阻害するようだ。右手は200尋離れてプレルザ達を尾行していた。離れても魔力を追跡することはできる。その上魔力パターンを覚えていれば見失うことはない。
襲われたのはリネッティが裏切ったのだと見当が付く。それは後で報いを受けさせればいい。しかし襲ってきた連中をそのままにはできない。たまたま室内という条件で襲われたから毛髪の網を巡らせることで対応できた。しかし、外で、ゆっくり歩いているときや座り込んでいるときにあの結界をかけられた上で、遠距離攻撃をされたら危ない。きっちり始末をつけておくべきだった。まずは相手の背景を知らなければならない、ということで右手に尾行させていた。
バランスが悪くてスピードが出ない上に、警備隊のパトロールを避けなければならないと言うこともあって、普段なら半刻もかからない距離を、男達は一刻以上の時間をかけて屋敷にたどり着いた。プレルザは度々後ろを振り返って尾行されてないことを確かめていた。もちろん右手はそんなことで見つかるようなヘマはしない。プレルザの探知対象が人間の大きさのものであることも見つからずに尾行できた要因の一つだった。
右手には視覚も聴覚もない。直接魔素を感じることで周囲の状況を知る。だから飛び込んできた刺客に直ぐに対応できた。二人を無力化するのは一瞬だった。
プレルザたち三人は貴族街の外れに近いムノブライ家の門をくぐった。不寝番の門衛は、珍しく不安げに周囲を確かめ、不機嫌さを隠そうともしないプレルザ達に首をかしげたが、何も聞かずに門を開けた。下手に詮索してプレルザの機嫌を損ねるとどんな処分を下されるか分からないからだ。
プレルザが門をくぐって10歩ほど歩いたときだった、ストンとプレルザの首が落ちた。ビュー、ビューっと切り口から血を吹き出しながら頭を失ったプレルザの体がドサリと倒れた。同時に残りの二人も胸を押さえて倒れこんだ。追尾してきた右手が爪を伸ばしてプレルザの首を絶ち、二人の身体に潜り込んだ毛髪が心臓の鼓動を直接止めたのだった。
「プレルザ様!!」
門衛達の叫び声に屋敷内はたちまち大騒ぎになった。
イーシャはベッドの上であくびをした。取りあえず今夜はここまでだ。朝になれば何とかして男達が逃げ込んだ貴族家についての情報を集めよう。そして裏切ったリネッティに落とし前をつけさせなければならない。今は、もう一眠りしておこう。全力で飛び戻ってきた右手を本来の位置においてイーシャは目をつむった。
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