第20話 プレルザ・ムノブライ

「ガゼウス・リネッティか。久しいな」


 豪華な椅子に座った酷薄な目をした背の高い男の前にガゼウス・リネッティとザルス・ガブレリが畏まっていた。部屋の中にはその3人以外に完全武装した男達が5人、油断のない目でガゼウスとザルスを見つめていた。


「ご無沙汰しております、プレルザ様」


 ガゼウスとザルスが丁寧に礼をした。貴族に対する礼だった。


「ここに来た用事が、ガラントゥの誰かを何とかしてくれと言う話だったら無駄だぞ。まあラドックがいなくなったから、私が代わりに調停してやってもいいがな」

「ガラントゥとの調停もいずれはお願いすることになるやもしれませんが、今回は別の話で……」

「ほう、ガラントゥとの出入り以上に緊急なことがあるのか?」

「はい、実は処理して頂きたい人間が一人、……女ですが」


 プレルザ・ムノブライの目が光った。


「女……、リネッティで処理できないほどの女か?」

「お恥ずかしい話ですが」


 プレルザ・ムノブライの口角が上がった。嗤っているのだ。


「それは大の男を木に吊し、建物の屋根をぶち抜いてそこから外に出るような女か?」


 ガゼウスが声を出さずにわずかに頷いた。



 ムノブライ家は共和国では珍しい、六家のどこにも従属しない独立系の貴族家だった。規模として大きくはないが無視できない影響力を持っているのは、ムノブライ家が、共和国が排除すべきだと判じた外国の要人を処理する役目を担っていたからだ。家系に伝わる魔法はそういった方面に特化したもので、戦場では役に立たないが闇働きには持って来いのものだった。

 建前としてはその能力ちからは国内貴族には使われないことになっている。只それを無邪気に信じている貴族家はなかった。例えば、跡目争いなどで片方が都合良く死んでくれれば、そこにムノブライの影を見る者はいくらもいたのだ。もちろん証拠を残すようなヘマはしない。それでもそんなときには、特に上流階級の人間達はヒソヒソとムノブライの脅威を噂し合う。自分の身に降りかかるまでは格好の話題だった。


「なぜ警備隊に連絡しない?」

「ラドック中尉が殺されて警備隊、とくに元ラドック中隊の隊員達がピリピリしております。こちらの話を聞かずにいきなり殲滅に出てくる恐れもあるかと、考えました」


 ラドックだけではなくその腹心の部下達も一緒に殺されたのだ。中隊に潜り込ましている男の話では、隊員達はいきり立っているという。ボスを殺されたと言うだけではない、これまで吸っていた甘い汁を吸えなくなるかもしれないという、現実的な損も発生する可能性がある。一番実入りの多いナンガスを彼らが担当していたのはラドックの力があったからだ。他の中隊も何とかして割り込もうとしている。ラドックがいなくなって力のバランスが崩れれば、彼らの既得権が奪われることになるかもしれない。


「それもそうか、だが高く付くぞ」

「それは、もう」


 共和国首脳にも無視できない影響力を持つムノブライ家を頼るのは、イーシャが起こした事件にリネッティが関与しているわけではないことを示す意味もあった。リネッティの方からわざわざ接触したのだ、まだ警備隊が目をつける前に。それはリネッティに対する心証を良くするだろう。何ならロサフとイザメルをつけて差し出してもいい。


「ところで知っているか?」


 プレルザ・ムノブライが急に話題を変えた。口角が嘲笑の形に上がっている。


「何のことでございましょう?」

「ベルヴィーダス大神官長のことだ」

「いえ、寡聞にして」

「あの尊大な男が神殿の最奥部でガタガタ震えているらしいぞ。常に10人以上の神殿騎士を護衛につけてな」

「それはまた……」

「よほどその女が怖かったらしい」

「……」


 ガゼウスもザルスも直接イーシャに会ったことがあるわけではない。実感がなかった。しかし、ひょっとしたらイーシャの扱いを間違えたかもしれないという気がわずかに生じてきた。


「そいつを生け捕ってベルヴィーダスに突き出すか、あるいは首を見せればあいつからもふんだくれるかもしれんな」

「それは、まあそうでしょう」

「共和国の民全てから十分の一税をふんだくっているんだ、貴族も含めて。たっぷり持っているに違いないからな」


 問答無用で収入の十分の一を持って行くのだ。統治の責任もなければ民の生命・財産の安全に配慮するわけでもないのに、それはぼったくりと言って良かった。


「生け捕った方がいいな。どうせどこかの国のエージェントだろう。ベルヴィーダスに見せた後、国に引き渡せばムノブライの功績になる」


 “捕らぬ狸の……”と言うのだ。そんなことも分からぬままプレルザ・ムノブライは都合のいい勝手な想像を口にしていた。




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