第19話 内紛

 神殿での騒動を聞いたとき,ロサフは頭を抱えた。


――なんてことをしてくれる!――


 これでミーシャイーシャが犯人だとばれたら、リネッティ、いやロサフも一蓮托生だった。だからケロッとした顔でイーシャが顔を出したとき思わず文句を言ったのだ。


「あんた、国にけんか売るつもりか?軍の後は神殿に手を出すなんて」

「ちょっとした用が神殿にあったのよ。都合良く大神官長様がお出ましだったからせっかくの機会を利用させてもらっただけ」

「警備隊がしゃかりきなってあんたを探しているんだぜ、まったく!」

「どうやって探すのかしら?私にたどり着く手がかりなんて何もないのに」


 そう言われてロサフは詰まった。確かに言われている神殿襲撃犯のプロフィルで確かなのは“女らしい”と言うことだけだ。人相どころか髪の色もわかってなかった。


「街を警備隊が頻繁にパトロールしているからガラントゥの連中も出歩いてないわ。今ガラントゥの本部を襲えば頭を潰せるわよ」


 そんなことを言われて思わずかっとなった。


「今下手に動くと警備隊に目をつけられる!あんたはいいかもしれないがリネッティ俺たちはそんなことになっては困るんだ。この街で生きていかなきゃならないんだからな」

「あら、あなたたちでもそんなことを気にするのね」

「当たり前だろう。これでも200人近い人間を養っているんだ。家族も含めればその3~4倍にはなる」

「警備隊に目をつけられなければいいんでしょう?ただの病死だったら戒厳令で忙しい警備隊は放っておくと思うけど」

「病死?」

「外傷もなく、毒を使われた形跡もなければ病死って扱いになるんじゃない?」

「そんなことができるのか?」

「まあ、ね」


 ロサフは思わず黙り込んだ。ガラントゥに対してやれることはリネッティに対してもやれるのだ。つまり今の言葉は一種の脅しだった。


「20人も30人も短期間に病死すればさすがに不自然だから、せいぜい3~4人ね。誰がいい?」


 ロサフは憮然として腕を組んだ。いかにも気楽そうにミーシャイーシャは言っているが、相手がガラントゥのどんな立場にある人間でも構わないと言っているのだ。神殿でのやり口を見ると相応の自信があるのだろう。


「ガラントゥのあたまはジェグ・ガラントゥだ、それにゴジとチェルニーを潰せば少なくとも当面はガラントゥは麻痺する」

「ゴジってこの前やり合った男ね。ジェグとチェルニーってどんな人間なの?」

「ジェグ・ガラントゥは50過ぎの痩せた背の高い男だ。禿げていて右頬に傷跡がある。チェルニーというのは背は俺くらいだが全身筋肉だ。40前だが30前後に見える。髪の色は黒だ」

「そう、似たような背格好で間違いそうな人間はいる?」

「いや、3人とも1回見れば忘れられない容貌をしている。だが、あんた。本当にやるつもりなのか?」

「正当な報酬さえもらえば、ね」

「正当な,報酬か」

「まだ決まってないんでしょう?」

「ああ、午後にガゼウス様に会うことになっている」

「そう?期待しているわよ」


 ロサフは難しい顔で頷いた。ザルスが妙に頑なになっているという噂があった。上手くやれなかったら目の前の女イーシャはリネッティから離れる。一体何がこの女の本当の目的なのか分からないが、かき乱すだけかき乱してぷいといなくなることも考えられる。ラドックもいなくなった今、調整してくれる人間もなしにガラントゥとガチでぶつかれば磨り潰されてしまう可能性もある。なんのかのと言っても警備隊は、いやラドック中尉はナンガスの調整役でもあったのだ。たとえ自分ラドックの利益を最大化することが真の目的であったとしても、それはそれで秩序の支持棒の一つではあったのだ。イーシャが登場する前はリネッティもガラントゥもラドックの仲介で適当なところで手を打てるだろうと思っていたのだ。




「一体どういうつもりだ!?あんな女を引き込みやがって!」


 リネッティの本部のガゼウスの部屋に入った途端にザルスがロサフを怒鳴りつけた。その剣幕にイザメルが思わず首をすくめた。


「いや、あれは決して……」


 ロサフが、意図したことではないと言おうとしたところに、


「身分証を作ってやり、イルディアの所に滞在させている。これが警備隊なり、神殿騎士に知られたらリネッティもグルだと思われる」


 ガゼウスの言葉に遮られた。


「軍と神殿に喧嘩を売ってやがるんだぞ、あいつは」


 ザルスが吐き捨てるように言うのに、


「さいわい今のところ警備隊の目はこちらに向いていない。今のうちにあいつがいなかったことにする」


 ガゼウスが続けた。殺すつもりか?

 その言葉にイザメルが息をのんだ。あれをリネッティの力でなんとかできるとは思えない!


「無理です、ガゼウス様!あいつは魔素の化け物です」

「心配するな。奴の能力ちからは分かっている。ムノブライに依頼する」

「ムノブライに!?」


 ロサフとイザメルの声が思わず大きくなった。


「それはしかし……?」


 ロサフがそういったときガゼウスが手をたたいた。ドアが開いて武装した男達が入ってきた。


「と言うわけでお前達を拘束する。あの女に連絡でも取られたら目も当てられないからな」

「ガゼウス様!!」

「連れていけ」


 抜き身の剣を突き付けられて、ロサフとイザメルは連行された。


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