第16話 リネッティの内部事情

「ひょっとしてあんた。自分の力を見せつけるためにラドックをやったのか?」


 イーシャは肩をすくめて見せた。


「まさか、そんなことのために人を殺したりはしないわよ。私の力はそちらのイザメルさんが分かっているでしょうし」


 ロサフはフーッとあからさまにため息をついて見せた。イーシャの言い分を信じてなかった。


――警備隊の兵隊を手玉にとれる力があるってことだ。ガラントゥやリネッティうち程度どうにでもなると示したのか。ガラントゥの親玉の首を持ってくることくらい簡単だと見せたいのだろう。実際それくらいのことはできそうだ――


「あんたのことで本部へ行かなきゃならない」


 そう言ってロサフが立ち上がった。


「あら、今から?」

「夕べは時間がとれないと言われた、ザルスの野郎に。ああザルスってのはガゼウス・リネッティ様の腰巾着だ」

「そう、よほど用事が立て込んでたのね。ガラントゥの拠点が一つ潰されたことより大事な用事が」


 イーシャの皮肉にロサフは黙り込んだ。確かにあれより大事な用なんてそうそう思いつかない。


――ザルスの野郎がもったいぶりやがったのか、それとも時間を取ってガラントゥのアジトをつぶしたことの裏を探りたかったのか――


「まあ、行ってガゼウス・リネッティとよく相談するのね、私は神殿にでも行ってくるわ」

「神殿に?」

「ええ、今日は集団礼拝の日で、リオナの神殿の一番偉い人が説教するって聞いたから。私には似合わない?」

「いや、そういうわけではないが……」

「どうせあなたたちの話なんて簡単には終わらないんでしょ。神殿で暇つぶしをしてくるわ」


 リネッティの中にも勢力争いはあるのだ。イルディアは詳しいことは知らなかったが、ロサフがガゼウス・リネッティの腰巾着と貶めたザルスとは上手くいってないと言っていた。そんな末端まで知られるほど仲が悪いと言うことだ。イーシャをどう扱うか、どうせ簡単には決着が付かないに決まっている。


「あんたがそんなに信心深いとは思わなかったな」

「あら、信心深く見えない?まあ、ちょっとした用事もあるしね」


 イーシャは手をひらひら振りながらそう言って外へ出て行ったのだ。そして、“ちょっとした用事”と言ったときのイーシャの口調と魔素の流れに、イザメルが得体の知れない不安を覚えたのだった。





「そんなどこの誰とも分からない女にリネッティを全賭しろというのか!」


 案の定、ガゼウス・リネッティは不機嫌にそう吐き捨てた。それでもロサフの言うことを一応は最後まで聞いたのだ。ラドックを殺したのはイーシャではないかと言ったのがその理由だった。しかしガゼウスにはいくら何でも荒唐無稽な話に感じられた。


――若い女が一人で4人の現役軍人を抵抗も許さずに殺した?――


「それに何だ、てめえら。勝手にドンパチ始めやがって。どう落とし前をつけるつもりだ?」


 横からザルス・ガブレリが口を出した。ガゼウスが辛抱強くロサフの言うことを聞いている間もイライラしていることを隠そうともしていなかった。


「ガラントゥとはいずれぶつかることになるんだ。少し早まっただけだろう」


 ロサフの言い分に、


「準備もできてねぇのに何考えていやがる」

「こっちが準備に時間を使っている間にガラントゥむこうも準備をするんだ。元々あいつらの方が力があるんだ。いつまで経っても追いつかないぜ」


 イーシャに指摘されたことを繰り返した。


ミーシャイーシャという女を上手く使えばガラントゥに勝てるというのか」

「あいつの力は本物です、ガゼウス様。ラドックを始末してそれを見せつけたように。味方につければガラントゥとの差は一気に縮まります」

「だからそんなどこの馬の骨かも分からない女を信じられるのかって言ってんだ、ロサフ!」

「ガゼウス様、あいつを敵に回したりしたら勝ち目が全くなくなります。信じざるを得ないと思いますぜ」


 ロサフの正直な気持ちだった。信じる、信じないではなく信じざるを得ないとこまで、おいつめられていると感じていた。


「お前もそう思うのか、イザメル?」

「はい、見たこともないほどの魔素の密度でやした。あれを十分の一でも使いこなせるならとんでもなく強い奴です」


 イザメルの魔素を見る能力をどれくらい信用するか、これまではずいぶん役に立ってきた目だった。魔素を纏うことで体力がかさ上げされるから一般人よりずっと強くなる。国軍は一定以上の魔素を持つ人間しか採用しない。有力貴族の子弟で例外はいるがそんな人間は前線には出さずに飼い殺しにするのが通例だった。つまり現場に出ている軍人は一般人とは比べものにならない力を持つ。その中でもラドックは一目置かれる存在だったのだ。


「ラドックを殺したのがその女で間違いないのか?ロサフ」

「あんな風にラドックを始末できる奴が他にいるとは思えません」

「いい加減なことを言うな、見てきたわけでもないくせに」

「黙ってろ、ザルス」

「しかし、ガゼウス様」

「黙ってろと言ったんだ」


 ザルスは不承不承口を閉じた。ガゼウスはしばらく腕組みをして考え込んだ。そして、


「この件はしばらく保留だ。なんと言っても警備隊がどう出るか、それを見てからだ」


 ガゼウスにとってはまだ見知らぬ、実力も分からない女より、確実に自分たちより強い警備隊、ひいては軍がどう行動するかが問題だった。


――結局決断に至らずか。ガラントゥを逆転できる機会が来たというのに、いつものように優柔不断のままだ。このままでは……――


 ロサフは何か言いたそうにしていたが、結局は何も言わず本部から出た。



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