第15話 波紋
「ラクドミール公国法院はお前に死刑の判決を下した」
「ま、待ってくれ。命令だったんだ!あれは」
「心配しなくても第二兵団司令官のシュワージ少将、参謀長のルブルロカ大佐、それに第二兵団第四大隊長のクドシデル少佐にも死刑判決が出ている。直ぐにお前の後を追わせてやる。寂しくはないぞ」
「め、命令には逆らえな……」
「刑を執行する」
ラドックの首を絞めているロープが上昇を始めた。
「ぐっ……」
懸命にロープを広げようとしてもびくともしなかった。直ぐにラドックの身体は宙に浮いた。ロープと首の間に入れた手は窒息を中途半端にして、絶命するまでの時間を延ばし、苦しみを長引かせたに過ぎなかった。だらんとぶら下がったラドックを見上げてイーシャが左手を伸ばした。ラドックの軍服の袖の飾りボタンからするすると髪の毛がほどけてきた。髪の毛はイーシャの手に戻ると風に溶けるようにさらさらと分解していった。ラドックの位置をイーシャに伝え続けてきた髪の毛だったが、役目が終われば処分するしかない。
次の日の早朝、貴族の館に下働きに行く平民達が4人の死体を見つけた。たちまち大騒ぎになった。ラドックは街路樹に吊され、他の3人は後頸部にナイフを突き刺され、そのナイフが頸髄を切断していた。平民街でのことならともかく、治安にうるさい貴族街での出来事であったことも騒ぎを大きくした。まして被害者が普段威張り散らかしている警備隊の軍人だった。威張っていても実力は確かだと見られていたのだ。それがろくに抵抗した跡もなく
ロサフの部屋でロサフとイザメルが青い顔をして向かい合っていた。ラドックが殺されたと聞いたからだ。手下に確認させて確かだと分かったとき二人とも棒を飲んだような顔になった。手下を遠ざけて話し合わなければならない。
「あいつか……」
「そうだと思いやす」
何の理由でラドックが殺されたのか、二人には分からなかった。しかし、誰がやったのか、それは自明だった。
「一体何を考えているんだ、あの
「あら、警備隊が混乱している方がいろいろとものごとを進めやすいじゃない?」
いきなり横からそんな声が聞こえてきて、ロサフとイザメルは思わず立ち上がった。閉めていたはずの扉が開いて外のまぶしい光を逆光にしてシルエットが浮かび上がった。
「あ、あんた、いつの間に……、どこから入ってきたんだ?」
「玄関から入ってきたわよ」
――嘘だ、玄関から入ってきたなら報せがあるはずだ――
納得してない表情のロサフに、
「皆さん、気づいてなかったけれどね」
誰にも気づかれずにこんな奥まで入れるというのか?ここの警戒は決して緩いわけではないはずだ。リネッティやガラントゥの本部と比べても見劣りしない程度には固めてある。
「い、いつからそこに……?」
自分たちも声をかけられるまで気づかなかった。イーシャがその気であったなら、全滅とは行かないまでも半数以上が無力化されただろう。
「さっきから聞いていたわよ。お気に召さなかったかしら?あのゴミを片付けたことが」
「あ、あんなことをしたら警戒態勢が強化されるじゃないか」
本部にも家宅捜索が入るかもしれない。
「あら、警備隊はあなたたちのことなど気にしてないわよ。あなたたちにできることじゃないものね」
男達は唇をかんだ。たしかに4人の現役の軍人を抵抗も許さずに殺すなんてことは難しい。数にまかせて取り囲んでしまえば何とかなるかもしれないが、そんなことをすればちょっとした戦闘になる。当然、戦闘の音が近くの貴族の館に聞こえるはずだ。そんな目撃証言はなかった。
――多分、どこかの国の暗部の仕業だ。そして恐ろしいほどの手練れだ。二人か三人かそれくらいの人数だろう――
捜索に当たっている警備隊はそう思っていた。手口から見て他に考えようがなかった。潜在敵国は一つではない。どこが牙をむいても不思議ではない。只その時引っかかるのは、なぜラドック中尉を襲ったのか?と言う疑問だった。確かに国軍の現役将校だ。しかしたかだか中隊をまとめるだけの下級将校に過ぎない。これほどの腕利きの暗部に襲わせるにしては小者過ぎる。共和国内に潜んでいる腕利きの要員を危険にさらしてまで襲う理由が分からなかった。こんな腕利きの存在など簡単に明かしていいものではなかった。
ラドックの家を捜索しても、例えば他国に通じているような証拠は一切見つからなかった。他国と通じていてそれがばれそうになったから始末されたというストーリーが最もありそうだったからだ。代わりに、賄賂を取っていた証拠が嫌というほどあったが。
結局、警備隊の捜索の焦点は以前から目をつけていた他国の“目と耳”の拠点と思われる箇所になった。半分は空振りに終わったが、リオナのあちらこちらで規模は大きくないが死闘が繰り広げられていた。しかし“目と耳”の拠点の中には他国の公的な機関――大使館や公使館、商業代表部など――も含まれており、それでなくても険悪になっていたリオネール共和国との関係を決定的に破綻させるきっかけともなったのだった。
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