第12話 抗争 2

 イーシャは男達に続いて外が見える廊下へ歩いて行った。そこでは質の悪いガラスをはめた窓を全開にして男達が外を見ていた。ビルのあちらこちらからたくさんの人が集まっている。外の通りの様子が一番よく見える所だからだ。ダグなど口をあんぐりと開けてでくの坊のように突っ立っていた。男達の身体と壁が邪魔だったがイーシャにはそれを透かして見ることができた。

 はす向かいに建っているガラントゥの拠点のビルの、道に面している壁が崩れ落ちていた。ビルの中が丸見えで、崩れて道に堆積した残骸からもうもうと土埃が立っていた。残骸の中に埋もれた人体も見える。ビルの中にいた者や道を歩いていた者が巻き込まれたのだろう。


――戦闘に於いても非武装の民間人は保護しなければならない――


 イーシャの記憶の中にそんな言葉があった。何の実効力も持たない戯言だと思っていた。共和国軍がラクドミール公国でどんなことをしたか、その所業を思い出すと共和国の人間と言うだけでイーシャにとっては敵だった。ガラントゥと無関係な人間が巻き込まれていてもイーシャには何の感慨も与えなかった。


 半分崩れたビルの中からバラバラと男達が出てきた。皆武装している。街中だから全身鎧といった重武装の者はいないが、劍や槍と言った獲物を手に簡易な革鎧を着ている者もいる。群れている男達に向かってひときわ大きな体格の男が何かを言っている。その20人ほどの男達がこちらに向かって歩き出した。かなり離れていたがイーシャの耳にはそのほとんどの言葉が聞こえた。

 “リネッティをやっつけろ”、要するにそういうことだった。


――まっ、さすがにリネッティが何かやったと思うわね。見当外れで、何をやったかも分からないでしょうけれど――


「おい!」


 ロサフが周りの男達に向かって言った。


「奴らを迎え撃つぞ」


 えっと言うように周囲の人間達がロサフを見た。部下の反応の鈍さに苛立ったように、


「あれが友好的な態度に見えるか?」

「しかし、訳もなく襲ってくるなど……」


 この騒ぎだ、まもなくリオナの警備隊が駆けつけて来て、先に手を出した方をとがめるだろう。


ガラントゥやつらはあの建物を俺たちが破壊したと思っている。俺たちが先に手を出したんだと主張するぞ」


 警備隊は今のところリネッティとガラントゥの衝突に中立の立場をとっていた。つまり両方からまいないをとって手を出してなかった。だがまだ陽のあるうちに堂々と街中で衝突すれば市民の目もあり、介入せざるを得ない。その時どちらに責任があるかは、どちらが先に手を出したかで判断されることが多い。崩れかけた建物という現物が目の前にあれば、警備隊もガラントゥの言い分を聞く可能性がある、つまり先に手を出したのはリネッティだと。


 こちらへ向かって駆けてきているガラントゥの男達の集団にいきなり混乱が起きた。リネッティの拠点までの距離の半分ほど走ったとき、先頭に立っていた数人の男達が足を掬われたように転倒したのだ。倒れた男達の身体に後続の男達も足を取られて、男達の身体が積み重なった。


「痛ぇー!」


 ダミ声の悲鳴が上がった。慌てて倒れた男達が立ち上がった。二人が蹲ったまま腕を押さえていた。そのうちの一人は先ほど檄を飛ばしていた大柄な男だった。不自然に曲がった右の前腕から白い骨が飛び出していた。


「見ろ、ゴジの野郎が骨を折っているぜ」


 それを見たリネッティの構成員の誰かがそう言った。ゴジはガラントゥの幹部の一人でリネッティに対して強硬な主戦派だった。


「本当だ。あいつが戦力外となればガラントゥの士気が崩れるな」


 ロサフの声が聞こえたかのようにガラントゥの男達はゾロゾロと引き上げ始めた。ゴジが何かわめいているが、周りになだめられて引き上げる男達と一緒に歩き始めた。


「もう来ないだろうが、目を離すな」


 ロサフが部下に命じた。


「俺はさっきの話の続きだ。イザメル、それにさっきは名前を聞き損ねたが、あんた、もう一度俺の部屋に戻ってくれ」

「ミーシャ・レンスキーよ。私の名」

「ミーシャ・レンスキー、さん、か。どう呼べばいい?」

「ミーシャでいいわ」


 どうせ偽名だ。


 一連の出来事でイーシャの重要性がロサフの中で上がっていた。怯えたようにロサフに身体を擦り付けていた多尾猫がビクン、ビクンと2度身体を震わせた。そのタイミングでゴジが転倒し、さらに悲鳴が上がったのだ。イザメルが息をのんで顔色がさらに悪くなったのもわかった。横目で見たイーシャは全く無表情だった。この騒ぎの中で感情を動かしてないのがかえって不気味だった。


――この女が何かやったんだ。魔力を使って、ガラントゥを弄びやがった――


 イザメルが懸命に説明していたときには適当に聞き流していた。それほど忙しくなかったのと、魔力感知に優れたイザメルがそこまで言うなら、ということで女に会うことにしたのだ。この事態に至ってイザメルが言っていることが大げさではないことを実感した。


――多分、あのガラントゥの拠点を壊したのもこいつだ。あんな魔法を使えるなら慎重に扱わなければ――


「さて、ミーシャ……殿」


 ロサフに“殿”をつけて呼ばれてイーシャは苦笑した。


――慣れないことをする――


「あんた、何を考えている?」


 だから直ぐ普通の口調に戻った。“お前”呼ばわりしないだけ気を遣っているのだろう。


「何をって、何のこと?」


 肩をすくめながらイーシャが逆に聞き返した。


リネッティ俺たちとガラントゥを衝突させてあんたに何の得がある?」

「何のことだか分からないけど……」

「ゴジを転倒させて,骨を折ったのはあんただろ?」


 疑問ではなく断定に近かったが、そう言われてもイーシャはけろっとした顔で、


「何か証拠があるの?」

「いや、ここは法院じゃないんで証拠なんかいらないだろう。俺がそう思っているっていうだけで十分だと思うが」

「ふ~ん、なるほど。あなたはそう思っているわけだ。で、それなら私をどうする気?」

「俺の方こそ訊きたい、一体あんたはどうするつもりだ?」

「あなたたちとガラントゥは一触即発だって訊いたけれど、これ、いいきっかけになると思わない?」

「な、何を言ってる?ガラントゥとはいずれやり合わなきゃならないが、準備ってものがある!」

「あら、時間は余裕のある方の味方よ、人、かね、物、にね。どう見ても時間が経てば経つほどガラントゥが有利になるわ。春風楼も西華楼ももうすぐガラントゥに落ちるだろうし」


 春風楼、西華楼はどちらの縄張りにするかで揉めている娼館だった。イルディアからの情報だった。痛いところを突かれたようにロサフがうっと詰まった。




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