第13話 抗争 3

 地図を見ながらイルディアに聞いてみたのだ。


「リネッティとガラントゥ、どっちがましなの?」


 たまたまリネッティが先に接触してきたからこんな流れになっているが、別にリネッティに義理があるわけではない。イルディアの評価次第では矛先を変えてもいいつもりだった。


「とちらも娼婦おんなの生き血を吸うダニさ。ナンガスで生きていかなきゃならない女にとっては変わりないね」


 ある意味予想通りの答えだった。


「そう、でもガラントゥがこのあたりも縄張りにするとあなたはどうなる?」

「さあ、こんな宿の女将などそのままかもしれないし、誰かと入れ替えるかもしれないし。でも私がいなくなるとアンジェラやゾラは娼館に行くことになるかもしれないから、それは少し嫌ね」


 アンジェラとゾラというのは宿の下働きの少女だった。昔イルディアが魔狩人ハンターをしていたときのパーティメンバーの遺児だった。


「入れ替えられると私も困るわね。せっかく居心地よさそうなところを見つけたのに」

「あら、ありがたいことを言ってくれるわね」

「じゃあまあ、リネッティに勝たせるか」


 その言い分を聞いてイルディアは思わず笑ったのだ。しかし笑いながら急速に真面目な顔になっていった。


――この娘なら今の言葉は大言壮語ではないのかもしれない――





「ロサフ様」


 開けっぱなしだったドアからロサフの部下が顔を出した。


「何だ?」

「警備隊のラドック中隊長が来てます」


 ナンガスを担当区域とする警備中隊の指揮官だ。強面こわもてで知られている。


「ラドックが?わかった応接室へ通しておけ」

「それが……」

「何だ?」

「ガラントゥのナディムが一緒なんで。手下を3人ほど連れてます」

「それは、……中に入れるわけにはいかないな」

「へっ、ラドック隊長もロサフ様に外に来てほしいそうで」

「分かった」


 ラドックの名が出たとき、イーシャの目が冷たく光ったが、警備隊の中隊長クラスの人間が来たことに気をとられて誰もそれに気づかなかった。


 入り口の向こうを透かして見ると、20人の警備隊員が周囲を警戒しており、建物に近いところに士官の軍服を着た男と私服の男がいた。ラドックとナディムだろう。



 ロサフが外に出ると早速ナディムが噛みついてきた。


「こいつだ、こいつらが俺たちのアジトを壊しやがったんだ」


 ロサフが鼻を鳴らした。


「ふん、相変わらずうるさい奴だ。てめえの所の安普請が崩れたからっていちいち俺たちの所為にするんじゃねえよ。それに何だ、てめえは。ラドックの旦那が出張ってらっしゃるんだからゴジの脳筋野郎が出てくるのが筋だろ!」

「ゴ,ゴジの兄貴は……」

「けがをして手当中だってことだ。右手を骨折したと言ってたな」


 ラドックが引き取って説明した。


「けっ、さっき無様に転んだのを見たが、骨まで折ってやがったのか。みっともねえ」


 ナディムをあおり立てる。冷静さを失わせるつもりだった。ラドックの印象も変わってくる。


「てめえ、もう勘弁ならねえ」


 案の定、直ぐに頭に血が上る。


「やめろ!」


 ラドックに一喝されて、ナディムはうっと詰まった。


 ロサフがラドックの方に向かって、


「ご苦労様です。旦那もこんなことで出張ってこられるなんて面倒なことで」

「全くだ、で、あれは」


 ラドックは顎で崩れたガラントゥの拠点を指した。


「本当にお前達の仕業じゃねえんだな」

「あんなことができるほどの能力ちからをあっし達は持ってませんぜ、残念ながら。持っていたら今頃ガラントゥを捻り潰してますぜ」


 ロサフの言い分にラドックは鼻で笑った。


「確かにその通りだな」

「この野郎とぼけやがって」


 ナディムは逆上したままだった。


「やめろ!何度も言わせるな」


 ラドックが劍の束に手をかけて冷たい声で警告した。


「へえっ」


 ラドックの発する圧力にナディムが身体を縮こませた。現役の軍士官の武力は半端なチンピラを遙かに凌駕する。ラドックの機嫌を損ねれば斬り捨てられることもある。もちろんそれでラドックが咎められることはない。軍の士官であり、貴族でもあるからだ。


「あれがリネッティのやったことかどうか、そんなことはどうでもいい。どうせてめえ達はこの先、衝突するんだ。てめえらが死のうがどうしようが知ったことじゃねえし、どっちが勝とうと興味もねえ。だが、一つだけ言っておくが、俺の評価を下げるような真似をするんじゃねえぞ。陽のあるうちにこんな人の目のあるところでぐだぐだしたりすれば両方とも磨り潰してやるからな、覚えとけ」


 人の目に付かないところでなら好きなようにやれ、と言うことだ。


 常設の軍と街のチンピラでは所詮破壊力が違う。そもそもの資質が違うし、訓練の濃さも違う。ラドックの言うように、警備隊が本気で乗り出してくればガラントゥもリネッティも敵うわけはなかった。


「分かったな!」


 ロサフもナディムもいやいや頭を下げたのだった。






「あんたの所為で予定よりガラントゥとの衝突が早まっちまった。落とし前はつけてくれんだろうな」


 またロサフの部屋に戻ってきたイーシャに最初にロサフが言ったことだった。


「落とし前?」

「ああ、あんたはたいした魔法が使える。特に遠くからゴジをすっころばしたのは見事だった。度胸もある。ガラントゥと出入りになったときに手伝ってくれるんだろうな?」

「只じゃ嫌よ」

「ああ、しかるべき助っ人料は払う」


 上手くガラントゥの縄張りしまが手に入れば多少の金など安いものだ。


「じゃあ、きちんと条件を決めてからね。報酬さえ弾んでくれればガラントゥの親玉の首を持ってきてやってもいいわ」


 ロサフをはじめとするリネッティの男達の頬がピクピクした。


「大きく出やがって」

「ガラントゥの手下は300人からいるんだぞ」

「ええ、そしてリネッティあなたたちは180人くらいだって聞いたわ。で、ガラントゥの構成員ってさっきこっちへ押しかけてこようとしていた連中より強いの?イザメルさん」


 いきなりそう問われてイザメルは何回か瞬きをした。


「いや、ゴジは武闘派だから、奴の下にはガラントゥの中でも腕っ節の強いのが集まっている。あれより強いのは幹部の護衛ぐらいだろう」

「じゃあ簡単ね。あの程度のが300人いたってどうってことはないわ」


 ロサフ達にとってはとんでもない大言壮語だった。


「どうせあなたたちだけじゃ私への報酬額も決められないんでしょう。幹部さん達で相談する時間を上げる。ただし、相場より安い金額じゃ動かないわよ」


 そう言ってイーシャはリネッティのアジトを出たのだった。


「しばらくイルディアさんの所にいることにしたからね」


 最後にそう言い残して。







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