第11話 抗争 1

 ダグがイルディアの宿にやってきたのは午後遅くになってからだった。一人ではなく、イーシャと初めて接触したときの仲間の一人――イーシャは名を知らなかった――を連れていた。


「遅くなりやした。案内しやす」


 ダグがイーシャを連れていったのは、ナンガスの中程にある変哲もないレンガ造りの三階建ての建物だった。ただ華やかな外観の娼館や飲食店が建ち並ぶ中に、窓の少ないいかつい感じの建物は異彩を放っていた。近づいていくと昨日イザメルがいた娼館とは違って中にいる人間達がピリピリした緊張を帯びているのが分かった。入口を入ったところのホールに4人の男がたむろしている。見張りだろう。建物に入る手前でイーシャが足を止めた。三階を見上げて、


「へ~」

「どうかしやした?」


 ビクッとしてダグが訊いてきた。痛めつけられた記憶が浮かんできたのだろう。


「なんかピリピリしているのね」


 イルディアに聞いたとおりだ、ガラントゥとの角突きあわせが最近先鋭化しているという。リネッティの傘下の中級娼館を2軒、ガラントゥ側に移すことを画策しているという。それに気づいたリネッティが阻止するための手を打っている。なにしろリネッティにとっては虎の子の中級娼館だ。その最前線がこの建物とそこに詰めているリネッティの構成員だ。既に小さな暴力沙汰がいくつか起こっていて、いつ全面衝突になってもおかしくないとイルディアは言っていた。どうもガラントゥはナンガス全部を手に入れようと思っているらしい、というのがイルディアの推測だった。


「へへ、ちょっとガラントゥと揉めてまして」

「そう、それにこの建物の中に魔物もいる。多尾猫かしら」

「えっ?そ、そんなことまで分かるんでやすか?」

「いるのね」

「へえ、ロサフの兄貴が多尾猫を飼ってやす」

「で、その多尾猫、何尾なの」

「確か、3尾で」


 人が飼える魔物もいる。哺乳類型か鳥型がほとんどだが、多尾猫はその代表的な魔物だ。尾の数が多くなるほど身体や魔力も大きく、気も荒く凶暴になる。野生では6尾まで確認されているが人が飼えるのはせいぜい3尾までだった。多尾猫が好まれるのは他の魔物の気配に敏感だからだ。隊商には必ずと行っていいほど数匹の多尾猫が同行している。行商人でも余裕のある商人は多尾猫を連れて旅をしている。魔物の接近を人間が気づくよりずっと早く教えてくれるからだ。飼い主が多尾猫より強くなければ飼うことはできない。だから隊商や行商人の飼う多尾猫はほとんどが2尾だった。3尾の多尾猫を飼っていると言うことはそのロサフという男はそれなりの強者であることを示していた。




「おい、どうした?クレイ」


 ロサフは多尾猫ペットの様子に困惑していた。いつもロサフの横にいる多尾猫が毛を逆立てて姿勢を低くしたからだ。明らかに戦闘態勢だった。

グル~ル~、と唸っているが、その鳴き声にフーッ,シューッという威嚇が混じり始めた。


 ドアにノックがあった。多尾猫が飛び上がるようにロサフの後ろに隠れた。


――怯えている、魔物が?――


 圧倒的な強者に対して怯えることがあると聞いたことがある。疑問符を浮かべて多尾猫の様子を見ていたロサフは再度のノックに我に返った。


「入れ」


 そっとドアが開いた。ロサフの後ろに隠れた多尾猫がシューッと声を出した。

イザメルとダグに案内されて若い女が部屋に入ってきた。一目で値踏みした。こういう商売をしていると必要になる能力だった。その初印象は、


――見た目は多少余裕のある商人の娘ってところか――


 着ているものはそれなりの生地とそれなりの仕立ての服だ。ただし小柄な女の体格に合ってない。身内――母親か姉――のお下がりだろう。フード付きのマントの前をぴっちりととめている。


「俺に用事があるという……」


 ロサフは最後まで言えなかった。外から大きな音が聞こえたからだ。部屋の壁がビリビリと震えるほどの音だった。続いてドカドカと重い者が落ちる音が聞こえた。部屋の中にいた者達は思わず互いに顔を見合わせた。イーシャを除いて。


「何だ、いったい?」


 ロサフがそう言ったときドアが乱暴に押し開かれて若い男が飛び込んできた。ロサフの部下だった。


「ロサフ様!」


 男の声は悲鳴に近かった。


「どうした、何があった?」


 男が震えながら外を指さした。


「ガラントゥの建物が……」

「ガラントゥの建物がどうした?」


 道を挟んではす向かいにガラントゥ一家の拠点の一つがある。100尋ほど離れている。このリネッティの拠点とにらみ合った形で、それもここが最前線と認識されている理由の一つだった。


「くっ、崩れました!」

「なんだと!?」


 ロサフが部屋をとび出した。道に面している廊下へ走って行く。イザメルやダグも続いた。


 イーシャは右腕が戻ってきたのを感じた。褒めて、と言っているようにくいくいと軽い圧をかけてくる。左手で右手の肘をなでながらイーシャも立ち上がった。


――よくやったわ――


 右腕が満足したように肘の先にくっついた。



 

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