第8話 潜入 2

 イーシャが初めて気づいたようにあたりをキョロキョロと見回した。窓のない壁に囲まれた3~4尋四方ほどのいびつな四辺形のちょっとした広場だった。中央付近は草が踏みつけられているのを見るとまるっきりの放置地というわけでもなさそうだ。灌木が3本ほど生えていて、隅には元は何に使われていたのかも分からないガラクタが置いて、いや、捨ててあった。


「ここにはお店なんて見えないけれど」

「そうさ、人も滅多に来ないしな」

「帰ります」


 身を翻そうとしたイーシャを男が通せんぼをした。


「そうはいかないな、お嬢さん」


 男が指を鳴らすと入り口の暗がりから3人の男がぞろぞろと入ってきた。


「あなたたちは?」

「見りゃあ分かるだろ」


 男がフードをはぐってイーシャの顔をあらわにした。男たちがヒューと口笛を吹いた。


「上玉じゃねえか、よくやったぜ、ガルブ」


 目の前に出てきた4人の男を観察しながらイーシャは軽く首を振った。ため息をつきながら、


「チンピラしか釣れなかったのか、やっぱり場末だとこんなものなのかな。それにしてもお前達、尾行が下手ね」


 いきなりイーシャの口調が変わった。大きな声ではなかったが4人の男にははっきり聞こえた。


「な、何だと?」

「お前たちでは埒があかない。もっと上の人間はいないの?」


 甘さなど欠片もない冷たい声だった。しかし男たちにはその恐ろしさが分からなかった。


「てめえ、恐ろしさで気でも狂ったのか」


 ガルブと呼ばれた男がイーシャに手を出そうとした、次の瞬間、ガルブの身体が飛んで壁に背中をたたきつけられた。


「グフッ」


 肺から空気を叩き出されてガルフは気を失った。


「こ、このアマ!」


 残り3人が叩きのめされるのもあっという間だった。どんな風に叩きのめされたのかさえ3人には分からなかった。気づいたら地面と接吻していた。


「てっ、てめえ、こんな真似をしてただですむと思っているのか!」


 リーダー格に見えた男だけを残して他は気を失っていた。一番身体が大きくて4人のうちで最後尾にいた男だ。そのリーダー格の男の背中をイーシャは左の膝で押さえつけていた。軽く押さえているようにしか見えないのに、それだけでイーシャの倍は体重のありそうな男が身動きとれなかった。


「思っているよ。これでも手加減しているのさ、誰も死んでないからね。さていくつかの質問に答えてくれるかな」

「誰がそんな、ギャッ!」


 男の全身に一瞬、これまで経験したことがないような激痛が走った。イーシャが男の後頸部に軽く触れている左手人差し指から身体中にに広がったのだ。全身の痛覚が刺激された痛みは短時間で治まったが、しばらく身体が動かせなかった。男は大きな息を吐きながら懸命に気を落ち着かせた。


「お前のようなのを痛めつけるのは大好きなんだ。もう一度喰らいたいか?」


 一度痛撃を喰らっただけで全身に汗をかいていた。身体が無事なのが不思議なくらいだ。それに”大好きだ”といった時の、イーシャの本当に嬉しそうな声にゾッとするものを感じていた。


――逆らっちゃいけない――


「い、いや、か、勘弁してくれ」


 男の口調は哀訴に近かった。あの痛みをもう一度経験するなんて、とんでもない。


「名前は?」

「へっ?」

「お前の名前は?」

「ダグ、ダグって言います」

「ダグ、か。お前たちはこの4人だけか?それとももっと大きな組織に属しているのか?」

「それは……」

「それは?」

「リネッティ一家に」

「リネッティ?私はこの街に詳しくない。リネッティってのはこの歓楽街、ナンガス全域を縄張りにしているの?」

「そ、そうだ」

「そうか、調べて嘘だったらさっきの痛みを何倍かにして繰り返すわよ」


 ダグの顔が青くなった。さっきのはまだ手加減された痛みだったのか?


「い、いや、……ガラントゥ一家と争っている」

「やはりね、どっちが優勢なの?」


 この質問にもダグは詰まった。嘘をついたときの罰があの痛みだと思うと声が震えた。


「か、格式の高い店はガラントゥが大体押さえている」


「なるほど、それでお前たちが屯しているのがこんな場末ってわけね」


 ダグは悔しそうな顔で唇をかんだ。ガラントゥ一家といろんな軋轢があるのだろう。イーシャが後ろを振り返った。


「もう気がついているでしょう。起きなさい」


 倒れていた3人の背中がピクッと震えた。おそるおそる顔を上げた。


「立って!」


 のろのろと立ち上がった。なぜか逆らうことができなかった。


「座りなさい」


 押さえつけられるように地面に膝をついた。いわゆる正座の形で、強制的に取らされた姿勢だった。イーシャが小石を拾って軽く投げた。ヒュン!と風を切って男達の目の前を飛んだ小石は広場の端にある背の低い木の幹を折った。バキッと派手な音がして木屑が飛び散った。男達の顔がさらに青くなった。


「逃げようとしたらお前達が的になるからね。多分身体に石がめり込むわよ」


 男達が逃げるなんてとんでもないというようにそろって首を振った。それを見てイーシャはダグの方を向いた。


「他にも勢力はあるの?」

「いっ、いや、小さな勢力はいくつかあるがたいした奴らはいない。リネッティにもガラントゥにも入れない半端者だから」

「で、リネッティのボスはどこにいるの」

「ガゼウス・リネッティ様の居場所なんか俺たちが知るわけがない、……です」

「それもそうね。末端の構成員がボスの行動を知っているはずもないわね」


 ならんで正座している3人も一緒に首を縦に振っていた。


 それで中ボスともいうべきダグたちの直接の兄貴分の所へ行くことになった。ダグ以外のメンバーが渋っていたが、イーシャが軽く痛撃をかけると素直に案内してくれることになった。



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