第6話 カデラルの惨劇

 上から金属同士を叩きつける音と男達のおめき声が聞こえた。メインマストが倒れたときに潰された前部艦橋の残骸を片付けて船室にいた海兵が甲板に出てきたのだ。武装した亜人達と戦闘に入っている。


「行くわよ」


 海兵の方がずっと数が多い。亜人が持っている武器も使い慣れたものではないし、防具も着けてない。足下は揺れてている。海兵達は船上での戦いになれている。すぐに圧倒されはじめるだろう。


「はい!お先に失礼します」


 自分の横を急ぎ足で通り過ぎて3段おきに階段を駆け上ったキーエスの後から、イーシャはゆっくりと階段を上っていった。






 カデラルが発見されたのは3日後だった。首都リオネラから100里ほど離れた小さな湾の浅瀬に打ち上げられているのを近村の漁師が見つけたのだ。歯の根も合わぬほどがたがたと震えながら報告する漁師の話を聞いて村長は確かめに行った。難破した船の上に地獄を見たというのだ。村長は賢明にも船内には入らず外から見ただけだったが。

 村長が海軍に知らせたのは、原形もとどめないほど破壊された船首にカデラルという船名を読んだからだった。


 ラクドミール公国からリオネール共和国の軍港まで通常、帆船で7日、帆と櫂を併用する軍船で5日の航海だった。特に櫂を使う軍船はほぼ予定通りに航海することが出来た。それが予定日を過ぎてもカデラルはリオネール共和国の港に姿を見せなかった。定時の魔導による連絡もなかった。軍船では予定がくるうときには普段より密に連絡があるのが普通だった。だから何の連絡もなく行方が分からなくなったというのは軍として重大なことだった。元首の息子が乗船していることもあり、海軍は早々と捜索を始めた。行方は杳として知れなかったが、捜索をやめるわけにはいかなかった。公子が絡んでいるのだ。見つからなければ海軍の責任問題になる。航路から大きく外れたところで見つかったと聞いて海軍省は調査員を出した。貴種が絡んでいることと、航路を外れた原因が分からないことから通常よりも大がかりな調査隊だった。


 座礁している軍船ふねは遠見からではカデラルとは分からなかった。甲板上の構造物が全て破壊されていたからだ。3本のマストも艦橋も見えなかった。衝角を持ち、頑丈そうな船体は軍用船を思わせたし、船首にははっきりカデラルと刻印されていた。小舟で近づいてはしごをかけて甲板に上がった調査員達はそこに異様な光景を見た。戦場に慣れた屈強な男が吐き気を催すような光景だった。実際何人かの調査員は口を押さえてしゃがみ込んだ。甲板の上には多数の死骸が転がっていた。その八割は原型も分からない肉と血の塊だった。船内を捜索して最終的には205体の死者を見つけた。カデラルの乗組員より40人少なかった。戦闘の中で船から落ちたものと思われた。船べりにべったりと血の付いたところもあったのだ。肉塊の身元確認は認識票によるよりなかった。集められた認識票の数が205枚だったということだ。

 奴隷達の死体は見つからなかった。勿論生きている奴隷もいなかった。破壊された足枷が残されていたから彼らが逃げたのは確かだと思われた。


 ギゼ公子は生きたまま自分の部屋にいるところを見つかった。カデラル船内でみつかった唯一の生存者だった。3日間とは思えないほど憔悴したギゼ公子は焦点の合わない眼で虚空を見つめながらヘラヘラと笑っていた。右手が引きちぎられたように肘から先がなくなっていた。止血のためだろう、引きちぎられた傷は乱暴に焼かれていた。首かせがつけられその鎖が壁に固定されていた。


「ギゼ様」


 呼びかけられると悲鳴を上げて部屋の隅にうずくまりガタガタと震えた。後から分かったことだが女の声で呼びかけられた方が怯えが強かった。

 何か質問してもギゼ公子からまとまった話を聞けることはなく、時々、


「あ、……悪魔だ」


 唐突にそんなことをつぶやくだけだった。


 ギゼ公子の部屋の床に首が二つ置かれていた。ギゼ公子の取り巻きの中でも腰巾着と言われている男たちの首だった。また同じ部屋の中にその男達の裸の死体も転がっていた。首が切断され、下半身が、特に骨盤のあたりが踏み潰されたようにぐしゃぐしゃに破壊されていた。それは捜索隊のメンバーが思わず目を背けるほどの凄惨な光景だった。


 結局、調査隊の報告書の結論は奴隷の反乱とするよりなかった。漕ぎ手奴隷が逃げたのは間違いなかったのだ。食料庫は空っぽになっていたし、武器庫もかなりの武器が持ち去られた痕があった。船の金庫はこじ開けられ、中にあったはずの書類、貴重品、貴金属、現金は全てなくなっていた。異様な殺され方は気になるが、それ以上のことは分からなかった。何らかの魔法が使われたと推定されたが、共和国の魔導士もどんな魔法か言うことは出来なかった。それに亜人共にこんな魔法が使えるはずもなかった。重大犯罪の容疑者として、漕ぎ手奴隷で身元の分かっている連中については手配書が回された。イーシャについても船の中には見当たらず同じく手配所が作られた。しかし逃げ出した奴隷も、イーシャも杳として行方は分からなかった。


”カデラルの惨劇”はイーシャが関わったとされる最初の事柄として記録されることになる。





 いれものの中の心地よさにまどろんでいた。意思体として存在し続けることに不安はなくなっていた。の意思はいれものの意思と混ざり合い、いつしか渾然一体となった。に誤算があったとすればいれものの意思が強かった――強すぎた――ことだった。意思決定の主導権はいつの間にかいれものに移っていった。尤もは気にしなかった。最早交ざり合った意識を分けることは難しい。いろいろな意思決定がどちらから出ようと、存続し続けられれば構うことではなかった。


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