人間嫌いなボクが飼われてやってるわけ
無月兄
第1話
ボクはクロ。この家の飼い猫だ。
間違ってほしくないのが、ボクは飼われているんじゃなくて、飼われてやっているんだってこと。
翔子がどうしてもって懇願するから、仕方なくいてやってるんだぞ。
そもそもボクは人間が嫌いだ。
だって人間は、薄情で無責任。
翔子の前にボクが飼われてた────じゃない、飼われてやっていたやつだってそうだった。
あいつら、ボクが小さいころは可愛い可愛いって言ってたくさん遊んでくれたのに、大きくなると見向きもしなくなった。
たくさんご飯を食べるようになると、家から連れ出して、外に置いていかれた。
だからボクは、あいつらの飼い猫をやめることにしたんだ。
自分の意思でノラになったんだ。
あんなやつら、ボクの飼い主にはふさわしくない。
いいや。ボクにふさわしい飼い主なんて、きっとどこにもいやしない。
その点、ノラはいい。何をするのも自由。飼い主の面倒なんて見なくていい。
だだ、たまに胸の奥がチクチクするだけさ。
なのに、そんなボクの気ままなノラ生活を邪魔するやつが現れた。
それが翔子だ。
その日のボクは、なぜかやたらと息苦しくて、体が熱かった。
そんな時、ボクの目の前に翔子が現れた。
翔子はよくわからないことを言って、ボクをどこかへ連れていこうとしたんだ。
冗談じゃない。ボクのノラ生活の邪魔をするな!
引っかいてやったら、翔子は驚いた顔をしたけど、それでもボクを連れていこうとするのをやめなかった。
仕方ない。
疲れていたボクは、これ以上抵抗するのも面倒だから、翔子の好きにやらせてやった。
翔子の粘り勝ちだ。
けどその後連れていかれたビョーインってのは最悪だった。
変な匂いはするし、チュウシャっていう、すっごく痛いことされた。
やっぱり人間は嫌いだ! 騙された!
そう思ったのに、ボクを見る翔子はなぜか泣いていて、だけどとても嬉しそうだった。
変なやつ。
翔子のやってることは意味不明だったけど、わかったことがひとつある。
どうやら翔子は、ボクに惚れてしまったらしい。
出なきゃ、ボクを家に連れて行って飼おうとはしないだろ。
まったく、モテる猫は辛い。
けど困った。ボクはノラ猫でいるって決めたんだ。
猫は人間と違って、嘘つきでも無責任でもない。
けど、薄情でもないんだ。こんなにもボクに惚れている人を放っておくのは薄情だ。
だから妥協案として、翔子に飼われてやることにした。
けどボクは忘れてない。人間は、猫と違って薄情だ。きっと翔子も、いつかはボクをどこかに置いていくだろう。
いいんだ。その時は、ボクが翔子に飼われてやるのをやめればいいだけなんだから。
それがもう、今からどれくらい前だっけ。もう覚えてないや。
翔子はいつも笑ってた。
当然だ。なにしろこのボクが飼われてやってるんだからな。笑顔になるのは当たり前だ。
なのに翔子。今の君は、どうしてそんなに泣いてるの?
翔子がこんなに泣いてるなんて、まるで初めてあった時みたいだ。
そういえばボクも、あの時と同じように、息苦しくて、体が熱い。ううん。あの時よりもずっと辛い。
体が苦しいだけじゃない。翔子が泣いてるのを見ると、あの時よりも、ずっとずっと胸の奥がチクチクするんだ。
それからビョーインってところに行ったのまで、あの時と同じ。
ただ、ボクはあの時みたいに暴れなかったよ。
だって、暴れたら翔子がケガするもの。そんなことしたら、翔子はもっと泣いちゃうもの。
もう、あの時みたいに引っかいたりしないよ。チュウシャも、痛いけど我慢するよ。ずっとずっと、翔子に飼われてやるよ。
だから泣き止んでよ! いつもみたいに笑顔でいてよ!
あぁ、やっぱりボクは、人間が嫌いだ。
人間と、翔子と関わらなきゃ、ボクまでこんな悲しい気持ちにならなくてすんだのに。
「クロ〜ご飯だよ〜」
今日も今日とて、翔子は笑顔でボクを呼ぶ。
当然だ。このボクが飼われてやってるんだから、笑顔になるのは当たり前だ。
ボクも、翔子を悲しませるようなことはしないよ。
猫は、一部の人間と違って、薄情でも無責任でもないからね。
翔子を置いて、どこにも行ったりしないよ。
これからもずっと、翔子に飼われてやるからな。
だから、この前みたいな食べすぎは控えよう。
あの時は、お腹が苦しくて大変だった。
人間嫌いなボクが飼われてやってるわけ 無月兄 @tukuyomimutuki
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