第11話 外世界の少女(中)

ランチが終わった俺はまた魔法でタクシーを作った。




そして、店の外で2人、もといメルメの1人だが、メルメを後部座席に乗るように促そうと、後ろにいるメルメの方を振り返った。

そこで俺が見たものは、真新しい黄色いドレスを着たメルメだった。

ランチでドレスについた染みは、綺麗さっぱり、消えていた。


俺はそのドレスを見て、何が起きたのか、一瞬で悟った。


そして、メルメの軽率さに呆れた。

メルメは確かにまだ10歳程度だ。

だからこそ、ここで説教が必要だなと俺は思い立った。



「お前……しみを消しただろ?

魔法で」



俺は少し怒りを含んだ声でメルメに、そう言った。

それを聞いたメルメは怒られていることを理解したのか、少し肩を窄めた。

顔も、しゅんとした表情を作ったが、俺は大人としてさらに言うべきことを続けて言った。



「それを安易に使うんじゃない。

それは多分、この世界ではお前くらいしか使えないんだ。

バレたら、国に捕まって何されるか分かったもんじゃない」


「兄さん、済まなかった……。

止めなかった俺も悪い。

どうか今回は、これくらいで、許してくれ」



しゃべれないメルメに代わって、メルメの肩にいるピンクの精霊が謝罪した。


俺は、キラメのその言葉で、今回はこれくらいで良しとすることにした。

俺は心の中で、10歳と言えば、まだ善悪の区別がついていない年頃だと思ったのだ。

自分が10歳だった頃をふと、思い出していた。


俺の心の中のモニターには、この世界へ来てから、5年ほどが経った俺が映し出されていた。

そこには、難民街でやんちゃをしていた自分がいた。

当時、俺はまだ魔法は使えなかったが、野生の動物に手を出しては仕返しに遭い、育ての親代わりの爺さんに怒られていた。


それを思い出すと、これ以上説教する気にもなれなくなった俺は、

本題に戻ることにした。



「じゃあ、これから王都に行って魔ステの登録をするから、俺のタクシーに乗ってくれ。

さすがにその飛行機じゃ、目立つからな」



俺がそう言うと、メルメはレストランの近くに鎮座させていた飛行機をちらっと見て、次に俺を見た。

その後に、言葉を発したのはキラメだった。



「メルメが、あの飛行機はどうする?って聞いてるよ。

消す魔法を使うわけにはいかないからな……」


「あーそうだな。燃やしちまうのがいいかもしれないが、

俺は生憎、火が苦手なんだよ。小さい火しか出せないんだ」



俺はそう言いつつ、タイムリーに俺はタバコに火を付けた。

俺は火の魔法は不得意としていた。

タバコに付けるくらいの小さい火しか、生めなかった。

風が強い魔法使いは、火が弱いのが定番なのだ。



「今、誰も見てないだろうから、火の魔法なら使っていいか?

とメルメが言ってるぜ」



タバコを吹かしていた俺にキラメが言った。

俺はそういえば、と思い出していた、メルメは飛行機を自分の浮遊魔法で飛行させていたことを。

それも、200kmもだ。

相当、体内に魔力がないと、そんなことはできない。



「できるなら、やっていいが、できるのか?」



俺がメルメにそう言うと、メルメは頷き、右手を飛行機に向けると、すぐに大きいバーナーのような炎を生んだ。

そして、さっきまで自分達が乗っていた飛行機を瞬時にして、灰にしていった。

その灰は風に舞い、海への方向へ流れていった。


俺はそれを見て、へえ、と小さく声を出していた。



「メルメ、お前、相当魔法が強いな。

強い魔法使いは、1つ特化した属性があるが、他も強い。


そういえば、お前の世界では魔法はみんな弱いんじゃなかったか?

どういうわけなんだ?」



そう尋ねた俺に答えたのは、やはりピンクの精霊だった。



「俺達がいた世界じゃ、村の住人の魔力は、みんなこの娘に吸われちまったんだ。

言い伝えでは、メルメは世界を救う伝説の少女って、呼ばれてたよ。

救世主みたいに崇められていた。まあ、メルメがそうだと気付いたのは、俺だけだけどな。


こないだ、メルメの力で、村の住人は、餓死する前に光の精霊になったんだ。

あれが良かったのか、悪かったのかは、知らないけどな」



それを聞いて、俺はやはりメルメの力は、公にしてはいけないものだなと改めて思った。

そして、飛行機がなくなると、俺はメルメ達をタクシーの後部座席に乗せて、車を発進させた。


車を発進させて5分ほど経つと、メルメは後部座席で、うとうととし始めた。

俺はそれを水鏡で見ると、声をかけた。



「王都までは30分くらいかかるから、寝てていいぞ」



俺がそう言うや否や、メルメは軽く頷き、ピンクの精霊を枕にして、すやすやと寝始めた。

枕になったキラメはというと、俺に話しかけてきた。



「この世界であんたに会ったのは、運が良かったよ。

世の中じゃ、大人でも悪いやつはたくさんいるからな……。

メルメの親は、飢え死にしそうになると、メルメを殺そうとしたんだ。


まあ、あの世界じゃ、毎日食っていくだけでも、きつかったみたいだから、

それもしようがないと言えば、そうなのかもしれないけどな……」



俺はそれを聞き、そうかいと答えたきりだったが、心の中では、メルメの境遇を不憫に思った。

メルメは魔法の力こそ強いが、教育なんかもろくに受けていないだろうと思ったのだ。

普通の子供が体験しているはずのことも、知らないだろう。




それから、さらに5分ほどタクシーを走らせると、

40mほど先の地上で、魔素が乱れていることを感じ取った。


それがどういう事態なのかを俺はすぐに察すると、

「ちょっと、このまま乗ってろ」

と、振り向かずに後部座席に言い放つと、すばやい動きで車を出て、自分を空間転移させた。



転移させた先は、40m先の地上だ。



そこには、森沿いの街道があり、壊れた荷馬車の破片がそこに散らばっていた。


その荷馬車だったもののそばには、鮮血に染まった30代くらいの大人が2人いた。

1人は、地面に赤を迸らせつつ横たわっており、

もう1人はというと、泣き叫ぶ10歳くらいの女の子を抱え、動かないようだった。そのもう1人も、身体は血だらけだった。



その3人を囲んでいたのは、5頭のフォレストウルフの群れだった。



俺が転移した先は、泣き叫ぶ女の子とそれを守ろうとして動かなくなっていた女性のそばだった。

俺が目の端でちら、と女性を見ると、女性はピクリとも動いていない様子だった。



俺はすぐにその2人に対し、右手を伸ばした。

すぐに2人は緑の球に包まれた。

俺はそれを見て、フォレストウルフくらいなら、その障壁魔法で十分だろう、と思った。



(森近くの街道は、魔法を使えない人は通行禁止なはずだ。

急ぐ理由があって、それを無視したか……)



俺は咄嗟にそう考えた。

女の子も含め、3人からは魔素をほとんど感じなかった。

と言っても、子供以外の2人は、魔素どころか、すでに生気を感じなかった。

おそらく彼らは皆、界人ではなく、魔法を使えない一般人なのだろう。

街道を通る最中に、森にいたウルフに襲われたのだろうな、と俺は推理した。



「ちょっと来るのが遅かったか……」



俺はそう言いつつ、歩みを進め、フォレストウルフの標的を買って出た。

半歩も前に出る頃には、子供の方を向いていたウルフ達の目は女の子ではなく、俺を映していた。


ウルフ達は、風魔法で旋毛風を起こすと、その鋭い穂先を俺に飛ばしてきた。

だが、その風は俺に届く2m手前で、止んだ。



「俺は風使いだぞ。

相性が悪かったな」



俺は右手でタバコを口から離すと、

残った左手を周囲に振った。


次の瞬間、5頭のウルフは物凄い竜巻に巻き込まれ、宙に集まった。


キャンキャンとなくウルフたちは、でかい竜巻と共に、ごう、という音と共に、

明後日の空へと運ばれていった。

俺は竜巻の魔素をある程度、濃い目に作ったので、10キロはそのまま飛んでいくだろうと心の中で推測した。


ウルフ達を瞬時に殺すこともできたが、

後ろにいる女の子に、ウルフ達の血みどろの死体を披露するわけにもいかなかった。


俺は飛んでいったウルフ達がだいぶ小さくなるのを見届けるや、後ろを振り返った。


正直、気が重かった。地面にのびている父親と思われる男と、子供を抱く母親と思われる人物の、息はすでにないと思われたからだ。

天涯孤独となった子供にどう接するかと、俺が心中で台詞を探そうとした俺の目は、有り得ないものを見た。



振り返った俺が見たのは、

いつの間にか、泣くのをやめた女の子と、何事も無かったかのように動く男性と女性だった。



女の子は、なぜか茫然としており、女性はその子供を強く抱きしめていた。

そばには何が起きたか分からないというような様子の男性が立ち尽くしていた。


そして、女の子のそばには、メルメとキラメが立っていた。

メルメとキラメからは、濃い魔素が感じられた。


ついさっき、魔法を使った形跡があった。




俺は何が起きたのかを察したが、よその3人がいる手前、それに関しては何も言えず、演技をすることに決めた。

俺は3人のそばに歩み寄ると、言った。



「怪我はないかい?

森のウルフは、追い払ったよ」



俺の言葉を聞いた男性は、すぐに深く頭を下げて、言った。



「あまり覚えていませんが、助けていただいたのですね……!

申し訳なかったです。

つい、納期を急いでこの道を使ったばっかりに、狼に襲われたようで。

子供まで連れていたのに、バカなことをしました……。


良ければ、後日お礼を。

連絡先を交換してもらえませんか?」


「いや、それはいいけど、もうこの道は使わない方がいい。

魔導士が同伴していないところを役人に見つかると、罰金だぞ。

行くなら、護衛を雇った方がいいな」



俺の言葉を聞いた男性は、すみません、と言葉を重ねた。

そばにいた母親は、女の子を抱いたまま、ありがとうございました、と大きな声で俺に言った。

俺は、さすがにこの3人をこのまま放置していけないので、俺の4分の1くらいの魔力を込めた風の犬を作ると、その犬に心の中で3人を護衛するように命じた。



「この犬は、俺が魔法で作ったもんだが、あんたらを護衛するように命令してある。

使い魔っていうんだが、危なくはないから、連れていきな。

1つ風が変わる頃には、消えてるから」



それを聞いた父親は、驚いて「いや、そこまでしていただくのは!」と言ったが、すぐに、それ以外にこの場を凌げる方法がないことを悟ったのか、


「あ……すみません。

では甘えさせていただきます。

本当に後日、お礼をさせていただきたいです」



と続け、また深く頭を下げた。

母親はというと、壊れた荷馬車に積んでいた積み荷を集め始めていた。


それを見た俺は、風で作った犬にその積み荷を風の力で浮かせた。

母親は、それを見て驚き、俺に向かって「何もかも、すみません!」と頭を下げた。


母親の足元には、泣いていたはずの少女がいたが、さっきから何が起こったのか分からないと言った様子でぽかんとしたまま、立っていた。

泣いていたはずだが、目も赤くない。


それを見た俺は、妙だなと思い、

中腰になって、俺はその女の子に声をかけた。



「嬢ちゃん、怖い思いしたな。

何があったか、覚えてるかい?」



女の子は、俺がそう尋ねると、あまり要領を得ない様子で目を泳がせると、こう答えた。



「何?良く分かんない。

いつ、馬車壊れたの?」



それを聞いた俺は心の中でまさか、とさらなる、ある推測をしたが、それを口に出すわけにもいかず、この場では、また演技をすることに決めた。



「さっきな。

嬢ちゃん、多分気を失っていたんだな。

狼が来て、襲っていったんだ。

でももう、いなくなったよ」



それを聞いた女の子は、そうとだけ答えると、母親の腕に身体を絡ませていった。

母親は、女の子を右手で抱くと、余った左手で散らばった積み荷を集める作業に没頭した。



彼らと別れたのは、それから10分後だった。

俺の風で作った使い魔と共に、彼らはその場を去って行った。

女の子は、さっきまでの惨事をまるで知らない様子で笑顔を浮かべると、こちらに手を振った。



俺は3人がいなくなると、空中に浮かんだままのタクシーを手元に呼び寄せ、

精霊と子供を後部座席に乗せた。

俺達3人の間に、特に、会話はなかった。



それから俺は魔ステを起動し、ナビを操作し、王都へと目的地を定めた。

その作業をしていると、静かだった後部座席から声がした。


正確には俺の頭の中へその声は、響いた。



「怒らないのか?」



それはもちろん、光の精霊の声であったが、悪気を帯びたような元気のない声だった。

水鏡のミラーを見ると、しょぼくれている女の子が見えた。

メルメにすれば、本日、二度目の沈んだ表情であった。



「怒るってのが、あの2人を生き返らせて、子供の記憶を消したことだとすると、

一つだけ、反省すべきことがある。


それは、あの両親の霊がそばにいたか、確認せずに蘇生させたことだ。

あの両親の霊がすでにヴァルハラへ旅立っていたら、あの2人はアンデッドになっていたぞ?


女の子の前で両親がゾンビになったら、どうするつもりだったんだ?」



それを聞いてやはり、少女はごめんと言いたげな表情を浮かべた。

目には少し、涙が溜まっていた。

それにシンクロするようにピンクの精霊も少し色が薄くなっていた、気が、した。



「それは、確かに頭になかった。

済まなかった……。


でも生き返らせたことについては、お咎めがないのか?」



それを聞いた俺は、沈黙した。


普通なら、怒るべきだろう。

彼女らには両親がいない、彼女らがいた世界では、物が不足していたらしかった。メルメは、おそらく満足な教育も受けていないのだろう。

だったら、ここで、良い事はいい、悪い事は悪いと教えるべきで、命を個人の勝手で復活させるなんてことは、人のやっていいことの範疇を超えていると、教育すべきだ。


だが、俺はそれをしたくない気持ちがあり、それを説明するのも気乗りしなかった。

個人的な事情に依るものだ。


ふと、俺は先ほどの女の子の両親が死んだ場面を思い出し、

それを過去の自分に重ねていた。



「あんた……」



ふと、後ろから、ピンクの精霊の声が聞こえた。

俺は一瞬、あることを、失念していたことを後悔した。

それは、ピンクの精霊が心を読む精霊魔法を使うことだった。



「両親が……

殺されたのか?」



ピンクの精霊が俺にそう言うと、俺は舌打ちした。

悔やんだ。

つい、自然と心の中で昔を思い出してしまったことを。


水鏡をちら、と見ると、少し驚いた表情の少女の顔が映った。

それを見て、俺はつぶやくように言った。



「俺が4歳の頃だから、ほとんど覚えちゃいないよ。

親が誰に殺されたのかなんて分からないまますぐに、俺はこっちへ飛ばされたんだ。


それから犯人が見つかったのかも俺には分からず仕舞さ。

こっちの世界へ来ちまったからな」



それ以上、俺は語るのも面倒になった。

両親のことは、あまり思い出したくないと思っていた。

解決しようがないし、今の俺とはもう、別世界の話だ。

地球へ戻ることは、できないし、戻りたいとも思っていない俺にはどうでもいい話だと思っていた。

ただ、向こうでは両親の犯人が捕まっていたらいいもんだな、と思う気持ちも、少しはある。


俺がそう思ったことで、それがピンクの精霊にも伝わったのか、ピンクの精霊は何も言わなかった。

俺が2人を咎めない理由も、何となく解ってもらえたのだろう。



「親は、いるに越したことはない。

メルメ、お前にも分かるだろ?


ただ、人が使ってはいけない力を使ってまで、親を生かすのは、違う。

それは神様のやることだ。お前が神様なら、好きにしたらいいだろうさ。


でも人なら、もう今後はやめることだな。

次やったら、俺も怒るじゃすまんぞ」



そう言ったところで、俺は心の中で「ああ、結局、説教しちまったな」と溜息をついていた。らしくない、と自分では思っているのだが、どうにも世話を焼くのが板について来ているのが良くない。

また、水鏡を見ると、後部座席にいる少女は反省しているような顔を浮かべていた。


それを見て、俺は「やはり、止むを得ないか」と思い、ある決意をした。



「王都へは、10分で着く。

キラメ、お前はちょっと目立つから、タクシーで待って居ろ。

王都の魔法省窓口には、精霊魔法に卓越したやつがごまんといる。


ピンクの精霊がいたら、騒ぎになるかもしれないからな」


「兄さん、色々と、悪いな」



ピンクの精霊はそう答えると、後部座席で静かに固まって大人しくなった。

俺は、ピンクの精霊も、何となくの雰囲気でだが、しょぼくれているような気がした。




10分ほどで、王都についた。


王都は都会で、ビル、と言っても高くても8階ほどだが、たくさん生えている。

赤や緑のレンガの建物の山を前にして、後部座席の少女も窓に張り付いて興奮していた。


後部座席の少女を見て、

俺は、彼女の住んでいたところには、こんな建物がたくさんある場所はなかったんだろうな、と思った。



「ここが王都だ。

人も大勢いるから、目立つことはするなよ」



俺は前方に注意しながら、後部座席の2人に向かって言った。

王都にはタクシーもたくさん浮かんでいる、ぶつからないように注意が必要なのだ。

しかしもし、ぶつかったとしても魔法障壁を張っているから大事には至らない。

それでもトラブルになることはもちろんなので、先ほどの両親の話と同じで、ぶつからないに越したことはない、のだ。


俺はできるだけ人の少ない路地裏で、魔法省本省の窓口に近い場所へタクシーを駐留させると、メルメと二人でレンガ作りの道へ足を降ろした。



メルメは見慣れないのだろう、王都の景色に目をきょろきょろさせた、声が出ていたら、おお、と驚いているような気がした。


その中、俺は少女の手を取った。

少女はそんな俺に驚いたのか、俺の方へ顔を浮かべた。

その目は丸くて、無垢なものに見えた。



「人が多いから、こっからは手を繋いでいくぞ」



少女からの返事はもちろん、なかったが、俺の隣には、

なぜかにこやかに笑う少女がいた。



それから、俺達は、魔法省の本部窓口にて、魔ステの登録を行った。


それはこの国で在籍していることの証明にもなるものだった。

この手続きは国外の生物でも行うことができるが、大概、トラブルになるらしい、という噂を聞いていた。

国に厳しい事情聴取を受けさせられる、という噂もある。



だから、俺はメルメには俺が言った通り、魔ステで登録をさせた。

魔ステを登録した者は、まず、自分の個人情報を自分で起動したそれで、登録することが最初の作業となる。

メルメもそれを行うこととなった。


彼女は右手で緑の球体を浮かばせると、俺の指示の元、登録を進めた。

名前はメルメでいいのだが、それ以外の、名字や、家族関係などについては、俺が指示し、それを登録させた。


それを登録する時、メルメは俺を振り返り、やはり驚いた顔を浮かべた。



それを見た俺は、

「不満か?」

とメルメに聞いた。



メルメはそれに対し、ふるふると顔を横に振った。




魔法省での登録は20分ほどで済んだ。

俺とメルメがタクシーに戻ると、メルメはキラメに何やら伝えているように、じっとピンクの精霊を見つめた。


それから、ピンクの精霊が口を、まあ口はないんだが、俺にテレパシーで意思を伝えてきた。



「あんた、メルメを養子にしたのか……!


い、いいのか?

見ず知らずの子供だぞ?」


「悪かったら、してないだろ。

まぁ、別にどうでもいいよ。困ることもないし。


ただ、俺はまだこの世界で結婚を諦めたわけじゃないからな。

俺を親父と呼ぶのはやめろよ」



そう言った後に、すぐに思い出していた。

メルメはしゃべれないんだったな、と。

だから、その台詞は、キラメに言ったことに、した。



「いや、その、ここまでしてもらうのは、本当に気が引けるな。

兄さん、済まないな……」



それを無言で聞きつつ、俺はタクシーを発進させていた。

返す言葉も特にはないと思った。俺は、お礼を言われることに、どうも慣れていないのだ。

だから、はいはい、とだけ答えて終わった。




タクシーを起動すると、俺は魔ステを開き、登録してある『難民街』という目的地をナビで目的地に定めた。

緑色の魔ステには、目的地まで、30分、という表示が浮かんだ。


それを見て、俺は後部座席に声を飛ばした。



「前に言った通り、俺の育った難民街へ行くよ。


そこは俺がこの世界へ来た時に、国に見つからないように逃げた場所なんだ。

難民の子供用の学校もあるし、山の奥にあって、環境もいい。

俺はそこで15年くらい、いたかな。

これから行くのはそんなとこさ」


「住む場所もあるのか?」



ピンクの精霊が尋ねた言葉に、俺はすぐに返事をした。



「山小屋のロッジが俺が育った家代わりだ。

そこにいる爺さんが、あんたらの親代わりになるよ。

ちょっと変な、爺さんだけどな。悪いやつじゃない。


俺は魔ステ上は、親父代わりだけど、仕事があって毎日は来れないからな。

まあ、一週間にいっぺんくらいは顔出しにくるから心配すんな」



俺がそう話していると、ピンクの精霊は助手席に置いてある巨大な人魚の涙のところへふわふわ飛んできて、言った。



「何から何まで、すまないな。

ちなみに、ずっと気になっていたんだが、この助手席にある石はなんだ?」


「それは、俺が仕事の縁で人魚からもらったもんだ。

人魚の涙、というらしい。

俺の全財産だよ。それを売ると、1200万ユムくらいになるらしい。


俺も何かあったら、あんたらのいる難民街に行くからな。

逃げる時はその宝石だけ持っていくよ」



俺はとある理由で、本名を隠している。

こないだなんかは、魔王の配下の1人を亡き者にした。あれが魔王にバレたら、もう逃避行の日々となるだろう。その時に、まあその時ってのが来ないのを願ってやまないが、この人魚の涙が活躍することになるかもしれない。


俺の話を聞いたピンクの精霊は、へえ、とだけ答えると、自分のピンクの身体を青い石にかぶせて紫になっていた。

ふと水鏡で、後部座席を見ると、少女は魔法省での事務手続きに疲れたのか、横になって眠っていた。



「親父になる前に、彼女を作りてえもんだよ」



俺のその独り言に、今は紫になっている、元ピンクの精霊は何も答えてはくれなかった。

俺はピンクの精霊でも、彼女は生成できないもんな、と心の中で毒づいた。

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