第12話 外世界の少女(後)
「あと3分くらいで着くよ」
後部座席にいる2人、もとい1人と精霊1体に俺は話しかけた。
空を飛んでいる風のタクシーは、山岳地帯のそのさらに上を飛んでいた。
高度は、1000mくらいに達しており、外は少なからず、寒いはずだった。
タクシー内はそんな気候を物ともせず、車内は俺の風魔法で暖かい空気に満ちていた。
俺は水鏡で後部座席を見ると、寝ていた魔法少女メルメはゆっくりと身体を起こすのが見えた。
10歳ほどの少女らしく、寝ぼけた顔で周囲を見たその姿は、まさにまんま10歳だ。一般人には、とても強い魔法を使う魔法少女だとは思えないだろう。
「あの山は、なんだ?
光ってるぞ」
少女の横で枕と化していた彼女の相棒の光精霊が窓の外から前方の山を見下ろして、言った。
少女も精霊と同じ山を見ると、そこにはまるでダイヤモンドが散りばめられたかのような山が見えた。
「あの山の麓が目的地だよ。
あの山は、世界で唯一、フェアリーがいる山なんだ。
フェアリーの蓄えた魔素が溢れて、光って見えるんだと。
俺の住んでいたロッジはそのフェアリーの山を観光にくる客を泊める山小屋なんだ。
結構忙しくてな、子供の手でも借りたくなるもんだよ」
俺はこの世界における自分の『実家』を説明した。
実家の裏山がフェアリーの山というのだから、何ともファンタジーらしい場所だ。
もちろん、俺もよくフェアリーのいる山に入ったことがあったが、当時は魔法も開花していなかった俺はフェアリーに相手にすらされず、追いかけてもすぐに逃げられて終わりだった。
最もフェアリーを捕まえると、国の法律で重い刑罰が下ることになっていたので、捕まえたくてもできなかったが。
「世界であの山にしかないって、希少だな。
捕まえて売ろうなんて考える輩がいるんじゃないか?」
キラメがそう俺に尋ねる。
俺は車を徐々に降下させつつ、それに答えた。
「フェアリーの山に入る時に、登山者は魔力を制御するペンダントを付けることになっているんだ。
山の入り口は一か所で、結界が張られていて、そこからしか山には入れない。
ペンダントを付けたら、魔法で捕獲することもできなくなるってわけだ。
人はフェアリーを守って、フェアリーがいるから、難民街の人は生活を維持できる。
地球ではこういうの、WINWINって言うんだったか」
俺がフェアリーの山について説明すると、キラメは、心の声で、フーンとつぶやいた。
メルメはというと、まだ、じっとフェアリーの山の光沢を観察していた。
これから自分がどういうところに住むのか、興味もあるのだろう。
「ロッジが見えてきたな。
ちなみに、ロッジの近くには難民街があって、学校もちゃんとある。
みんな変な子供ばっかだ、難民だからな。お前が目立つこともないだろうよ。
ちゃんと、学校にも行くんだぞ?」
それを聞いたメルメは嬉しそうに右手を挙げた。
それを見た俺は、『メルメは勉強が、好きだといいけどなぁ』と思った。
俺はというと、よく勉強が嫌でフェアリーの山に逃げ隠れていたことを思い出した。
この世界での学校は、基校、上校、高校という3段階に分かれていて、それぞれが4堺という単位で終わる。
ほぼ教養を学ぶ基校を終えるのは14歳だが、魔法の素養がある者は希望すればほぼ無償で上高に通うことができる。そしてさらに魔法を学びたい場合は、高校にいく。
高校までいくと、もはや進路は魔法省関係しかなくなる。無償で学ばせるから、ちゃんと魔法使いか、魔法研究職につきなさい、ということだ。
俺はもちろん、基校止まりだ。
俺の車は高度を下げていき、山の麓にあるロッジ前に停車した。
ロッジは一軒家3つ分くらいの大きさがあり、ロッジ前には小さめの公園くらいの広場まである。
車から降りたメルメは、全ての物が珍しいように周りをきょろきょろしては、うろちょろしそうになるので、俺は
「後でいくらでも冒険できるから、今は大人しくしろ」
と少女をなだめた。
そして、1人と1体を連れて、ロッジの木造りドアを開けた。
ギイという音と共にドアがあき、ロッジホールには一人の初老がお茶を飲んでいるのが見えた。
その人物は、この世界でいう俺の『親父』だ。
その親父の名前はラグ、と言う。
「おおようやく来たかい。
お茶が冷めたぞ?
とにかく座れい。
腹は減ってないかい?」
「さっき、飯は食ったよ。
こっちの少女が、そうだ。
あと、精霊もいる。
メルメ、とキラメだ。
こっちの爺さんが、俺のこの世界の親父だ。
名前はラグだ」
俺は2人を紹介すると、2人はちゃんと爺さんにおじぎした、精霊に関してはしたように、見えた。
ラグは、それを見て、「おお、いい子だな。誰かと違って」と軽く俺を貶めた後、メルメ達を椅子に座らせて、お茶を勧めた。
そして、自分も冷めたお茶を飲みながら、2人に言った。
「ここが、今日から君らが住む家だ。
言っとくけど、すでに君くらいの女子が1人住んでいるんだ。
歳も近いから、仲良くしてくれい。
君はまだ小さいんだから、ちゃんと学校へ行くんだぞ。
ちゃんと食って、寝て、勉強しなさい。
そんで、夜だけでも少しロッジを手伝っておくれ。
儂だけでは、なかなかに辛いもんでな」
親父がメルメ達に説明をしている内に、俺はロッジの奥から『ペンダント』を1つ、持ってきていた。
そして、俺も椅子に座ると、メルメにそれを渡した。
「これは、さっき説明していたフェアリー山に入る時につける、ペンダントだ。
お前は普通なら使えない魔法が使える。それは前にも言った通り、普通の人の前では使ってはいけないもんだ。
どうしても、という時までは、これをいつも付けて、魔法を制限しておくんだ」
ペンダントは、大人の親指大の赤い球がついたチェーン式のもので、メルメはそれも物珍しそうに、透かしたりして見ていた。
そして、粗方、ペンダントを観察し終えると、それを自分の首に巻いた。
それを見ていたキラメは俺にテレパシーで話しかけた。
「俺は、いいのか?
そういうのを付けなくても」
「お前は実体がないからなぁ。
いいんじゃないか?
それに何かあった場合はお前が守ってやれよ
お前にはもう1人、守ってやらないといけない女の子がこのロッジにいてな―」
俺がそう言うと、噂を聞きつけたのか、二階からその女の子の大声が響いた。
同時に、階段をダカダカと駆けおりてくる音が聞こえる。
「ちょっとー!
お客さんいるんじゃない!
爺さん、言ってよぉ」
「客じゃないぞ。
ああ、お前が来ると慌ただしくなるんだよ……。
静かに話していたのになぁ」
その女の子がロッジの1階に来るやいなや、俺は話は終わりだなと悟り、
帰ることにした。
ラグに「じゃあ、後は頼むわ。休みにまた来るから」と言い放ち、その後、メルメを見て言った。
「ここに居れば安心だ。
まあ、てきとうに生きてくれよ。
とりあえず、分からないことは、今2階から降りてきたそいつに聞けば大体分かる」
「あんた、フウカ!
あたしに挨拶もしないで、行こうってんじゃないでしょうね!?
将来の嫁を、ぞんざいに扱うんじゃないわよ!」
2階から降りてきた騒音は、今度は俺を追いかけて来ようとしたので、
俺はすぐにロッジを出て帰ることにした。
ロッジのドアを開ける時に、ちらっとメルメを見ると、俺に何か言おうとしていたようだったが、もちろん声は出なかった。
代わりに、近くにいたピンクの精霊の声が俺の中に響いた。
「兄さん、ありがとうな。
お礼は、タクシーに置いといたから」
その声を俺は、途中にして、ロッジを出た。
そして素早い動きでタクシーに乗り込む。
すぐ後ろには、俺を追いかけてきた女の子が迫っていたので、俺はすぐに車を発進させて、空へ逃げた。
地上からは、待てーという大声が聞こえたが、俺はそれを無視し、
そのままタクシーを飛ばした。
ふと、タクシーの助手席、そのフロントガラス前を見ると、
握りこぶし大の人魚の涙が2つに増えているのが見えた。
俺はそれを見て、今日一番、大きい声を出していた。
風に、乗る まじかの @majikano
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