第8話 精霊の棲む森

会社経由で、タクシーの依頼があった。




「今日の客はちゃんと、足元を見ないとイカンぞ。

タダ働きはやめろよ?

じゃあな」




社長はいつもの通り、一方的にまくしたてると、魔ステを切った。


俺はそれを聞いて、「変な客なら、最初から断れよ」と思いつつも、業務命令に従い、指定された場所へ向かうこととした。

その指定された場所というのは、森の奥深くだった。




俺は右手で魔ステを起動し、送られてきた詳細をチラチラ見つつ

上空から、森へタクシーを降下させた。


眼下には、深い森が広がっていた。目に見える範囲には森しかなかった。


客を知らなければ、こんなところにタクシーに乗る者がいるのかと、疑問に思うはずだ。

人気もない森だからだ。

しかし、この森には、人気はないが、

霊気はある。



「ここだよー」

「はやくー」



小さい体から小さい声が聴こえてきた


俺がタクシーを降下させる地点には、客が大勢いた。

その客は、身体が透けていた。

身体のサイズは小さい、手の平大だ。



30名ほどの森の精霊。



それが今日のタクシーの客だった。

それも子供ばかり。

体長は20センチあったかどうかというくらいだ。



俺がタクシーを降ろすと、子供の精霊たちは、俺のタクシーを遊び道具にし始めた。


車の下に入ったり、屋根に上ったり、助手席の背もたれを何人かで、剝ぎ取ろうとするものまでいた。

俺の肩に登る子供もいた。重さは感じなかったので、俺は無反応でいた。


俺はタクシーを降りて、

わーわーと騒ぐ精霊の内、俺は一番、冷静そうな精霊を探した。


すると、めぼしい精霊を見つけた。

その子供は、メガネをかけており、本を読んでいた。唯一と言ってもいい、冷静そうな子だ。

他の子のように騒いでもいなかった。


俺はその子に近づくと、言った。


「ええと、今日タクシーを呼んだのは、どの精霊さんだい?」


俺が話しかけると、その子は俺に目を向け、

おどおどとした態度で言った。


「ええと、

タクシーを呼んだ精霊は、ケイラ姉なんですが、

もう、ここにはいないです。


ケイラ姉は、後でタクシーさんが来るので、それに乗って、精霊の村まで運んでもらえって」



それを聞いた俺は、事態を大体、把握した。


タクシーを呼んだ精霊はおそらく、この子供らよりは、年長のケイラという精霊なのだろう。

そして、この子供達を村へ運んだら、そのケイラという精霊が、支払いをしてくれるのだろう、と。

俺は心の中で、きっとそうだと信じ、とりあえず、この子供達をタクシーすることにした。


一旦、俺はタクシーに右手を翳し、タクシーを消去した。


緑の風のタクシーが消えると、中や屋上で遊んでいた子供精霊たちは、「あー」という落胆の声を上げた。


そして、それから俺は、もう一度、右手に力を込めると、

緑色のミニバスを生んだ。

いつもの乗用車クラスの2倍は大きい。


「ほれ、坊主ども。

このバスへ乗れ」


そう言い、バスの入り口を魔法で調整し、開けると、

子供精霊たちは、わーと騒ぎながら、閊えるようにバスへ乗り込んでいく。とにかく何をするにも子供は、騒がしいな、と思った。

子供達の中から、坊主じゃなくて女子だよ!という怒声も聞こえた。


俺はその光景を見ながら、幼稚園の頃に乗った幼稚園バスみたいだなと思った。

幼稚園のバスの運転手は、なぜかいかつい中年の男性で、寡黙だったことを思い返す。

そして、『いや、俺はまだ中年じゃない』と自分を奮い起こして言った。



「出発するぞー」



わざわざ、バス『らしく』、プーっというドアの閉じる時の警戒ブザーまで風魔法で、再現した。

雰囲気というのは、大事だ。

俺はそういうものを重んじる人間だと自負していた。形から入る人間だ、とも自覚している。


出発したバスの中は相変わらず、

子供達のお祭り騒ぎで、うるさいったらなかった。

俺は「どこの世界も、子供はうるさいもんだな」と小言を言ったが、それを聞いていた精霊はいなかった。




精霊の世界には、世界に幾つか存在する、精霊の世界への入り口に行く必要がある。


その場所を知っているのは、精霊だけだ。

そして、そこに行ったとしても、精霊でなければ、秘密の入り口は開かない。


今日はどちらも知っている精霊が30ほどはいたが、まともに話せたのは、ケイラの話をしてくれたメガネっこの女子精霊だけであった。

その子の名前が、サインだ、ということもバスの中で聞いた。


サインの案内で精霊の世界への入り口までバスを進ませると、

サインは左手を翳して、精霊の世界への扉を開いた。

俺は一応、メーターを起動していたが、果たしてこの奥に代金を支払ってくれる存在はいるのだろうかと不安な気持ちを抱いていた。


精霊の世界は、やはり森ばかりの世界であった。

しかしユムと違って、天国かというくらいに明るく、木々もユム大陸のような青い木ではなく、透明な緑で、木の幹も、黄色かった。

時折、木に実がなっているのを見たが、その実も、青や赤などの原色に近いものだった。

流れている小河などは、ピンク色だった。何の味がするのだろう、などと俺は思った。

精霊の世界は、とにかく暗い色がない、幻想の世界に見えた。


「まるで別世界だな……」


俺は当たり前のことを言った。

異世界すら、人間だった頃の俺には、存在すら知らず、辿り着けない場所だったが、ここはさらにその異世界の裏側にある異世界だなと俺は感動していた。


「こんなとこに人が来ていいのかい?」


俺は隣の助手席にいるサインに聞いた。

サインはこの光景を見慣れているのだろう、本を見ながら、ん、と俺の声に反応した。


「何度か、精霊以外もここに来ていますよ。

よく森で歌っている獣人の女の子とか

光の妖精もよく来ます。

でも、人は初めてかもしれないですね。

見たことないです」


それを聞いて、俺は無事に帰れるのだろうかと少し不安になった。

しばらくここにいたら、身体が消えていく、などということはないよな?と思った。

いや、依頼主は俺をここに誘導するはずだった、精霊にそんなあくどいやつがいるとは思えない。根拠は、不明だが。


この世界に迷い込んだ俺は、どこへ行けばいいか分からなかったので、やはりサインに尋ねたところ、後ろに乗っている精霊たちをそれぞれの家に送って行ってあげればいいはずだと言った。


なので、俺は後ろにいる大量の子供たちに、「ここから一番家に近いやつから手をあげろー」と叫び、手をあげたやつに自宅までのナビをさせた。


森の中を俺のバスが進んでいく。


もちろん俺には人間時代には、免許はなかった。俺は幼少時にこちらの世界へ来たからだ。

免許はなくても、こちらの世界ではタクシーの仕事ができる。

風魔法と、障壁魔法さえ使えれば、タクシーの仕事は、誰にでもできるのだ。

障壁があるから、交通事故にあっても、それほど大事には至らない。


ただし、人間時代に、大型の免許を取っておいた方が、絶対にいいと俺は確信していた。

俺の風のバスは、たまにそこらに生えている黄色の茂みをごっそり刈り取りつつ、進んだ。

内輪差などや車体の大きさを理解していないと、こうなってしまう。


俺は、「とりあえず、精霊さえ轢かなければ大丈夫だろう」と、高を括って、茂みなどは犠牲にするのはやむなしと考えた。


精霊の家は、まるでおとぎ話のような、巨大キノコでできた家が多かった。

中には、巨大切り株をくりぬいてできた家もあった。


まるで、遊園地のアトラクション施設のイメージだなと俺は思った。もしかしたら、今日のタクシーの代金は俺がアトラクションを楽しむことで、チャラになるのかもしれない。それでもまあ、いいかと俺は軽く考えた。


精霊の子供達は、それぞれ家につくと、バスの中にいるみんなに、またねーと手を振って出て行った。

中には、「おじちゃん、ありがとねー」と俺に手を振る者もいた。


俺はその度、

「お兄さんねー」

と、オジチャンという言葉を、訂正した。


40分も走ると、もう乗っている精霊は、2人だけになった。

ぽっちゃりした太い男の子精霊と、痩せた女子精霊だ。


俺はその2人に

「ケイラって精霊は、一体、どこにいるんだ?」

と聞いた。

そろそろ支払いのことや、帰りのことを気にしないといけない段階だからだ。


ぽっちゃり精霊の子は、首を傾げつつ、言った。


「おかしいなーケイラは先に戻ってるから、って言ったんだけどねー

ケイラはいつも、みんなが帰る時には、広場にいるんだけど、今日はちょっと遠いとこにいて、動かないんだ」


「なんでだろうねー」

と、隣の痩せた精霊の子も同じものをかしげていた。


俺はそれを聞いて、何か妙だな、と感じていた。

精霊達にとって、何かいつもと違うことが起きているような雰囲気だったからだ。

俺は先にも言ったが、雰囲気を大事にする男だ。雰囲気という、より、その場の流れとか、風だ。


「そのケイラってのは、今どこだ?」

「今はねー森の外れの山近く。あんなとこに何もないのにな」


俺がぽっちゃり精霊に尋ねると、その子は教えてくれた。

なんでも、深い離れを聞くと、精霊は、皆、心の奥でリンクしており、お互いにどこにいるかや、何を見たり知ったりしたかを深層心理的に共有しあうらしい。

しかし、ケイラは場所こそ分かるものの、何をしているかや、どうしているかは、よく分からないのだとぽっちゃり精霊は言った。


なので、俺は仕方なく、そのケイラがいるだろう場所まで、行ってみることにした。


その山がどこにあるのか、後ろの二人に場所を聞くと、2人は「暇だから一緒にいくー」と言った。


それは道が分からない俺にとってありがたいことだったが、その2人の精霊はおそらくもっとバスに揺られていたいだけなのかもしれなかった。


これまでに、バスに乗っている子供達は、窓から頭を出して、「アー」と叫んだりして、とても楽しそうにしていた。それを見て、俺は精霊界においては、乗り物なんてないのかもしれないな、と俺は思っていた。


俺達は3人で、バスに揺られつつ、ケイラがいるポイントへ向かった。


5分も走っていると、ケイラがいるらしい、山の麓に差し掛かった。

そこには、巨大な洞穴がポッカリ穴を開けていた。


「ケイラはこの中にいるけど、こんなの最近までなかったよ」

「暗くて怖いねー」


パリとピリはそう言った。2人の精霊は走っている内に俺に名前を教えてくれた。


ふとっちょがパリで、痩せている方がピリ、だ。

二人は幼馴染なのだそうだ。

子供というのは、とにかく聞いてもいないのに、自分のことを次々に話してくれるので、たったの5分の間に、俺はパリとピリの好物まで知っていた。


「何か嫌な予感がするから、2人は表で待っていろ」


と俺が言い、バスを消そうとすると、パリとピリは

「やだやだいくー」

「絶対ついていく」

と駄々をこねた。


なので、俺はため息をついて、「じゃあ、小型のタクシーにするから、一旦降りろ」と言い、二人を降ろすと、バスを消した。


そして、いつもの緑のタクシーを生むと、後部座席に二人を乗せ、

「いいか、絶対に外に出るなよ。タクシーには魔法障壁を張ってあるんだ」

と念を押した。


二人は、「はーい」と真剣みにかけた返事をした。

それを聞いた俺は、子供の返事というのは、どうしてこうも、信憑性にかけるんだろうなと思った。


俺はタクシーごと、洞窟へ入って行った。


まさか、タクシー運転手になってまで、ダンジョン攻略をすることになるとは思わなかった。

俺は昔、冒険者だった頃の自分を思い出した。


その洞窟は穴の直径は、4mはあり、俺のタクシーは悠々と通ることができた。


洞窟は一本道かと思っていたが、幾多もの分かれ道があった。

その度に、後ろに乗っているパリは

「ケイラはここの道の先」

と教えてくれた。


正直、入り口で二人を置いてこないで良かったと俺は思っていた。

俺一人では、ケイラの元まで辿りつけなかっただろうと思った。


そして、穴の奥へ行くにつれ、キナ臭い嫌な予感は俺の中で大きくなっていった。

洞窟の奥には魔素が感じられた。

それがどうも、精霊のものとは同じとは言い難いものだった。



「洞窟の奥に何か、いるな。

二人とも、さっき言ったが、絶対、タクシーを出るなよ」



俺がそう言うと、後ろの二人は、おお、となぜか喜んだ。


何かいる、と聞いて、魔物だったりするとは考えないのだろうか?アトラクションか何かと勘違いしているのかもしれないと俺は思った。

精霊というのは、危機感がない生き物なのかもな、と俺は思った。


3度目の分かれ道で、パリは

「この分かれ道の一番下を行くと、10m先にくらいにケイラがいるよ」

と言った。


その通り、タクシーを進めた俺が目にしたのは、

白い糸が張り巡らされた広場だった。


とにかく糸だらけの白い広場だった。天井も白かった。

天井には、色々なものがぶら下がっていたが、その中に、糸でぐるぐる巻きにされた一体の精霊もいるのが見えた。その精霊を、生体スキャンをすると、まだ生きてはいた。


「あ、ケイラ!」

「おじちゃん!何とかして!」


そういう二人に、俺はタクシーを広場の端に止めると、

「お兄さんな」

と言いながら、タクシーを降りた。


俺がタクシーを降りると同時くらいに、洞窟の奥から、何かが天井を這ってくるのが見えた。


それは首が2つある蜘蛛だった。

体長は、3mほどはあった。

蜘蛛の動きに音は全くなかった。



「魔物だな。見たことはないが」



俺はそう言いながら、ケイラ以外に捕まっている精霊がいないかと、魔素を探知して探した。

しかし、他に反応はなく、捕まっているのはケイラだけのようだった。


後ろのタクシーからは、きもいーという子供の声が少しだけ響いた。

そして、蜘蛛は俺の方へと少し近づくと、すぐに2つの頭から、ばっとどでかい糸の束を吐き出した。


その糸が俺にぶつかることはなかった。

俺の2m前でその糸は、俺の丸い魔法障壁にぶつかって、地に落ちた。



「雑魚だな」



俺は詠唱をする必要もないと感じ、

左手を払っただけで終わった。


俺の左手からは、緑の旋毛風が発生し、それは蜘蛛についている2つの首を一瞬にして落としていた。

それから、胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけ、口に咥えると、ケイラのつり下がっている糸の元へと飛翔した。


ケイラと呼ばれるその精霊は、子供の精霊の2倍くらいの体長はあった。少しぽっちゃりした、長い髪の毛の、女性だった。人にしたら40歳くらいかな、と俺は思った。


俺はケイラが繋がっている糸に、タバコを押し付け、その火を魔法で大きくした。

太い糸はそれでほどけた。

地面に落ちようとするケイラを俺の両手は抱き留めていた。


ケイラの身体に巻き付いている糸が俺の手にもぬたっと絡んだ。

それは少し湿気を帯びており、気持ちのいいものではなかった。

う、と俺は顔を歪めつつ、目の前の小さい、それでいて、他の子供精霊よりは2倍くらいは大きな、女性の精霊をゆらゆら揺らしつつ、言った。


「おい、起きろー」


すでに生体スキャンをして、ケイラが心身ともに無事だということを俺は知っていた。

だから、ケイラは今、ただ寝ているか、気絶しているだけだった。


「うう、頭いたいー。

なにー?」


寝ぼけているのか、ケイラはボケながら、起きた。

その口からは、少し酒臭い息がもれて、俺の鼻に入った。それは、タクシーに乗ってくる酔っぱらいを思い出す匂いだった。


「酒くさ……。

おい、飲んで、魔物に捕まったのか……?」

「あんた、だれー?」


ケイラはまだ、寝ぼけているようだったので、俺は、あんたに呼ばれたタクシー運転手だよ、と強い口調で言った。

それを聞いたケイラはやっと頭が起きてきたのか、あーと驚くと、言った。


「ああ、そうか、ごめんごめん。

あたし、なんか、こっちに戻ってきたら、いきなり意識なくなってさ。

気付いたら、クモに捕まってたよ。

倒れた原因は、たぶん、飲みすぎなんだけど、気づいたら、ここにいたのよ」

「はぁぁ!?」


俺はもっとシリアスな理由があると思っていたので、ケイラの言い訳に驚いた。

精霊にもこんなに、だらしないやつがいるんだなと、呆れた。

しかし、普段の自分の行いを思い出すと、呆れてもいられないな、と思う自分もいた。


「寝ているとこを魔物に捕まったか……何をしてんだよ。

というか、あの蜘蛛のような魔物は、よくいるのか?」


俺は魔物の死体を指さして、ケイラに尋ねた。

ケイラは、いや、と言うと、話を始めた。


「あんなのは、見たことがないね。

精霊界には、魔物は、単独では入れないはずなんだ。

どっかの精霊が、地上で卵を身体に付けられたのかもしれないな。


ここの洞窟で大量に孵ったんだろうね、

巣だよ」


俺はその言葉を聞いて、ん?と思った。



「今、何て言った?」



そう聞いた俺に、ケイラは、え、と言いつつ、復唱してくれた。


「巣、だって」


俺はそれを聞いて、ここに来るまでに幾つも分岐した洞窟の穴があった理由を考えた。

そして、あまり考えたくない結論に至ったので、

ケイラとタクシーに乗っている2人に言った。



「すぐ戻るぞ。ケイラ、

タクシーに乗れ。

すぐだ」


なんだよ、おい、というケイラを急かして、俺は4人乗りのタクシーになると、すぐに来た道を引き返した。

全速力でだ。


穴が分岐するポイントを過ぎると、背後に新たな魔素を幾つか、感じた。


それは、俺達を追ってきていることを、俺は魔素の動きから、知っていた。

だが、俺ができることは、タクシーをできるだけ飛ばすことだけだった。

すでに蜘蛛達のカサカサという、静かな足音は大きな合奏になっていた。



「うわ、いっぱいきたよ!」

「早く、飛ばしてぇ」



パリとピリの声が飛んできたが、俺は無視した。

ケイラは窓から手を出して、炎の玉を飛ばしていたようだが、その玉は蜘蛛の10分の1にも満たない大きさで、たくさんいる蜘蛛の一体に当たるまえに、障壁に描き消されて消えた。

あたしじゃ、だめだね、と他人事のように言うケイラの声が助手席から聞こえた。


入り口に一番近い分岐点につく頃には、蜘蛛の数は20くらいに増え、蜘蛛達と車との距離は2メートルほどに狭まっていた。


来た来た来たーと喚いて、俺の肩をぐしゃぐしゃと掴む子供達を受けて、俺が着ているワイシャツがくしゃくしゃと皺を作った。


そして、どうにも洞窟の出口まで逃げ切れそうにないなと、頭の中で予想する。



「ちょっと、運転頼むわ」



俺は、ケイラにそう言うと、運転を手動に切り替えた。そして俺は素早い動きで、緑の車を出ると、車体の上に上がった。


車の中からはあまりにでかいハンドルを握ったケイラの「あたしは、飲酒運転だよー!」という、悲鳴が小さく聞こえた。


俺が車の上から、後ろを見ると、すぐそこまで蜘蛛は迫っていた。

まだ何とか追い付かれないと踏んだ俺は、

右手を翳して、詠唱する。



「芳しき

死の香りを運べ


斬鉄風(ウォーサイス)」



周囲に緑の風が舞い、

俺の声に応じて、10本の緑の鎌が生まれる。


そして俺が頭で命じると

それらは蜘蛛の塊達を、横に薙いで、過ぎた。

それで、見える範囲の蜘蛛は、全て動きを止めていた。


しかし、次の瞬間、

山のように崩れた蜘蛛を吹き飛ばしつつ、

今度は、それの何倍も多い、蜘蛛の波が洞窟の奥から湧き出てくるのを俺は見た。


「ぎゃー」


タクシーの中から、子供二人の叫びが聞こえた。

俺は、ケイラに



「後、5秒だけ頼む」



と言うと、詠唱に入った。


車の中からは「5秒でいいんだね!?」という、ケイラの悲鳴にも似た声が飛んだ。

ただ、俺はすでに詠唱に入っていたので、それを無視した。



「落ちる砂

砂漠の風

全て同じとは限らず


自己時間(ミニス リスト)」



そこまでで、すでに2秒が経過していたが、俺の魔法の発動に伴い、残りの3秒が引き伸ばされていく。



俺以外の

全ての流れが遅くなる。



ゆっくりとした時間の中、俺はさらに、次の詠唱に入っていた。

身体から風が吹き、露になった右目が青く光った。

左手に、青白い弓が浮き出る。



「免れようとするもの

逃がすな 一人とて

狂い咲く草木の根のように

捕えよ


風知草(フウチソウ)」



俺が右手で半透明な青い矢をつがえると、

それは瞬間、60本ほどに増えた。

それを感じた俺は、弓を構え

右手の力を緩め、矢を解き放った。


青白い直径1mの矢。

それらは蜘蛛の群れに揺らぎながら刺さって行った。

蜘蛛のうめき声ににた、不可思議な音が交錯する。


蜘蛛を容易く貫通していくその矢達は、

洞窟の奥深くまで入り、旅立っていき、

戻っては来なかった。


すぐに、場には再び、静寂が戻っていた。



事が終わると、俺は時魔法を解除した。

車の後部座席からは子供らの


「あれ、蜘蛛、どこいった!?」


という、声が響いた。




ケイラはパリとピリがバスを降りる時に、タクシー代金を支払ってくれた。


すでにメーターは切っていたが、「多く請求していいよ」と言われたので、遠慮なく請求させてもらった。


「精霊が金を持ってるのかい?」


俺がケイラに尋ねる時、すでにケイラは酒を煽っていた。

彼女は、空中に自分の身体の半サイズはあるボトルを出現させていた。


「パトロンがいて、不労所得があるのよ。

森に歌姫がいてね、そいつの歌を動画で上げて、広告収入を得てるの」


俺はどこの地球の話だよ、と頭の中でツッコミを入れていた。

どこの世界でも、同じような商売が流行る、世界のいきつく先は同じなのかもしれないなとしみじみ感じた。


そして、やはりこのケイラという精霊、悪どいなと俺は思った。

悪どい精霊もいることを俺は学んだ。


しかし俺は不労所得には大いに、興味があった。だから、タクシーで帰る前に、ケイラと連絡先を交換した。


「今度、その森の歌姫のライブに行ってみるか」


ライブは無料らしかったので、俺はすぐにでも行ってみるかと思った。

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