第6話 ヴァルハラへは片道だけ

昼寝している俺に、社長から配車の電話が鳴った。




「お前に客を頼みたい。

がんばれ。

生きて帰って来いよ。死んだら恨むからな」



突然、無茶苦茶なことを言われる。

ガンバレなどという、今まで言われたこともない奇跡のような言葉も言われた気がする。


いつも、無茶苦茶な客を回される俺だが、これは今までにないヤバイ客だと経験則から感じた。

なぜかというと、あの社長が俺を心配するからだ。

おそらく、俺の命に関わる客なのだろうと思われた。なんだろう、怒ったドラゴンでも乗せろというのだろうか?


行きたくない気持ちが昂るが、社員というのは悲しいものだ。


上司に行けと言われたら行くしかないのだ、だから俺は、命の危険があるとしても、必ず生き延びて、しかし、できれば身体上、何か怪我などを負いたいとは思っていた。

この世界にも労災はある、10日くらい労災で休むのは夢のある展開だ。もちろん、軽傷が好ましい。俺は客がドラゴンだったとしても、いいな、と思った。

いや、そもそも、身体がでかすぎて、タクシーに乗れないか……。




客が俺に来いと指定した場所は、ここクレイウム領の街から外れた丘の上だった。


ここ一帯には、街道しかなく、人がたむろするような場所ではない。

俺はどういう客が待っているんだと疑問を感じた。恐怖、と言ってもいい。


しかし、待てど、客は現れない。

すでに約束の時間を3分ほど過ぎていた。

俺は、すでにタクシーを生成し、運転席に座っていた。

そして、後何分経ったら、会社に連絡しようかなと考えていた時だ。




「もう出発してくれていいよ」




後部座席から声がして、俺は背筋が冷えた。


(まさか)


俺は魔法で具現化させた水鏡のミラーを見て後部座席を確認すると、

そこには、青白いドレスを着た女性がすでに座っていた。

もちろん、俺はタクシーへその女性を乗せてはいなかった。



「ああ……

お客さん、気づかなくてすまないな。


というか、お客さん……

人ではないね?」




俺は当然にして気付いていたことを口にした。


俺はもちろん、この手で客を乗せてはいないし、透明化した魔法使いでも、魔素を感じるはずだから、存在は分かる。

しかし後部座席にいた女性は、魔素をほとんど放出していない。

魔素をほとんど持っていない存在というのは、この世では希少だ。

可能性として、魔法を使いまくって衰弱死しそうな生物か、魔素を閉じ込める肉体がない、霊類だ。両者の違いは、肉体の有無だ。



今回の客は、状況から考えて、

後者の、霊。



それが、今回の客だ。

俺の中で分析した結論が、それであった。



「霊では、乗せられないかい?」



後部座席の例は少しにやついた顔で、俺を焦点の定まっていない目で見た。

霊らしい、生き生きとしていない表情をしていた。


「いや、問題ないよ。金さえもらえればね」


俺はそう答えた。


実際、この世界では、霊類の存在は国に承認されている。

霊にも存在する権利があるのだ。だから、地球でいう住民票や、戸籍に変わる魔ステの登録が行えるし、金も保有することができる。

ただ、俺は霊にはそれほど詳しくないので、住所がどうなるのか、については、よく分かっていない。自分が弔われた墓地、にでもするのかな、とふと考えた。


「金ならあるよ。

ほら、見な」


その霊は右手で自分の魔ステを開くと、

残金を俺に見せた。

そこには、25万ユムが記録されていた。


「確認したよ。

で、どこに行きたいんだ?」


そう言った俺に、その霊は実は悪いんだけどね、と初めて口ごもった。


「行きたい場所はあるんだが、住所が分からないんだ。

この人間が住んでいる住所に行きたいんだが……」


そう言って、霊は魔ステで俺に、ある画像を見せた。

そこには、50代ほどと思われる男が映っていた。

恰幅が良く、顔にはヒゲをたくわえている。

だが、俺はその男の見覚えは無かった。


「知らんな。

何か他にヒントはないのか?」


そう言った俺に、霊は、言いづらそうに、少し事情を話してもいいかい?と言ってきた。

俺は『ああ、タクシー業の範疇を超える匂いがするな』と思いつつも、まだここで断るのは早い、と自分に言い聞かせ、ああいいよ、と答えていた。

それに、ここで断ると、何か、嫌な予感がした。

まだこの霊が、悪霊ではないという根拠もないのだ。



「4日前だ。

私は、夫と共に、自宅で火事に遭い、焼死したんだ。


でも私達には、娘がいた。今、5歳になる。

娘は、無事らしいんだ。

これは、死んだ後、近所の奴らが噂していたから、分かった。


私はその近所のやつらの話を聞くと、私の子供は私の夫の会社の上司の家にいるらしいんだ。

その上司の顔は何度か、見たことがあった、家になぜか、来るんだよ。だから、さっきの画像は、私の記憶にあったもんだ。

でもその上司の家が分からないんだ。


私は、自分の子供がなぜ、そいつの家にいるのか、知りたいし、もし私の子供を攫ったとしたら、取り返すことはできないにしても、孤児院に入れるとか、然るべき場所へ子供を移したいんだよ。


火事の原因も、判明しないままだ。

もしかしたら、そいつが、関係している可能性もあるんだ。


分かるかい?

このままじゃ、私は、死にきれないんだよ」



俺はその霊を見て、何となく、事態は把握したつもりだった。

どうやら、タクシーとしては、何とか仕事はできそうだったので、まず、目の前の霊の名前を聞いておこうと思った。


「大体、分かったよ。

事情はね。

ところであんた、名前は?」


「私は、マイスだ」


それを聞いたところで、俺はタバコを失礼、とだけいい、タバコを吸い始めた。

そして白い息を吐きながら、言った。


「俺は探偵ではないが、タクシーならできる。

おそらく、あんたは、子供の場所を知る権利はあるよ。

実の子供ならな。

簡単だ。魔法省の役場窓口に行って、子供の住所を見せてくれと言えば、いいんだよ。

どこへ移ったか、それで分かる。

まだ、赤の風だ。役場はまだまだ開いてる。

なんなら、子供の場所が分かったら、役場からまた、タクシーもできるよ。


どうだい?」


俺がそう言うと、彼女は、感動したように、おおと言うと、


「そうか。私は気が動転してそこまで考えられなかった……

ありがとう。

役場まで、タクシーを頼めるかい?」


というので、俺は、じゃ、行きますかね、と言い、

メーターを起動した。




役場へは、10分ほどで着いた。

ほとんど、初乗り金額で終わった。


「んじゃ、900ユムね」


俺はいつも通り、人と同じように、マイスに料金を請求した。

マイスは「分かった」とだけ言い、ちゃんと魔ステで支払いをした。

そういえば、と俺は思った。

霊をタクシーに乗せたという話を、同業者からも聞いたことはなかった。

俺は『もしかしたら、世界初の、霊をちゃんとタクシーした運転手かもしれない』と思った。これは自慢話にしてもいいかもしれないな、とちょっと嬉しくなった。



それから、俺はマイスと共に、タクシーを降り、

透明なマイスに


「俺はちょっと、別の窓口に用事があるから、

あんた、先に終わったら、さっき降ろした場所で待っていてくれ」


とだけ言った。

マイスは、それにも、分かった、とだけ答え、俺達は別れた。



役場の窓口でも、霊を普通に対応する。


職員は、ちゃんと精霊魔法に強い者が受付することになっている。

霊が窓口に来ることなど、ざらだからだ。

ただ、悪霊であれば、別だ。

悪霊は他の生物に害を成す存在なので、駆除対象に指定されている。

指名手配犯と同じような存在だと思ってもらえればいいかもしれない。




マイスと再び、合流したのは、20分後だった。

マイスは俺より先に、タクシー乗り場で待っていた。


「よう、お子さんの場所は、分かったかい?」

「ああ、住所も分かったよ。

あんたには世話になったが、もう一乗り、頼んでいいかい?」

「ああ、いいよ」


俺は再び、タクシーを生むと、後部座席にマイスを乗せた。

乗せたというより、マイスは透過するので、自分から風のタクシーの中へ透けていって、勝手に乗った。


「私の子供を、夫の会社の上司は、勝手に、養子にしていたんだ。

なんでか、役場もそれを許していた。

私は、役場で声を荒げちまったよ。

なぜ、勝手に私の子供を奪ったんだって。


ただ、子供は、私の物だ。

絶対に取り戻すよ」

「ふうん」


俺は興奮して話すマイスの言葉を、静かに聞いていた。

霊に怒鳴られた役場はたまったもんじゃなかっただろうな、と思って聞いていた。


そして、あらかた、マイスの話を聞き終えると、

その上司の住所を聞いて、車を発進させた。




上司の家は、郊外にある、でかい一軒家だった。


その家には、2階もあり、もはやお屋敷と言っても良かった。

大きな庭もあり、家の周りは厳重な柵に囲まれていた。


俺はその屋敷から少し離れた場所でマイスを降ろすと、

「じゃ、料金は、1500ユムね」

と、マイスに料金を請求した。そして、マイスはそれをきちんと、払った。


そのまま、マイスは屋敷へ向かっていこうとするので、

俺は

「帰りはタクシーは要らないかい?」

と、その後ろ姿へ尋ねた。


「もう大丈夫だよ。

帰ってくれ」


マイスは、後ろ姿のまま、静かに答えた。




「子供は私のものだ……

クリス、一緒に、私と夫のところへ逝こう」


タクシーを降りたマイスは、無意識でそうつぶやいていた。

と言っても、そのつぶやきは、誰にも聞かれることはなかった。


マイスはそれから、屋敷の門を透明なまま通過すると、

1階の部屋を一つずつ、透明なまま探して回った。

霊は部屋に鍵などかかっていても平気だ。

魔素を弱めれば、霊は壁を通過することができるからだ。


1階には、誰もいなかった。


マイスはそれから、静かに階段を昇り、

2階へ向かった。


2階でまず、ある部屋で、例の上司を見つけた。

その上司は、左腕のところに本来あるべきものがなく、

寝苦しそうに、寝汗をかいたまま、息を荒くして、寝ていた。


マイスはそれを放っておいて、次の部屋を探した。

途中、この家の母親に廊下で擦れ違ったが、母親は、霊であるマイスの存在に気付かなかった。


それから、ある部屋を覗くと、

マイスの子供であった、クリスがベッドで寝ているのを見つけた。

露わになった腕には、ところどころに、包帯が巻かれており、白く綺麗な顔の額にも、赤い火傷跡が痛々しく残っていた。


クリスを見た、マイスの顔は霊にも関わらず、輝いた。

声には出せなかったが、マイスは「見つけたよ、私のクリス」とつぶやいていた。


そして、マイスは音を立てないように、クリスのベッドに近づいていき、

細くなったその2つの透明な手を

白く、具現化させた。


そしてその手を、クリスの首にかけようとしたー




ところで、マイスの身体は動かなくなっていた。


腕どころか、全身が動かない。

目だけが、動く状態だった。



『な、なんだ!?』



マイスは頭の中で叫んだ。

気が動転していた。


マイスが魔素を練り、唯一動く目で身体を見ると、

身体には、緑色の風が纏わりつき、マイス自身の身体をぎゅっと締め付けているのが見えた。



そして、マイスはそのままの姿で、部屋の窓の方を向かされた。


そこには、音もなく開いていた窓、そして、

タクシーの運転士が浮いているのが見えた。


タクシ―運転手は、タバコを吸っていたが、その煙は全て、

開いた窓から外へ、緑の風に誘導されて、流されていた。



『お前、なぜ!』



マイスが心の声でタクシーの運転手をなじるとほぼ、同時に、

マイスはその強烈な風の力で、窓の外へ煙と共に、流されていた。


そしてタクシー運転手もそれに続き、

窓は、音もなく、すっと閉じた。



マイスの身体は、タクシーが彼女を降ろした場所へ運ばれ、

タクシーを降りた時と同じ姿勢で、地面にすとっと降ろされた。


マイスの口だけは、動くようになっていた。



「なぜ邪魔をする!

帰れとー」

「あんた」


マイスの声を、タクシー運転手の白い声が上書きした。



「あのまま子供を殺したら、

悪霊になるよ」



そして、タクシー運転手は、タバコを右手でつまむと、

口から白い息を吐き出した。


「放っておけ!

お前には関係ない話だろ!」

「あんたに、関係ある話をするよ」


運転手の声がまた、上書きした。



「役場で、火事の事を調べたよ。


火事の原因は、あんたの夫のタバコだよ。

さらに、あんたと夫は

子供を無視して、逃げようとしたろ?」


それを聞いて、マイスは言葉を失っていた。

それはマイスが夫と共に、隠し通そうとした真実であった。


「不思議だと思ったよ。


記事を見たら、あんたら3人とも、2階で寝ていたらしいな。

普通、子供が大事なら、子供を一人で寝たままにせず、起こして一緒に逃げるはずだ。

でもあんたらは、我先にと、子供を放って逃げた。


でも悪運が強いな。

逃げた先は火に囲まれてて、あんたらは焼け死んだ。


残った子供はどうなったと思う?


あんたの上司が助けたんだよ。

腕を無くしてな。


あんたの上司は、近所に住んでいたから、すぐに駆け付けた。

そして、自分に水魔法をかけると、死ぬかもしれないってのに、

燃え盛るあんたの家に入って行ったんだ。


あの上司と奥さんは、不運なことに、子供は授からなかった。

だから、あんたの子供をまるで自分の子供のように、扱っていたんだろう?

あんたが上司を見たのは、あんたらの子供に会いに来たからだ。

いつも、あんたらにひどい目にあわされてる子供を心配して、見に来ていたんだよ。


普通、死ぬかもしれないってのに、火の中に突っ込んだりしない。

よその子供を助けるために、だ。


腕をなくしたってのに、あの上司は、あんたの子供を養子にしたんだ。

行く場所もないって知っていたんだよ。


あんたら、役場では、虐待疑惑がかかっていたよ。

だから、養子の話はすんなり、通った。


これ以上はやめときな。

犯罪になるし、悪霊になったら、

俺もあんたを消さなきゃいけなくなる」


それを聞いたマイスは、う、う、と呻くような声しか吐き出せなくなっていた。


今、運転手から聞かされたことは、全て、事実だったからだ。

しかし、抑え込んだ感情の矛先をどこへ向けたらいいか分からず、

マイスはただ、唸ることしかできなかった。


その時、先ほど、2人が出てきた窓から声が聞こえた。

それは子供の声だった。




「今、ここに

ママがいた気がしたの」




その子供は、窓の外を見て、そうつぶやいていた。


その横には、新しい母親が立っていて、子供を優しく抱いていた。

そして、母親は子供に

「そう。じゃあ、お母さんに、助けてくれてありがとうって、言おうね」

と言って、窓をゆっくり閉めた。



それを聞いた瞬間、

マイスは沸いた感情の矛先を見つけていた。


それは涙という形になり、外へ出た。



「すまなかった。

すまなかった、クリス……

私を許してくれ」



タクシー運転手は、白い煙を吐きつつ、

それを見て静かに、話した。


「霊が、天国に行く場所がある。


そこは、ここから、100kmくらい離れた岬だが、ヴァルハラへ行けるトンネルがあるって話だ。

あんた、多分本能で、そこに行くべきだって、解ってるだろ?


ただ、飛んで行っても時間がかかるし、歩いて行ったら大変だから、

乗ってくかい?」


そう言って、男は、静かに、口から白を吐いた。

マイスはまだ、泣きじゃくっていたが、うんうんとだけ頷いた。



それから運転手は、緑色のタクシーを生み、

後部座席にマイスを案内した。


泣きながらタクシーにゆらゆらと乗り込むマイスは、

地球で言えば、まるで犯罪を犯した犯人がパトカーに乗せられるシーンのようだったろう。




タクシーを発進させた俺は、

後部座席で少し落ち着いたマイスに言った。



「俺の名前はフウカだ。

名前を覚えてくれよ。

もし転生したら、また俺のタクシーを利用してくれ」



それを聞いたマイスは、

「ぜひ、そうさせてもらうよ」

と、窓の外を見ながら、答えた。

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