第5話 凹凸の冒険者

社長から配車の電話があった。




「今回の客は、普通の客だから、安心しろ。ただし、帰りも頼みたいらしいから、現地で少し待つことになる。頼んだぞ」


社長は一方的にそう言って、電話を切った。


社長は普通の客だと言っているが、普通の客は俺のところに回ってこない。

俺は絶対に何かあると睨んだ。


だが、睨んだからと言って、それ以上、何もできないのがイチ社員の悲しいところだった。




客のいる指定場所まではタクシーで13分というところだった。

カクニウム領域の都市ホムンが客の待っている場所だ。


ホムンは魔法が盛んな都市で、人口の97%が界人、つまり魔導士だ。

界人というのは、この世界でいう、『魔法の素質がある人種』だ。

界人として産まれた人は、大体、将来は魔法使いになる。ならない人もいるかもしれないが、それは、宝の持ち腐れだ。


ホムンは、都市自体も6枚の魔法障壁に囲まれている、空中都市になっていて、図書館も全ての領域で一番多い数、保有している。

魔法の都市だ。魔法の研究都市としても有名である。


そこの魔法時計台前に依頼者の二人はいた。

召喚士と白魔導士、それが今回の依頼者だ。



時計台前につくと、聞かされていた依頼者の特徴と一致する、気弱そうな男性がこちらに笑いながら手を振っていて、その隣では明らかに不機嫌そうな女性が、伏目がちで立っていた。


タクシーなら、乗せる前から、一悶着ありそうだと分かる二人組だった。

社長が俺に回してきた理由が、俺はすでに何となく理解できた。




「わざわざすみません。

僕はシェイドと言います。こちらは、ミコ。

二人で冒険者をしています」



手を振っていた男性は、ニコニコしながら、そう話した。

俺は男性だけなら、良心的な客だったなぁと心の中でつぶやいた。


今回は長い付き合いになる可能性が高いので、俺も「フウカだ」と、名前を名乗った。

すぐに、シェイドの隣に乗っていたミコが、唐突に口を開く。



「どうせ、今回だけの付き合いなのよ。

丁寧に自己紹介し合う必要はないわ。

さっさと行きましょう。もちろん、最短距離でね!」



俺にはミコが怒っている理由は分からなかったが、タクシー業にはありがちなワンシーンであった。


大抵、怒っているのは女性で、男性が悪者である。

そして、何も悪くないタクシー運転手まで、いつの間にか男性と話をしてる間に、一緒くたに悪者にされているケースがよくある。

だからこういう時の最善策は、『できるだけ余計なことはしゃべらず、男性の味方をしない』だ。



「そうですね。行きましょう」



俺は久々の丁寧口調で、しかし高低のない口調でそう言うと、さっそくタクシーを生み、

「荷物は預かります」と、てきぱき動いた。


そして、素早い動きで、助手席にミコを案内する。

その俺の対応に、ミコはへえ、と驚いた様子だった。



「この男と隣は嫌だったのよ。あなた、気が利くわね」

「いえ、それほどでもございませんよ」


久々の丁寧語は、違和感もあり、変だったかもしれないが、俺はタクシー屋としてのツボは押さえているつもりだった。


怒っている女性は、絶対に男性と隣にしてはいけない。

このマイルールは正しかったことを俺は心の中で確信していた。



目的地までは、40分先だった。

車が発進すると、シェイドの方から、目的地についての説明があった。



「実は、僕達はギルドの依頼で、ある虫を捕まえにいくところなのです。

そこは山の中で、大体の目的地しか分かりません。

降りられる場所がなさそうだった場合、空中で降ります。


できるだけ早く目的を達成したいと思いますが、30分経っても戻らなかった場合、帰ってもらっても構いません。

申し訳ないです」


シェイドは謝るのが癖のようなやつだった。

俺はただ、了解いたしました、と機械のように答えて、タバコに火を付けた。


そして、車が発進するとやはり、車内は沈黙に包まれた。

俺はこういう雰囲気は慣れている。

普通のタクシー運転手なら、気を遣ってトークを盛り上げたりするのだろうが、俺はその点、徹底して、運転のみすることにしていた。

これで文句を言う普通の客は、俺には回ってこない。

気まずいなんて感じる心は、俺はとうに、持ち合わせていなかった。

タクシー業のプロと自負している部分でもあった。



10分も通夜状況の中、運転していると、これまた唐突に、ミコは

「召喚 居眠り猫」

と口走った。


俺は一体、何のことだろうと運転しながら横目でミコをチラ見していたら、

助手席に座るミコの膝の上に、いきなりデブなでかい猫が現れた。


俺は召喚魔法を使う魔素を全く感じなかったので、内心、驚いた。


ミコは、姿勢を横にして、その猫を頭にかぶせるように抱き、

視界を猫にうずめた。

どうやら、車内の重い空気に耐えられなかった様子だ。



「今の、召喚魔法かい?

初めて見たよ」



俺は驚きのあまり、丁寧口調を捨てていた。

この問いに答えたのはおろおろしていた後部座席のシェイドだ。


「いきなり、すみません。

ミコ、運転の邪魔しちゃだめだよ。

ミコは召喚士なのです」


そう言ったシェイドに、ミコは、ネコごしに「邪魔してないわよ」と小さいくぐもった声で反論した。


召喚魔法使いというのは、この世界ではレアだ。

大体の魔法使いは、直接攻撃をするか、支援治癒魔法を使う。

召喚魔法は召喚した魔物が、攻撃するので、攻撃するまでのタイムラグが生じる。

奇襲などがしにくいし、召喚対象とする魔物とは一度、使役するための契約を交わさないと、召喚できない。

さらには、使役させるためには、その魔物を降参寸前まで追い込む必要があり、強いモンスターを使役したい場合、それ以上に強いモンスターを召喚する必要があるが、そんな強いモンスターを召喚できるのであれば、そもそもそれより弱いモンスターと契約を結ぶ必要がない。

多くの魔法使いの卵が召喚士になりたがらない理由が、このシステムにある。だから召喚士は、魔法使いの卵の中で、一番、『なりたくない』職業なのだ。



そのため、召喚魔法自体、見る事がレアである。

俺も大昔に一度だけ、知り合いの知り合いが鳥を召喚しているのを見たっきりだった。


「ミコ、いつまでも怒らないでよ。

フウカさん、変な空気にしてしまって、すみません」


シェイドのその言葉を聞き、俺は、まずい!と瞬間的に思った。

このパターンは、女性の機嫌をさらに損ねるものだと、長年の経験から、俺は見抜いていた。


しかし、そのことを運転手の俺が言えるはずもない。


シェイドの言葉を聞いたミコは顔から、猫をどけていた。

「あーだから、あんた一人でくれば良かったのよ!

ゴキブリ捕まえるなんて、あたしはごめんだって言ったの。

もういいわ。あたし、タクシーの横、飛んでいくから」


そう言うと、シェイドのあ、という声が届く前に、ミコは車を降り、

すぐに飛翔魔法と障壁魔法を展開し、車と同じスピードで飛び始めた。



「運転手さん、ほんとにすみません」



シェイドは今日何回目になるか分からない謝罪をした。

その頭は俺のエアーシートをほわんと凹ませた。

俺はこないだも、同じような光景を見たな、とデジャブを感じた。


「僕がいけないのでしょうか?

僕は人生で、ほとんど女性経験がなく、いつも彼女を怒らせてしまうのです」


俺は、ミコがいなくなった場なので、ある程度、好きにしゃべっていいかと思い、丁寧語もやめ、いつものように話すことにした。


「失礼なことを言うかもしれないが、

女性というのは複雑だ。

怒ってるかと思えば、次の瞬間には笑う。

そういうものだと思うしかないな。


でも、あんたらのような組み合わせは、実は、バランスがいいと思うけどな。

凹凸だよ。


どちらもでっぱっててもうまくいかないし、両方がへっこんでてもだめだ。

後は、慣れじゃないか?」


そう言った俺に、シェイドはへえ、と感心したような態度を見せると

すぐに、返事を返してきた。


「ときに、フウカさんは、ご結婚なさっていますか?

それとも恋人がいらっしゃいます?」



俺は、初対面でいきなりお構いなしでそれを聞いてくるシェイドに、ミコがよく怒っている理由が何となく分かった気がした。

この男は、おそらく、噛み締めないで何でも言ってしまうタイプなのだろう。

しかし、俺もタクシー業のプロ、これくらいの質問、答えられないで生きてはいない。



「今は、独りを満喫させてもらってるよ」


そう言うと、シェイドはそうでしたか、失礼しましたと言い、会話を終えた。

おそらく、俺にそれなりの相手がいたら、恋愛指南をしてもらう予定だったのだろう。

俺は心の中で、後は自分でがんばれよ、若者、とつぶやいた。


外を見ると、ミコは、飛びながら、通りすがりのフェアリー2匹と会話して、

なんと、画用紙を取り出すと、障壁の中で、フェアリーを並走しながら、スケッチし始めた。


それを見た俺は、ん、と普通に驚いて、思わず、シェイドに尋ねた。


「あのこは、精霊魔法で会話しているぞ。

それに、飛翔魔法を使いつつ、障壁魔法も使えるのか?

召喚士でそんなの、聞いたことが無いぞ。

それに障壁魔法の中で、スケッチもな……」


それを聞いたシェイドは、ああ、と一瞬悩んだ後、

「実は、彼女は、異世界者なのです。

異世界者は、この世界ではなぜか、魔法がすごく強いのです。

召喚魔法だけでなく、全般を使いこなします。

僕は、一生、頭が上がらないのですよ……」


それを聞いた俺は、心の中で、俺も異世界者なんだがな、とつぶやいたが、それは言わないことにした。


俺は風魔法はそこそこやると自負しているが、あと、自信がある魔法と言えば、空間魔法くらいだ。

以前、魔法省の魔法計測機でひっそり測定したところ、風魔法では世界2位、空間魔法は4位だった。

あれから、さらにちょっと強くはなっている気がしたので、まぁ、そう考えるとそう自分を卑下することもないか、と思った。




約束の地点まで到達する5分前くらいになると、

車の外にいたミコが空気でできた車の車体をぽんぽん、と叩いた。


何かしゃべっているようだが、流れている空気のため、何と言っているか分からなかった俺は、一旦車を止めた。



「左手に、いるわ

目標のゴキブリよ」



俺とシェイドが視線を左横に運ぶと、おそらく30m先ほどだろうか。

黒くてでかいゴキブリが空を飛んでいた。


でかい、体長はおそらく、1・5mはありそうだった。

俺の予想の10倍はあった。


俺はそれを見た時、「あれを、帰りに車の上部にでも、ロープでくくりつけるのか?」という恐怖を覚えた。

逆にそれ以外、あれを持ち帰る術があってほしい、と願った。


それから、シェイドは車を降りつつ、

「すみません、30分だけ待っててください」

と言って、両手を合掌した。


俺は待ってるよ、と言ったが、待っていて、と言われても彼らを見る以外にやることはないので、戦いを見物して楽しむことにした。


まさか、あれに逆にやられるくらい弱くはないよな?

という不安もちょっとこみ上げてきた。

そうなると、俺がゴキブリと戦うことになるのか?


ここんとこ、俺は自分が何屋をしているのか、わからなくなる時がある。

最近、一般的なタクシー業を超えた仕事をしている時が多い。

こないだなんかは一つの町くらいあるタコを魔法で倒した。


遠目で見ていると、

ミコがまた魔法を使おうとしているのが分かった。

背中に魔法陣が浮き出ているからだ。



「召喚

 靫曼(ウツボカズラ)」



彼女がそう唱えると、一瞬の後、地面からとてつもないでかさの植物がとんでもないスピードで空へ生えだした。

まるで一瞬で大木ができるようだった。


その植物にはとんでもなくでかい袋が大量についていて、ねばねばする触手で、巨大なゴキブリをいきなりがぷっと抑えた。

そして、植物の触手はそのまま、ゴキブリの身体を自身の身体に生えるデカイ袋に尻からズリズリと押し込み、ゴキブリは身動きが完全に封じられた。


ものの20秒間のことだった。

俺は正直、呆気にとられていた。

今まで、召喚魔法をバカにしていたな、と自分の認識を変えることにした。


しかし、その後、2人どころか俺も予想していないことが起きた。

ゴキブリがまだ動く口をがばっと開けると、そこから大量のミニゴキブリが飛び出してきたのだ。



それを見るや、ミコは悲鳴を上げた。

そして、身体を固めて、動かなくなってしまう。


その状況にシェイドは即座に反応していた。

ミコにぴったりとくっつくと、自分もろとも、障壁を張って、ゴキブリの風を防いでいた。


まるで一心同体のような熟練の冒険者のチームワークに見えた。



「なんだ、バランス、いいじゃねえか」



俺はほっとしてその様子を見ていたが、

二人は黒いその虫の嵐から、一向に出てくる気配がない。

そういえば、依頼者は白魔導士と、召喚士だったはずだ。

召喚士が何もできなくなったら、白魔導士にあの虫を退治する術はない。


もしや、これは、俺が動かなければいけないのではないか……?


さっき、タクシー業の域を超える仕事が増えたと考えたのは、

フラグだったかと、俺はため息をついた。


そして、タクシーを降りると、タクシーを右手で消去する。




すぐに、俺は魔ステを開き、シェイドに電話を掛けた。

シェイドが電話に出ると、ミコの悲鳴が聞こえた。


それを無視した俺は、一言だけ伝えた。


「今から、俺の後方30mに二人を転移させるから、よろしく」


電話の向こうからは、シェイドのえ、という声が聞こえたが、俺はそれを無視して、転移魔法を詠唱する。




「風よ

水よ

空と

その境

幾多の壁の向こうに

行く旅を


空間転移(テスタ=ケード)」




それを唱えるやいなや、黒い嵐に包まれた二人が消え、

俺の背後に移動する。



黒い嵐は、目標を失い、次に近くにいた俺をターゲットとして迫ってきた。

黒い嵐と俺の距離は、大体25mくらいだった。



俺は次の詠唱に入った。


俺の全身から放たれる風で髪が浮き、

隠れていた右目が露わになる。


そこには、青い透明な瞳があった。

右目が光ると、

俺の左手に、青い半透明の弓が闇から浮かぶ。



「碧き水も

紅き火も

黄の土も

全てが流れゆく

永遠に


真東風(マコチ)」




俺は右手で見えない矢を放った。


俺のいる空間から、青い太さ4mの波動矢が5本、ゴキブリの嵐へ伸びていく。

5本の矢は連携して回転しつつ、ゴキブリの嵐を砕いていった。


2秒後、黒い嵐は、風と共にすべて去り、

残ったのは、でかい植物の化け物とそれに噛みつかれた巨大ゴキブリだけだった。




「あんた、タクシー運転手にしてはやるじゃない」


俺と合流したミコは、いつの間にやら、機嫌が良くなっていた。

やはり女というのは分からないな、と俺は思った。


男は行きよりもさらに俺に頭をぺこぺこと下げ、

まるで俺の部下のように、申し訳ありません、と繰り返した。


「いや、すまんな。

こちらこそ召喚士をバカにしていたかもしれない」


そう俺が言うと、頭を下げていたシェイドは、いや、ミコはちょっと特殊だから、と小声で言った。

それから、俺は色々あったが、帰っていいんだよな?とシェイドに聞くと、お願いしますというので、


「じゃあタクシーへ乗ってくれ。帰りは2人とも後部座席でいいか?」


と言ったが、二人はそれを聞いて、呆気に取られていた。

不自然さを感じた俺に、シェイドが言った。



「タクシー、ないですけど」



それを聞いて、俺は、あ、と言った。

戦いの前に、邪魔になるかもしれないから、タクシーを消していたことを思い出した。


そういえば、行きの分のタクシー代ももらっていないことも思い出す。


あーとショックを受ける俺に、シェイドは

「行きの倍、払いますので……」

と優しい声をかけてくれた。

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