第二部第三畜 ハンブルグ攻略作戦(物理)
「ねぇ波多良さん……? もう一度、考え直しません……?」
ハンブルグ近郊の森林に、俺達は身を潜めていた。遠目に見るハンブルグは、その懐に大河を抱く城塞都市である。この要塞を通り抜けられるのは川の水くらいのものであろう。
「ちょっと聞いてんですか……? 未婚の女の子に、あそこまで言わせておいて……」
ブルグは城塞の意だが、ハンは――かつてこの地を遊牧民族が侵攻制圧していた頃の、族長の称号……汗(ハーン)に通じているのかと思ったら実はそうでもないらしい。古語で港とか湾とかって意味らしい。
ただし。都市名が料理名の語源となったハンバーグについては、これは確かに遊牧民族から伝わった調理法・食文化であるらしい。なんとも紛らわしい。
「wiki見てないでちゃんと答えて下さい……。攻めるならシャウエッセンでしょ……?」
そしてナローデはハンバーグよりもウインナーが食べたいらしい。
「話ちゃんと聞けや!」
「おうふ」
肋骨の途切れるあたりにイイ一撃をもらった。
俺はそれ以上の偵察を諦め、しぶしぶナローデへと向き直る。
「――まず、ハンブルグを落とす事が。……ゆくゆくは、シャウエッセンの解放にも繋がるんですよ?」
「そういう事じゃないでしょう……?」
俺がきちんと理非というものを順序立て説明してやったのにナローデは納得しない。
というかまるで聞く耳を持っていない。
ナローデのこの目は、主人公ムーブをしろや、と訴えている時の目である。
はて。ここは熱く感情のまま義憤のままにシャウエッセンを落としに行けや!主人公! とでも言いたいのだろうか。
俺はつとめて穏和な笑みを浮かべた。
「……まあまあまあまあ。ここはひとつ俺に任せて下さい。――我に策あり、ですよ」
「だから単騎突入のどこに策を講じる余地があるってんですか……」
「でも。それ言ったらシャウエッセンだって同じでしょ? こちとら兵力自分のみですよ」
「攻撃を始めればきっとシャウエッセン魔導軍が内側から呼応してくれる、って。レディが言ってたでしょう?」
実に言いにくそうに、それに、と続けるナローデは既に心配顔となっている。
「耳にした噂からすると――このハンブルグは。逆に、例え包囲している敵勢を攻撃したところで……味方してくれないかも知れないんですよ?」
ナローデの言葉に、俺はこの命令を受領した折の風景を思い出す。
* * *
バイエルン王国軍本部、贅を凝らした師団長室。黄金の竜の意匠ばかりだ。
豪華な応接セットに腹を揺らす竜騎士師団長が、髭を捻りながら話しかけてくる。
「……立場上、命令は師団長直命となる。大任だが必ずや、果たしてくれたまえよ?
非情な命令を下してから、団長はようやくこちらを見た。上目遣いでニヤリと笑う。
「ときに――ケスパー・ハタラー・ヴェセニヒ卿。
チミのその……家名はあくまで仮初めのもので、本当の名が別にあるとするならば。
本来は別の名を名乗るべき人間であったなら……の話なのだがねぇ?」
座れとすら言われない俺は立ったまま、師団長の話を聞いている。いや嫌われたもんだ。
髭先を尖らせながら、師団長はすくい上げるような視線を向けてくる。
「先帝閣下――『覇王』様が身罷られたのは。式典の最中に、大量の『非』魔導銃にて狙撃を受けたからなのだ。
暗殺の首謀者は、内戦の勃発でうやむやにされたが……非魔導銃の量産で知られるのは――工業都市ハンブルグ。
そして。そのハンブルグの領主は……魔力をほとんど持たず。
反魔力主義者・反血統主義者として知られ、あの『覇王』に対してさえ反帝政主義の姿勢を貫き続けた……ハンス=フォン=ブルングルスト侯爵だ」
父の仇の名前を教えてやった、と言わんばかりのしたり顔で、師団長は顎肉を揺らす。
「『覇王』は式典中……愛用の鎧を身に着けていない時に討ち取られた。
チミのその『遺産』があれば、先帝の命を奪った非魔導銃さえ怖くはないだろう。
亡き先代の無念を晴らすべく――ひとつ、ハンブルグを攻めてみるのはどうかね?」
悪意に溢れたその笑みからは、想像するまでもなく。
『遺産』の防弾性を信じ、非魔導銃とやらの砲火の中へ突っ込み、そして蜂の巣にされるおろかな俺の姿がたやすく幻視できてしまう。
――よし。ハンブルグだけは絶対に攻めないでおこう。
敬礼を返して退室しながら、俺は訪問先候補からひとつの都市名を消した。
* * *
――そう決意していた俺が、ハンブルグを攻めてるんだから不思議なもんである。
まあ、厳密には、現在ハンブルグを包囲している敵勢、『帝室旅団』こそが攻撃対象であるのだが。
『帝室旅団』とは帝国崩壊時に遠方へと派遣されていた一軍が元で、崩壊後に旧領内へ舞い戻り、あちこちの都市を襲ってはイナゴのように食い散らかしているらしい。
どうやら次のメニューはハンブルグらしいが、要塞に無数の銃口と、簡単には食べられないためおあずけを喰っている様子である。
とはいえ、ハンブルグ側からしてみれば。覇王の股肱たる軍勢の生き残りも、覇王の装備を身にまとう忘れ形見にしか見えない俺も、どちらも同じ敵にしか見えないだろう。
包囲している敵を攻撃したところで、まとめて一緒に撃たれる未来しか見えない。
「じゃあなんでわざわあ、そんなハンブルグの解囲をしようなんて思ったんですか……」
ナローデの疑問はもっともではあるが。俺の答えは決まっている。
俺は輝くような笑顔を向けた。
ナローデは理解し、げんなりとした表情になる。
「ああ。もういいです。わかりました。察するに、またどうせ――
『一番めんどくさい、一番敵対しそうな相手を助けられれば、他の連中なんざ余裕で助けられる』
――とか思ってるんでしょ……」
「いやぁ理解が早いですねナローデさん!」
輝く笑顔を向け続けると、奴は目を反らした。(見たくないものを見る目だった)
呆れたような横目の向く先は、要塞都市と、それを遠巻きに囲む攻城陣である。
「でも一体どうするつもりなんですか……。あれだけの敵勢、単騎じゃどうにも……」
ナローデの愁眉が開かれるように、俺はおもしろいポイントを指し示してみせる。
「見て下さいよナローデさん。ハンブルグ……都市を点とするなら。攻囲陣は、同心円状――すなわち等しい距離に配置されているでしょう?」
「それがどうしたんですか……。都市からギリギリ銃で狙えない、射程外の位置に、攻撃側は陣をしいてるってだけなんじゃないんですか……?」
「そうですその通りです。そして――さらに言うならば。
都市と攻囲陣の間には、常に光が投射され、誰も忍び寄れないようになっていますよね?」
俺が指摘したその青白い光は、きっとハンブルグの竜眼の光を鏡か何かで跳ね返したものだろう。要塞壁外のなにもない空間を、闇夜の中へ浮かび上がらせている。
これでは夜陰に紛れて都市へ近づくのも、あるいは都市から抜け出るのも、どちらもできないに違いない。
「それがどうしたんですか……。ただの侵入不可地帯、って事じゃないですか……」
敵がそこへ立ち入れないからと言っても、仮に波多良さんが踏み込んでいったところで、要塞側からは関係なく撃たれるだけでしょう、とナローデは言う。まあそうだろう。
青白く照らされる平野より目を離し、それを囲む『帝室旅団』の陣を指さす。
「――その一方で。
包囲する軍勢の陣中やその外側には……ろくに篝火も立てられていません」
「そりゃーそうでしょう」
即答するナローデ。なぜですか、と問うと、「都市の周りがあんなに照らされてちゃあ、逆に攻撃側だって、夜襲や奇襲とか受ける心配がないわけじゃないですか」などと答える。
俺はにっこりと笑った。
「――あ」
顔色を変えるナローデは答えが分かった様子だったが、もう遅い。
「ちょっ! まさかそんなのが『策』だ、なんて言うんじゃないでしょうねっ⁉」
波多良さん! 待っ……!」
俺は機馬を駆ると茂みを飛び出し、一直線に攻囲陣目掛けて突撃していった。
* * *
「――わははははははは!」
爆笑しながら突っ走る俺の耳元を、いくつもの敵弾がかすめてゆく。
俺の選んだ作戦は実にシンプルだった。
ハンブルグを注視している『帝室旅団』の陣が、後方に油断しているのをいいことに、その中央まで駆け入って――あとはひたすら、笑いながら陣の中央線を走破していただけである。都市を囲む陣はドーナツ状の形をしているわけだから、そのドーナツ部分の中心線を、円形に走り回っていただけだった。
都市を囲めるほどの大規模軍勢である。まともな敵からちょっかいをかけられた事さえなかったのか、夜襲も後方からの奇襲も警戒なんてしていなかったらしい。包囲陣は簡単に混乱の坩堝と化し、陣ど真ん中を爆笑しつつ突っ走る変態をとりあえず回避しようとした敵は、明暗どちらかの運命を選ばされた。
すなわち――明るいハンブルグ側に逃げて銃の射程に入り込み撃たれるか、暗い外側に逃げて散り散りばらばらになるか、である。
真夜中にいきなり騒ぎ始めた攻囲陣に対する都市の反応は……激烈の一語に尽きた。
一斉に、ハンブルグ市壁のあちこちより閃く砲火。絶え間ない銃声はまるで都市全体が目覚めたかのようで、要塞は夜気に硝煙を立ち昇らせながら、豪勢に銃弾を吐き出し続ける。迂闊にも竜眼の明かりの中へ逃げ出す賊がひとり、またひとりと撃たれてゆく。
アレルギー反応にも似た、ヒステリックなその応射がようやくに収まってきた頃。
敵陣中を走り回るのをやめた俺は、茂みで待つナローデの元へと帰った。
「ただいまナローデさん悪いんですけどちょっと治癒魔法お願いできますかねぇ……」
「うわ!波多良さん血まみれじゃないですか!」
俺は答えず、下馬した勢いのまま甲冑で大樹にもたれかかる。甲冑の継ぎ目から血がこぼれる。
油断していたとはいえ『帝室旅団』の陣のど真ん中を突破し続けた俺は、銃撃、魔法、投げ爆弾――などなど、結構な反撃を食らっていた。『歌匠』の高防御力をもってしてもなお無傷では済まない量の反撃にさらされ、俺も機馬ももうボロボロである。
治癒魔法を受けている間やる事もないのでナローデの焦り顔を眺めていると、なんとも驚いた事に、奴の治癒魔法は俺の負傷のみならず鎧の破損や機馬の破損まで綺麗に治してゆく。えっ、スゲえな、と感嘆の目で見ていると急にナローデがぐったりし始めた。
傷ひとつない滑らかさを取り戻した鎧や機馬の表面を見るに、どうもこれはただ単純に、自己修復機能が働いただけらしい。――要するに、魔力を吸い上げて直っただけらしい。ナローデから。
「……なんで装備者の波多良さんから魔力吸い上げずに私から吸い上げるんですか……」
それにそういう機能があるんなら説明しとけや……、と力なく抗議するナローデ。
俺は苦笑するとぐったりしたナローデを機馬の後ろへ乗せた。跨り、手綱を引く。
俺達二人を乗せ、ふたたび軽快に走り出す機馬。
「……えっ……? わたくしをどこへ連れていくつもりですか、波多良さん……?」
「どこってそりゃあ――目の前の。ハンブルグですよ」
ちょっやめっ危なっ撃たれる!と背中でナローデが暴れ始めるが俺は笑い飛ばす。
「大丈夫ですよ。ホラ――外壁に接近しても、撃たれないでしょう?」
少し蛇行して壁沿いを走ると、都市外壁の上から、ガチンガチンという金属音の連続と、舌打ちが聞こえてくる。
「ちょ! 狙ってる! 引き金引いてるし! 単に弾がないだけでしょアレ!」
「はっはっは、そうですよ。――だから今じゃないと、近づけないんじゃないですか」
敵同士がぶつかり合い、攻撃側が総崩れとなって、籠城側が弾切れとなる。
俺の狙いはそこにあった。ていうかそういう状況にでもならなければハンブルグへ近づけやしない。
喚き交わしているうちに機馬は走り、やがて――巨大な都市正門の前に立つ。
「うわ本当にハンブルグの間近まで来ちゃった……どうするんですかここから……」
「――そりゃーもちろん。開けてもらうんですよ」
すいませーん!開門願いまーす!と馬上から声を放つが、門上の銃兵は反応を見せない。
「開けてくれるわけないでしょ!何考えてんですか!」
「えぇ~―……。たぶん、開けてくれると思うんですけどねぇ」
「たぶんて!さっさと逃げましょうよ!あの銃兵達が弾を補給したらこのまま蜂の巣ですよわたくし達!――それに、もし仮に、門が開けられたとしてもですよ……」
まくしたてるナローデの眼前で、ゆっくりと正門の落とし扉が開かれてゆく。
「……それはきっと、こちらを討ち取る準備が整った、ってだけに違いないと……」
途切れたナローデの言葉を裏打ちするように。
開かれた門からは、こちらを見据える無数の銃口が姿を現した。もちろんその銃を構える無数の銃兵と、そして弾のたっぷり装填された銃を携えて領主の周囲を固める近衛兵と――金モールの制服に取り巻かれた貴族男性、ハンブルグ侯爵その人も一緒に、である。
ハンス=フォン=ブルングルスト侯爵が口を開いた。
「――そこで止まれ、『覇王の落とし子』よ。
……父の形見を身に着けて。父の仇――この私の首でも、取りに来たか?」
言葉と同時に、怒れる兵達ががちゃがちゃとぶつかり合いながら銃の狙いをつけてくる。
《ホラやっぱりこうなったぁ! ど、どうするんですか、波多良さん!》
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