第二部第四畜 オレサマオマエマルカジリ(基本的人権含む)


 ――「自分こそが父の仇である」と認めた貴族と、こちらに銃を構える無数の銃兵。

 ――状況は明らかに「詰み」である。

 ――だが俺のやるべき事はひとつだけだった。


「……はじめまして侯爵様。――いやいやいやいや。まあまあまあまあ」


 特に意味のない言葉は、血気にはやる周囲の銃兵をなだめる為のものである。

なんだなんだ、と眉を寄せ、引き金にかけた指が緩められた辺りで、俺は『歌匠』を除装する。


「ちょっ波多良さん何してんですか⁉」


 ものものしい全身甲冑と機馬は霞のごとく消え去り、一本の銀色の鍵へと変ずる。

 無数の銃口の見守る中、装甲を脱ぐ俺に唖然とするナローデへ、その鍵も預けてしまう。


「じゃあナローデさん、これ預かってて下さいね?」

「え、ちょ――」


 追いかけてくる銃口から身を護るように、ナローデは鍵ごと自身を抱き締める。

 俺はそんなナローデにかまわず、背を向け軽やかに歩き出した。

 自身を狙う、無数の銃口に向かって。


「――それ以上近寄るな。ナロンベルクでの将軍相手の大立ち回りは、耳にしている」


 兵に取り囲まれた貴族男性――ブルングルスト侯爵が、制止を命じてくる。

 俺は素直に足を停めた。武装を解いても、この身に宿る魔力を警戒したのだろう。

 魔力を使ったと言っても……ナロンベルクじゃ手紙の複製くらいしかしてないんだが。


「町の外の『帝室旅団』を追い払った事には礼を言う。

が。きみ自身が――このハンブルグまで入ってくる必要は、なかったはずだな?」


 わざわざ射程に入ってくる獲物を見る目で、侯爵は政敵の息子の過ちをとがめた。

 侯爵は両手を広げ、俺へと向けられた無数の非魔導銃を指し示してみせる。


「……この通り、工業都市ハンブルグは非魔導銃の生産が主流だ。

 軍の過半を占める銃士もまた、この私のように――魔力を持たない者ばかりだ」


 俺に狙いを定める無数の銃身は、普通のマスケット銃のような外見をしている。

 高位貴族なのに魔力を持たない侯爵は、魔力が無くとも扱える普通の銃――非魔導銃の増産をすすめ、魔力のない大勢の庶民兵たちにそれを持たせ、この領都を護る力としていた――ってところなんだろう。たぶんきっと。


「亡き覇王――魔力優先主義・重血統主義を推し進めた、誰ぞの父親とは敵同士だった。

 領主たるこの私もまた――覇王暗殺の首魁、と噂されて久しい」


 まあ、大陸統一をやるような覇王は個人主義の頂点みたいな人だったんだろう、と思う。

 死んだ政敵を語り一度目を伏せた侯爵は、自虐的な笑みを浮かべた。


「諸々の事情を鑑みるに――歓迎されない事は解っていたはずだ。

覇王の隠し子。……きみは一体、何をしに来たのかね?」


 アウェイ感全開で問いかけてくる侯爵に、俺はへらりと笑いかけた。


「や、俺を撃つってのは別に、ぜんぜん構やしないんですが――」

「波多良さん⁉」

「――その前に少しだけ。侯爵様に、お話を聞いちゃあもらえませんかね?」


 彼方で金切り声を上げるナローデだが銃が怖いのか近づいてこない。

 俺の提案に、侯爵は薄く笑った。


「……この期に及んで、いまさら命乞いの算段かね?」

「いやいや。まさか。ちゃんと、侯爵様にも耳寄りなお話のはずですよ?」


 俺をさながら商人でも見るような眼で一瞥してから、侯爵は軽蔑に満ちた声を放った。


「この私が欲しいのは――さらなる乱世の火種にしかならない、覇王の落胤――その首だ」


 交渉の余地はないと切り捨てる侯爵だが、俺もとにかく食い下がる。


「その首はいつでも獲れるんですから……まあ話聞くくらい、いいじゃないですか。

 どう転んでも、侯爵様の損にはなりませんよ?」


 銃兵に囲まれながら、ふん、と侯爵は面白げに口ひげを捻る。


「永らく幽閉されていたという割には……随分と弁舌に自信があるようだ。

 よろしい。好きにしたまえ。

 ――だがこの町を無事に出られるなどとは思わない事だな?」

「はいはい。煮るなり焼くなりお好きにどーぞ」


 じゃ、と俺が指さした適当な酒場へ、侯爵は銃兵全員を連れ移動し始める。

 慎重なことだ。肩をすくめた俺も酒場へ踵を向けようとすると、恐る恐るといった様子でナローデが付いて来ようとするのが見えた。


「あ。ナローデさんは、どっかで休んでて下さい。魔力足りてないでしょ?」

「――はぁ⁉」

「すいませーん誰か。こちらの拳豪を一名、どこかいい宿のスイートルームにでも案内して、休ませてあげてくれませんかねぇ?」

「――はぁぁ⁉」


 拳豪、という尊称に感動してかナローデは手近な門柱を握りつぶした。宿へ案内するよう命令されて歩み寄った兵士たちが、変わり果てた門柱を見てビビッている。


「……あとでちゃんと話を聞かせてもらいますからねー!」


 捨て台詞を残し、兵に遠巻きにされるナローデは姿を消した。

 ――さて。後は、俺ひとりの仕事だ。

 俺は軽やかな足取りで、酒場のドアをくぐった。




* * *




「今何時だと思ってんですか……もう朝ですよ、朝……」

「いやぁ~ハハハ、すいません」


 雀の声。ハンブルグ一番の高級宿のスイートルーム……ではなく、なぜか格技場の大広間にて、俺はまた正座させられていた。道場みたいな雰囲気だ。壁に血がついてる。怖え。

 目の前には腕を組み仁王立ちのナローデがいる。


「ハハハじゃないんですよまったくもう……」


ナローデの目にはクマがある。どうやら寝ずに帰りを待っていたらしい。

と、やおらナローデは俺の全身をぺたぺた触り始めた。


「ちょっ何すかいきなりナローデさん逆セクハラっすか」

「本当に五体満足で帰って来たんですか……ていうか本当に本物でしょうね……?」


すでに殺された俺が、魂だけになって、最後のお別れに来たのかと疑ってるらしい。


(ナローデさん、俺……短い間だけど、一緒に旅ができて楽しグホェアッ)


意思伝達で遺言を伝えようとした俺の脾腹へ重い一撃をぶち込んで、それでようやく、ナローデは俺の生還を確信した様子だった。


「このふざけっぷり、殴り心地……本当に波多良さんなんですね! え、ホントに⁉ あんな状況からよく生きて帰って来れましたね!」

「今あなたから貰った一撃で死にそうなんですが……」


 それに殴り心地で本人である事を確信するってどうなんだ。脳筋戦士かよ。


「てかどんな手を使ったんですか? ま、まさか……このわたくしの身柄を差し出すかわりに命を助けて貰う約束、とかじゃないでしょうね……?」


 可愛らしく己が身を抱いて後ずさりする金髪美女メイドだが、すでに本性は透けている。(背後から鬼のごときオーラが立ちのぼっている)


「それ命助かってないじゃないですか。そんなん命がいくつあっても足りませんよ」


 うんうん、よくわかってらっしゃる、という満足顔でうなずく拳王ナローデ。

 金髪美女として本当にそれでいいのかお前。


「……それで? あの後一体どうなったのか、お話聞かせてもらえますよね?」


 腕組みの上でトントンと指を動かすナローデ。早く話さないとまた拳圧が飛んできそう。


「――どうなった、って言っても……普通に酒飲んでお話をしただけですよ」

「話って。朝になるまでずっとですか? そんな長話をしてたんですか?」

「いやこれは単に途中で酔い潰れて朝まで寝てただけで痛い痛いギブギブギブ!」


 なんか両拳でこめかみをぐりぐりとされた。頭痛が痛い。


「まったくもう! 酔い潰れて寝る前に! するべき事が! あったでしょう!」

「……ヘパリーゼ?」

「ぶっ飛ばしますよ波多良さん⁉ わたくし!への!連絡!ですよ!」

「だからぶっ飛ばしてから言わないで下さい……」


 格技場の床はダウンした俺を硬く冷たい肌触りで出迎えてくれる。


「わたくしの心配を返して下さい……」

「えっ心配してくれてたんですか?」

「そりゃしますよ! あなた父親の仇を公言する人とサシで飲みに行ったんですよ?」


 ならもうちょっと労わって欲しいもんである。とりあえず拳をしまって欲しい。

 俺はとりあえず謝る事にした。


「ああそれはすいませんでしたね……。大丈夫です、そこら辺はもう――話がついたんで」

「おまえの親を暗殺しました、って言う相手と一体どう話をつけるって言うんですか……」

「あー。あれ多分、ウソですよ?」

「嘘なんですか⁉」

「重魔力主義に重血統主義だった覇王と、非魔力主義で非血統主義の侯爵。

露骨に対立していた覇王が死んだから、皆がそう噂して、そのうち既成事実になっちゃった、てだけみたいですよ?」

「……本人がそう言ったんですか?」

「いや本人の口からは聞けませんでしたけど、なんか雰囲気的に」

「雰囲気て……」

「とにかくまあ、そこら辺の誤解は解けたんで。――お互いに」

「お互いに……?」


 お互いに仇敵同士ではないという確信さえ得られれば、まあ話し合いくらいはできる。

 だがナローデにはどうも違う見解があるらしい。


「……そんな事言ったって。いくら、波多良さんが武装を解除して丸腰になって、相手に敵意の無い事を示しても、ですよ?

向こうは明らかに『波多良さんの首しか欲しくない』って言ってたじゃないですか。

そんな状況で――交渉なんて、成立するようには思えないんですけど?」


 そう反論しながら俺の両足の実在を確かめているナローデは、まあ正しい。(失礼だが)

 死なずに帰ってきただけでビックリしているのだろう。(本当に失礼だが)

 社畜として無数の死線を越えてきた俺からすれば、そう不思議な事でもないんだが。


「そこはまあ――交渉次第ですよ」

「いやだからその交渉が成立しないって言ってんですよ……」

「侯爵にも利のある話を持ち掛ければ、話くらいは聞いてくれますよ?」

「いやだから相手はアナタの命しか欲しくないって明言してたじゃないですか……」

「簡単ですって。俺をいずれ殺すにしても、先にした方が都合がいい――俺をまだ生かしておく方が価値がある。――相手にそう思わせればいいだけです」


 社畜の基礎とも言うべき習わしを、俺は口にした。

 そもそも社畜において余剰労働力という概念はない。社畜の戦場においては、価値のない労働力から真っ先に使い潰されていく。むろん、新卒や新人であっても例外はない。社畜の生存戦略はひとつだけ――いかに自分が使い潰される前に『こいつを潰さずに使い続けた方が、職場にとって有用である』と思わせられるか。仕事の上でそれだけの価値を示せるか。ただ――それだけである。できなかった奴は会社から去り、そしてできた奴は、社畜を続ける事を許されるのだ。


「なんで社畜を続け『られる』ことをそんな有難がるのか理解に苦しみますが……。

とにかく。そんな時間稼ぎみたいな手で、切り抜けられるとは思えないんですが……?」


 ナローデは顔をしかめているが、これはまあ、きっと心配してくれているんだろう。

 安心させるため、俺は交渉の成果を口にする事にした。


「大丈夫ですよナローデさん。結果だけ言うなら――

 掲げる非魔力主義のため、これまで貴族の多いバイエルン王国内でも孤立し、半独立めいた立ち位置にあったブルングルスト侯爵と、その領土たるハンブルグですが……」


 ナローデがごくりと唾を飲み込む。


「交渉の結果――これからは全面的に王国軍へ協力し、また、保有する非魔導銃を一万挺ほどバイエルン王国軍本軍へと提供し、さらなる軍備強化をはかると共に。今後も引き続き、非魔導銃を継続納入してもらえる約束も取り付けましたよ!」

「嘘つけええぇ!」


 ナローデの突っ込みがスパーンと炸裂した。あれ。おかしいな。喜ぶと思ったのに。


「なんですか、一万挺の銃の提供って⁉ 最初『お前の首しか欲しくない』とか言ってた相手が、いきなり手のひら返してそんな好条件提示してくるはずないでしょう! それ騙されてますよ絶対!」


 ここぞとばかりに吠えたてるナローデ。人間不信だなあ。


「いやナローデさん……嘘じゃないんですよ?」


 俺は格技場の窓の外を指さす。この格技場が面するハンブルグ市の中央通りへは、すでに積み込みを終えた多数の荷馬車が集まり、隊伍を組んでいた。荷馬車の幌から突き出す大量の銃把は、あきらかに昨日も見た非魔導銃のそれである。


「マジか……」


 呟くナローデの眼前。窓の彼方に、整列する警護兵達と、馬上に礼装を整えたブルングルスト侯爵の姿が映った。領民たちの目があるにも関わらず、その表情は――さながら、苦虫を噛み潰したかのようである。


「……ホラぁぁ! ちょっと波多良さん⁉ 侯爵凄い顔してますけど⁉ またアナタ絶対なにか余計な事言ったりやったりして、無理な交渉を成立させたりしたんでしょう⁉」


 その時タイミング悪く、ステータス画面が新着情報をお知らせした。

 二つ名:「ハンブルグの屈辱」 new!


「ホラやっぱりぃぃ‼」


 私いつももっと主人公らしくして下さいって言ってますよねえ⁉と叫びつつ、人の胸ぐらをがっくんがっくん揺さぶるナローデはまったくこちらの弁解を聞こうとしない。


「――ハッ! まさか……!」


 急遽何かに気付いたかのように、またしても人の全身をぺたぺた改め始めるナローデ。今度は上半身あたりを重点的にまさぐっている。何だ一体。


「ちょっナローデさん何すかまたセクハラっすか」

「違いますよ! 相手がこれだけの条件飲んでくる以上、きっといつでも波多良さんを殺せるように、爆弾付きの首輪とか着けられたりしてるんじゃないんですか⁉」


 半狂乱でこちらを脱がしにかかるナローデ。実に想像力旺盛である。あととりあえず男を脱がしにかかるのをやめていただきたい。


「だから違いますってば。そりゃまあ……交渉に関しては。大きく譲歩をして頂く代わりに、こちらも相応の条件を呑んではいますけど。別に、『俺がお前を好きなときに殺せるように、爆弾付き首輪を常に着用しとけ』とか無茶なこと言われてませんよ?」


 てかそれただのサイコパスじゃねえか。もう交渉とか通じないレベルだよ。


「絶対信じられない……。じゃあ波多良さんは、どんな条件を呑んだっていうんですか?」

「……。それは――おっと。ノンビリしてられないんでした」


 俺は立ち上がり、窓の外へ目をやった。中心通りでは隊列を組み終えた荷馬車たちが、侯爵の出発の号令のもと、動き出そうとしている。


「あの荷馬車がどうかしたんですか?」

「いや早く行かないと。あー。あれは、俺らが護衛任務を引き受けた、隊商の馬車でして」

「『俺ら』?……ちょっと待って下さい? 初耳なんですが?」


 額に青筋を立て、人の耳をギリギリとねじり上げるナローデ。耳がひとつになっちゃう。

 俺はふたつしかない耳を庇いながら胸の青銅証を示した。


「いやここ来る前に!冒険者ギルドで!仕事を受けてきただけですって!

 それに俺らもバイエルン帰るんですから、一石二鳥でしょ⁉」

「軍務で来たんですよね……? 冒険者として仕事受けて帰っていいんですかね……?」


 首を傾げるナローデが、あれ?と余計な事に気付いてしまう。


「……そもそも何でこのタイミングで冒険者ギルドから仕事受けたんです? 波多良さんそんなにお金無いんですか? ここ来るまでの道中は、普通に金貨とか使ってましたよね?」


 俺は顔をそむける。


「……いや……借金返さないといけなくて……」

「ハァ⁉ 借金? 借金なんていつ作ったんですか?」


 そもそも借金なんてするタイミング無かったですよね?と問うナローデに、俺はぼそぼそと答える。


「いやそのぅ……そこの荷馬車に積まれた、一万挺の銃が、あるじゃないですかぁ……」

「? ええ。それがどうかしたんですか――って、まさか……」

「交渉の結果。その一万挺の代金は、俺が払う、って事になりましてぇ……」


 ――謎 は す べ て 解 け た 。

 そう叫ぶや、ナローデの両足揃えた綺麗なドロップキックが俺の横腹に炸裂した。

 もんどりうった俺は格技場の玄関から転がり出て、今しも出発せんとしている荷馬車隊の前へとまろび出る。

 なんだなんだと停止し見下ろす隊商や侯爵達の眼前で、よろよろと子鹿の如く立ち上がる俺めがけて勢いよく、格技場の中からナローデが突進してきた。

 噛みつくような距離で止まり、指を突き付けひとつひとつ確認するように糾弾する。


「――それってつまり要するに! この一万挺もの銃の代金という大きな借金を返済する必要があるから! 単に殺されなかった、ってだけじゃないですかぁ!」


 どうすんですかそんな大金! 波多良さんのバカぁ(バカぁ)(バカぁ)と、エコーの効いた叫び声がハンブルグの空へ響き渡り、そして状況を察した隊商達が笑い交わした。

 馬上より俺達を見下ろしていた侯爵が、ニヤリと笑う。


「なに、覇王の業績に比べれば些細な額だろう。――死ぬ気で、払いたまえよ?」


 そうして、またしてもステータス画面から新着情報のお知らせが入った。


 二つ名:借金奴隷貴族 new!


「……波多良さんのバカぁ!(バカぁ!)(バカぁ!)」

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