第十二畜 蛮族流壮行式(町追放)

 聖騎士叙任より明けて翌朝。


「――さて、ケスパー・ハタラー。

 貴殿がわずか叙任一日で追放の憂き目に遭う理由を……理解しているかね?」


 俺は血走った目のキレやすい人々に囲まれ町の入り口、門前に立たされていた。

 横には退屈そうにあくびをするナローデも一緒だ。二人とも旅装である。


「くっ……理解……して……いるかね?」


 そして目の前の騎士爵はまたしても寝不足で倒れそうだった。

 横には若様おいたわしやと、ハンケチで涙を押さえる老執事の姿もある。

 つい最近見たばかりの光景に既視感を覚えながら、俺は答えた。


「たった一日で追放される理由ですか……。この町の皆さんが恩知らずだからですかね?」

「くっ……返す言葉もない……」


 うなだれる騎士爵とは裏腹に。俺の周囲を取り囲むキレやすい人々は早速手を伸ばし、遠慮なく聖騎士を小突きまわしてくる。


「恩人でも聖人でもなあ、オメーのせいで夜中も光り過ぎて一睡も出来なかったんだよ!」

「町が賊に襲われなくなる代わりに全町民睡眠禁止とかどんな民衆虐待だテメー!」

「いたいいたいやめてください」


 睡眠不足で導火線の短い人々の拳が届かぬ距離へと逃げる。そこはもう町の外である。


「そんじゃまあ、お望み通りに出て行きますけど。でも――どこの町住んでも、同じように『眩し過ぎて眠れない出て行け』とか言われたらもう人里じゃ暮らせないですよね? 聖騎士の聖ケスパーは今後一生野宿して暮らす感じですか?」


 あと、奇跡認定とか列聖申請とかした相手をさくっと追放してこの町の人大丈夫なんだろうか。聖教会騎士団とかから焼き討ちとかされたりはしないんだろうか。

 そんな懸念を口にすると、司祭は胃の痛そうな顔になり、騎士爵は苦笑して口を開いた。


「いや――じつは竜眼の光量は、そこに暮らす人口の多寡にも左右されるのだ」

「え、人口。じゃー例えば、同じ竜騎士の数でも、そこに住む人口が多い方が、竜眼の光が弱くなるとか……そういう感じですか?」

「うむ。厳密に言えば、その騎士の所管する地域の人口が、だがな。……だから、貴殿ほど飛び抜けた光をもたらす騎士であっても、人口の多い土地であれば歓迎されることはあれど、こうして追放の憂き目には遭わずに済むはずなのだ。――理解が早くて助かる」


 そう言うと、騎士爵はなんか巻物のようなものを差し出してきた。


「この国の王都――バイエルン。その、竜騎士師団本部への紹介状だ」


 なるほど。都へ行けというわけか。紹介状を持たせて、王都の本部に栄転として送り出すみたいな体を取れば、たしかに追放にはなり得ないしな。実際は町民全員の睡眠妨害のかどで追放刑にされるとこだけど。

 しかしそれよりも大事な事があった。


「えっ。この国、バイエルン王国って名前だったんですか」

「……貴殿。それすら知らなかったのか……」


 騎士爵の隣の司祭がやはり眠そうな顔で、数通の書状を差し出してくる。


「えっと――こちらは? 流れ的に、王都の教会聖騎士団本部への紹介状、とかですか?」


 訊ねると、司祭は気まずげな表情になる。


「すみません……。あなたの威光により町の周囲より賊は一掃されましたが、長らく王都との連絡は途絶しており。道中の安全はまだ、保障されていないのです……」


「――つまり。折よく王都へと向かう、この町の最大戦力に。各種申請書の運搬も託したい、と。……そういうわけだ」


 申し添えた騎士爵は苦笑しているが、それはつまり何を意味するのかというと。


「えぇ……。つまり、聖人認定申請も奇跡認定申請も、俺本人が自分でやるんすか……?」


 お偉いさんの居る教会本部から狂人扱いされて門前払いされる未来しか見えない。

 あと田舎町から紹介状を携えて竜騎士師団本部へ乗り込んでもやはり門前払いされそう。


「……ま、先に行って活躍しておきますよ。騎士爵も早く出世して、都へ来て下さいよ?」


 一応、推薦状をつけて送り出してくれる人に不安そうな顔を見せちゃ悪いなと思い、精いっぱいの強がりを口にしてみたが。

 騎士爵は逆に、胃が痛そうな顔になり、そして実際に胃の辺りを押さえた。


「本音を言えば私もついて行きたいところだがな。領地を離れるわけにはいかぬのだ……」

「……なんでそんな渋い顔なんです?」

「当たり前だ。貴殿を都へ送るのは、さながら――王のもとへ爆弾を放るようなものだ」


 そこまでかよ。ヒドくね。言い過ぎじゃね。


「礼儀をわきまえぬ貴殿が。その実力で王都の人間関係をさんざんに引っ掻き回した挙句。しかもその後見人として、私の名が存分に使われるのだと思うと……」


 あ。胃を押さえる手が二本に増えた。


「くれぐれも。家名に沿う振舞いをしたまえよ――ケスパー・ハタラー・ヴェセニヒ」


 騎士爵は俺の後見人を引き受けるにあたり、俺を親戚と偽って同じ姓を名乗らせた。

 与えられた名を呼ばれ、俺は後見人へ敬礼を返す。


「了解しました――義父上」

「義父(ちち)ではない。父のはとこだ。誰かに関係を訊ねられたらそう答えたまえ」


 俺の事は、疎遠になっている遠方在住の親類(はとこ)の子、という事にするらしい。一体どんだけ親戚面したくないんだよ。

 新生活を不安がっている事を察知したか、あるいはなけなしの罪悪感でも芽生えたか。周りを取り囲む寝不足町民たちが、ちょっとだけ気遣うような声をかけてくる。


「まあ――せっかく領主様が親戚って事にしてくれたんだ。それに、盗賊どもも戻ってくるかも知れないしな……都会生活に馴染めなかったら、たまには帰省してもいいんだぞ?」


 独り立ちする子供を見送る故郷の親かよ。


「ただし――お前が帰省する時は、眩しくて寝れないし、町外で野宿してもらうけどな!」


 わっはっは、と一斉に笑う鬼畜町の鬼畜民達。

 故郷ってあったかいなあ。(焼き討ちしたらとてもよく燃えそうだという意味で)

 これだけ励まされて、気弱な事なんて言っていられない。俺は皆に決意を打ち明けた。


「みんな……! 俺、王都でも頑張るから……! 頑張って、必ず出世する! そして、絶対に――この町の税金だけ三倍にするから!」

「「「わはははは!おもしれえ!できるもんならやってみろ!」」」


 町の人々の罵声と共に、旅立つ二人へ果物が雨霰と投げつけられる。蛮族流の餞別かな。飛んできたオレンジやバナナをキャッチしてナローデに手渡す。道中で食べよう。

 俺は果物をしまうナローデと顔を見合わせ、共に頷いた。

 揃って、果物を投げ終わった体勢の暴徒たちへと向き直り、一礼する。


「「じゃあ――行ってきます」」


「「「行ってこい!向こうでも頑張れよ!わはははは!」」」


 騎士爵がまっすぐにこちらを見た。


「貴殿の益々の――ご清栄ご活躍を。心より――ご祈念申し上げる」


 二度目の不採用通知であった。それホントやめろ。

 俺達が町を離れれば、まるで睡眠を拒絶するように光り輝いていた町の地面がふっと光量を落とし、人々は揃って安堵の溜息を洩らす。

そして、日が昇る前にひと眠りするため家路を急ぐ人や、その場で立ったまま眠り始める人で、辺りはごった返すのだった。




「……色々ありましたけど。まあ……いい町、でしたかね?」


 遠くなった町の入り口を振り向いて、ナローデがそっと呟く。

 俺はけっして振り返らずに、王都のある方角だけを見据えて歩き続ける。


「ナローデさん――俺……」

「はい?」

「……俺。いつか絶対、あの町を焼き討ちしてやるんだ……!」

「そんな、主人公みたいなキラキラした目で魔王みたいな復讐を誓わないで下さい」


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