第九畜 こどもにもよくわかる苦酒

 あれからしばらく。指揮を引き継いだ俺は、とりあえず町の周縁に沿って森の中に兵を走らせ、似たような野営地を片っ端から叩いていた。指揮とか正直よくわからん。

 風体こそ同じ山賊風だが、魔法障壁を展開できる敵すら居らず、軽く一当てするだけで、火炎や氷塊に追われあっけなく逃げ崩れる敵は正直歯ごたえがなく。俺は慣れない馬上に考え事をするに至っていた。

 こまかい指示をいちいちせずとも、竜騎士達は敵を見つけ突撃破砕してくれる。

 それは目的がはっきりして、組織がしっかりして、命令系統がかっちりしているからだ。

 だがもしも、そうでなかったとしたら? その時は、どうなるのだろう?

 目的を見失い、組織はばらばらで、命令系統も寸断。そんな状況へ陥ったとしたら――


「……波多良さん?」


 考え込んでいる俺の様子を見てか、横に滑り込んできたナローデが身を乗り出して囁く。


「疑っているんですか?――あの騎士爵を」

「んや――」


 虚をつかれ、つい肯定とも否定とも取れない答えを返してしまう。

 俺は横目でナローデを見た。さすがに、いっつも物語考えてるような奴は話が早いな。


「……組織ってのは。トップを見れば、大体わかるもんです」


 異世界に社畜の理屈がどこまで通じるか判らないが、とりあえず俺の見解を話してみる。


「この町の連中が敵の包囲下にありながら、どいつもこいつも妙にのほほんとしてるのは。

 十中八九――あの騎士爵が、奴らの代わりに常に気を張って、厳しい事を言ったりやったりしてやっているせいでしょう。そう思います」


 周りの連中には聞こえないよう小声で、俺なりに見た町の現状を述べてゆく。


「まあ、言ってみればあの騎士爵――領主は、のんきな町にとって憎まれ役なわけですよ。

 でも。きっちり仕事回していくなら、どこの組織でも絶対に必要なもんなんです」


 俺は脳裏へ、憎まれ役や鬼軍曹役をむざむざ辞めさせた挙句、ヌルい仕事しかできなくなってあっさり潰れていった数多の同業他社(せんゆう)たちを思い浮かべる。


「憎まれ役をやりながらあれだけ町の人に好かれてるってのは……まあ、よっぽどですよ」

「よっぽど――裏の顔があると?」


 なんでだよ。違うよ。


「……よっぽど積み重ねてきた、ってことです。堅物らしく、真面目にコツコツ、信頼を築いていったんでしょう」

「ああなるほど。波多良さんと同じで不器用な生き方しかできない社畜ってことですね?」

「おい。楽に書いて社畜から印税巻き上げる事しか考えてないなろう作家少し黙ろうか?」


 言葉のボクシングを交わしてから(ナローデの精神抵抗力がまた微増した)、ひとつ溜息。


「……で。そういう真面目な人が、町を包囲する悪党をそのままにしておく――ってのはたとえどういう事情があるにしてもやはり、不自然な印象を受けるわけです」


 パイセンさんは「(軍人や冒険者含む)民に被害を出したくないから」と言ってはいた。

 そして「大規模な討伐作戦はこれが初めてだ」とも言っていた。

 しかし。パイセンさんを迎え撃った敵は、パイセンさんとは戦い慣れた様子だった。

 つまり。小競り合い程度ならば、戦いはこれまで幾度も発生していたことになる。


「……斥候のスキルが豊富らしいパイセンさんがしょちゅう交戦していた事から考えると。偵察や斥候だけは定期的に送っていたんじゃないか、と思うんですね。討伐はしなくても」


 偵察役が交戦しまくっていいんですか、と言いながらナローデは辺りの兵を見回す。


「うーん。兵力が少なすぎて、討伐にまで手が回らなかった、とかじゃないんですか」

「――そう。それです。ナローデさん賢い」


 俺はびしりとナローデを指さした。


「いえ、普通に考えただけですけど……」


 ナローデは顔が赤い。真正面から褒められて照れてるのか。褒められ慣れていないのか。


「町側、というか騎士爵側のスタンスは、それでもいいと思うんですよね。

 でもじゃあ逆に。『覇王の亡霊』でしたっけ――大軍を擁する、包囲側は?」


 ナローデは視線を宙にさまよわせる。


「まあ……普通に考えたら。兵力が多いんだから、町を攻めに行くんじゃないですか?」

「そうですね。でも町を包囲するだけで、攻めている様子がない。……何故でしょう?」


 俺は焼かれた跡ひとつない、平和な町の様子を思い出しながらさらに訊ねる。


「そりゃまあ……町の様子がわからず、こちらの兵力を多く見積もっているとか?」

「昨日流行ったばかりのソーセージマルメターノがもう野営地に転がっていたのに?」

「――あ」


 包囲側はおそらく、町に人を潜り込ませるとか、何らかの方法で常に町を探っている。


「うーん……じゃあ……竜騎士連隊の戦力を高く評価している、とか?」

「つい先程。森に突入してすぐの緒戦で、いきなりけっこう苦戦しませんでしたか?

 竜騎士の攻撃を防ぐ程の、強力な魔力障壁を展開し得る術者はそう居ないと聞きました。

 ……あれは町からの出撃を見越した、伏兵だったんじゃないですか?

 たしか騎士爵も呟いてましたよね。『動きを読まれている』と」

「――あ」


 包囲側は騎士爵と既知かどうかは知らないが、ある程度手も読めるし、また竜騎士の攻撃への対策も行っている。『覇王の亡霊』はもともと敗走兵、軍人崩れらしいし。


「んー……それじゃ……大軍で包囲して、相手の降伏を待っている、とか?」

「あの騎士爵相手じゃそれは難しいでしょうね。手が読めるくらい相手を知っているなら、なおのことその方法は採らないでしょう」

「あー」


 すでに野伏せり追いはぎと合流した悪逆非道の敵に、民を護る貴族様は降伏せぬだろう。


「んー……実は密約ができてて、町を攻めない代わりに町の外での暴虐を見逃す、とか?」

「もしもそうならどちらの陣営も偵察なんて一切しないんじゃないですか。必要ないし」


 うーんわからないですね、と顎に手をあて考えるそぶりをしつつこちらをチラチラ見るナローデは、さっさと答えを言え、という顔である。


「――ていうかナローデさん。やけに騎士爵を悪役にしたがりますね?」


 ざまぁ対象だからもっとざまぁしたくて、相手をわかりやすい悪役にしてとっちめる事を望んでるんですか、と身も蓋もない事を訊ねると、なんか呆れたような顔を向けられた。


「『ざまぁ』すべきはそもそもわたくしでなく、『ぐぬぬ』された波多良さんの方でしょう。――昨日、屋敷であれだけズバズバ言われて腹立たなかったんですか?」

「いや全然」


 貴族が正論述べてんなーくらいの感想である。


「――せっかく異世界転生してきたのにちょっとはしゃいだくらいで牢ぶち込まれて腹立たなかったんですか?」

「いや全然」


 俺らだってまあ、現実世界に異世界人が転生してきてヒャッホーと騒いで交番に連行されてても別に同情はしないだろう。郷に入ったら郷に従えである。


「…………」


 ナローデは何やら力をためている。えっ待って攻撃してくる気ですかこの人。


「波多良さん何でそんなめんどくさいんですか……。シンプルに主人公しましょうよ……」


 しかし飛び出したのは攻撃力倍の一撃ではなく、脱力ぎみの溜息であった。疲れてるな。

 俺は頬をかく。


「あー……プロの人にこういう事あんまり言いたくなかったんですが……

シンプルなストーリーライン、わかりやすい悪党、絵に描いたようなざまぁ。

教科書通りのお手本のような物語が刺さるのって、たぶん――学生や新卒社会人か、せいぜいが歴の浅い社畜あたりまでじゃないかと思うんですよ」

「え。波多良さんテンプレ否定派なんですか? 物語を気楽に楽しめない人?

テンプレこそ。王道にして、最も多くの人の心に訴えかける物語である。波多良さんはそういう風には思わないんですか? 逆張り大好きな人ですか?」


 なんかものすごい反撃が返ってきた。俺は苦笑する。


「いやー、別にそれが間違いだとは思わないんですが。

神様やナローデさんが作ろうとしている物語の想定読者層は、もう本を手に取らなくなった、想像に救いを求めなくなった社畜なわけですよ。言わば『深部社畜』なわけですよ」

「深部社畜て……」

「深いところへ潜っていってしまった人間に手を伸ばすには。

やっぱり――深いところへ潜るなりの、相応にひねくれた物語が必要だと思うんですよ」

「すみませんちょっと何言ってるかわからなくなったんですが?」

「分かりやすく言うなら、まあ――ビールの苦みですね」

「もっと余計に分からなくなったんですが?」


 俺はつとめて笑みを浮かべ、広場で味わったあの一杯を思い出す。


「一昨日。ナローデさんと一緒に、広場で黒ビール飲んだじゃないですか?」

「急にすっごく話が飛びますね……?」

「あの黒ビール美味かったですね。ナローデさんも美味しそうに味わってましたよね?」

「ええ、まあ。はい」

「子供の頃甘いジュース飲んでて、どうして大人になったら苦いビール飲むんですかね?」

「え。そりゃ……アルコール入ってるからじゃないんですか?」

「甘いアルコール飲料もたくさん売ってますよね。

でも、現実世界で一番売れる酒ってやっぱりビールですよね。小売店でも居酒屋でも」

「え。えっと、大人になると甘いものは太るから……?」

「ビールも普通に太りますよね」

「え。じゃあ、一番ありふれてて安いから……?」

「一番ありふれてて安いのは、皆から求められた結果だと思うんですよね」

「え。それじゃあ……大人になって、味の好みが変わるから……?」

「苦いものが食べられるようにはなっても。苦いもの好んで食う人は多くないでしょう。

結局――ビールを普通に飲めるようになるのは。皆が苦みに慣れるせいだと思うんです」

「苦みに、慣れる……?」

「ええ。ほら例えば、飲み会で乾杯する時、最初の一杯って大体、ビールじゃないですか」

「また話が飛びますね……まあ、ハイ。さっさと飲み会始める為に大体そうなりますよね」

「カンパーイって一口飲んで、皆だいたい『あぁ~』とか、うめくじゃないですか」

「アレうめいてたんですか。おっさんくさいですね」

「やかましい。あのときの顔って、美味さを感じている表情じゃなくて、親しい苦みを思い出している、慣れた苦みを再確認している、言ってみれば実家のごとき苦々しさに帰省しているような――そんな表情だと思うんですよね」

「帰省て。いや知りませんよっていうかそんなの考えたこともありませんよ……」

「つまり。社会生活の苦痛。会社生活の理不尽。社会人生活の苦衷。そういったものに知らず知らずの内に慣らされることで、われわれは無意識のうちに、世にありふれた苦みであり、そしてアルコールとして浮世の憂さを忘れさせてくれる、ビールという本来否定すべき存在を受け入れ慣れていくんじゃないか。――そう思うんですよ」

「波多良さん学生時代どういう居酒屋でバイトしてたんですか……?

たかがビールでそんなご高説垂れる人初めて見ましたよ……」

「――まあ、何が言いたいかというと。

べたべたに甘いだけの、リアリティという苦みのない物語では。神様やナローデさんが釣ろうと狙っている読者層――深部社畜層は釣れないんじゃないですか、って話ですよ」

「強引に結論へ持って行きましたね……」


 まあご意見は承っておきますよ、と軽く流すナローデだが、俺の見解は無視できないはずである。

 なぜなら。社畜を経験せぬまま、社畜主人公の異世界転生ものを書いて飯を食ってきたナローデは、それゆえにあまり売れなくなってきて、そして神に声を掛けられて新機軸の(深部)社畜主人公異世界転生ものを書くことになったからである。

 しかし深部社畜の精神性が理解できないからこそ、俺に主人公役をやらせた。

 深部社畜そのものである俺の意見は、たとえ神であっても無視できないはずだ。


「……クックック……」

 

 そう。この物語の筆者たるナローデはもっと、社畜について学ぶ必要があるのだ。

 お前も社畜を知るんだよ……!

 俺たちが会社で苦労してきたように。お前も苦労するんだよ、なろう作家ぁ……!


「波多良さん? なんで人の足元を見ながら片頬をゆがめて邪悪な笑みを浮かべてるんですか?」

「――いえ別に何も」


 俺はのぞかせた暗黒面を一瞬でしまうと、いつものさわやかな笑みを浮かべてみせた。


「うさんくさい笑顔ですね……。いったい何を企んでるんですか……?」


 しかし性根ごと見抜かれていた。ふっ、慧眼な作家様だぜ。

 だいたい察したらしいナローデは、つくづくろくでもない世の中ですね、と呟いた。


「いやぁまったく本当にその通りですね‼」


 今度こそ本当に心の底から正真正銘の笑顔を浮かべ、俺はナローデの見解へ同意する。

 きっと今の俺は。まるで、ビールを口にした時のような――そうそうこのクソっぷり、いつもの住み慣れたスラムに帰ってきました、やっぱりわが家が一番ね!――みたいな表情を浮かべているに違いない。

 そんな俺におぞましいものを見るような眼を向けてから、ナローデはここまで長いこと放置され続けた疑問の解答をはやく答えやがれと促してきた。


「で。――結局、騎士爵は悪党じゃあないんですか? それに敵の目的は何なんですか?

 たかがビールの話に原稿用紙十枚も費やさないで下さいよ……。読者飽きますよ……」

「おっと。もともとはそういう話をしていましたね。では簡潔に。

 騎士爵は敵と通じてはいないが、会いたくない知人ではある――ってところでしょう。

 敵の目的はおおかた、単純に町を攻め落としてしまうとあっさり見つからなくなるような――そんな何かを、探っているんだと思いますよ」

「ちょっ、待って下さい! 順番に! 一個ずつ! お願いします!」


 整理できず慌てるナローデは、こっちの説明に枚数使えや、と言わんばかりの顔である。


「これまで自身が出撃するような討伐作戦に及び腰であったり。あるいはつい先程のように、いざ戦に及んでも指揮を人に任せあっさり退いていった点がどうも、騎士爵の人物像とそぐわないので。多分――誰か顔合わせたくない相手が近くに居るんだと思いますよ」

「120字! 短すぎですもっと長く! で、敵の目的は、より具体的には?」

「ああそれは――騎士爵がすぐ退いていった理由や、討伐作戦で町を空けようとしない理由とかと被るんですけど。多分、町のどこかに大切なものを隠してるんだと思いますよ?

それも、普通に山賊が町を襲ったくらいじゃ出てこないようなわかりづらいところに」

「また120字! もっと長々説明して! 緩急激し過ぎて読者付いてこれないから!」


 俺は町の方角を振り向いた。想像通り、町の中心あたりから一筋だけ煙が昇っている。


「え……何ですかあの煙?」

「いやぁ敵の立場でも考えてみたんですが――『覇王の幻影』てのは軍隊くずれという割に、確かに魔法の腕利きではあるが、およそ軍人らしからぬ理由であっさり逃げ去るような手勢を、伏兵として配してたように見えたんですね。格好も山賊と変わらなかったし。

山賊盗賊と合流したって話も聞いてましたし。町の外で残虐行為が繰り返されてるって話も聞いてましたから……もう組織としては瓦解してて、十分な士気も保てなければ満足な指揮も及ばなくなってたんじゃないかって思うんですよ。でそういう兵を、指揮官がせめてどう役立たせるかって考えると――もう、捨て駒とか時間稼ぎくらいにしか使えないと思うんですよね。だから、もし敵に本当に町での探し物があるのならば、下っ端を囮に使って町の戦力を町外れの森へ引き付け、時間稼ぎをしている間に少数精鋭で町を襲って目的のブツを探すんじゃないかって思ったんですよね。だからあの煙たぶん領主館あたりが襲われてんじゃないかなって思うんです」

「今度は長いけど速い! 展開速過ぎるし説明も速過ぎ! 読者置き去りにすんな!」


 俺は馬首を巡らせた。


「――じゃ、行きましょっか?」

「ビールの話じゃなくてこういう場面にこそじっくりたっぷり枚数使えやぁ!」

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