第八畜 竜騎士従士の初陣(ざまぁパート)

「非常に不本意ながら……本日より、貴殿の従軍を認めることとなった」


 苦々しげにそう告げた騎士爵は大変な仏頂面である。俺はおとなしく頭を下げておいた。

 横のナローデはお手本のようなざまぁ面をしているが、俺がそれをやる訳にはいかない。

 なぜなら今は軍務の最中だからだ。うっかり誤射で名誉の戦死させられてはたまらない。

 ちなみに現在は、町を囲う森に跳梁跋扈する敗走兵くずれ……通称「覇王の亡霊」の討伐掃討作戦中であり、町はずれの森へ向け、独立混成竜騎士隊を進軍させている所である。


「……貴殿は本日付けで従士身分とし、正竜騎士の補佐をその任と定めるものとする」


 ぱからつぱからつと馬を進ませる軍装の一団には、正竜騎士、準竜騎士、従士の三兵種が混在している。慣れぬ乗馬に苦戦しながら、俺は騎士爵の背へうなずいた。


「ならびに。――連隊長副官を命ず」


 竜を象った、ひときわ立派な鎧の背からその言葉が発せられると。騎馬の一団に音もなく衝撃が走るのがわかった。

 驚き顔を見合わせる者。当然かとうなだれる者。――俺の胸の冒険者証へ目を向ける者。


(まあ……こうなるよなあ)


 きのう作ってもらったばかりの冒険者証は最低ランクのF、青銅等級の鈍い輝きを跳ね返している。広場の酔っ払い達の満場一致で俺の信頼回復は認められ、そして騎士爵も渋々それを認めたものの、しかし俺の身元引受だけは断固拒否してみせた。

 仕方なく俺はギルドで冒険者登録し、依頼をひとつこなし(併設酒場の親父が依頼主で『ソーセージマルメターノを百本作れ』だった)、身分証として冒険者証を作ってもらった。

 今の俺は冒険者カスパー・ハタラーである。

 貴族ではない平民扱いな上、冒険者は職業軍人ではなく軍属扱いとなる為、軍務に参加する場合も当然ながらそれほど高い地位にはつけられない。

 しかし一昨日の騎士爵……連隊長とのタイマンバトルで、大勢の人々が、正竜騎士を相手にたかが手紙で互角に渡り合う俺の姿を目にしてしまった。

 となれば身分は下っ端、しかし実力は十二分、という扱いに困る立ち位置となる。

 それゆえの――従士でありながら連隊長副官、という奇妙な人事発令なのであろう。


「へっへ! 連隊長副官たぁ大した出世だな! [隠し子]、おめーはギルドの誇りだぜ!」


 微妙な空気の中、空気読めない悪党面の人が馬を寄せ肩を叩いてくる。たぶん天然だな。


「俺も先輩として、おめーに恥ずかしくねー戦果を上げねーとなあ!」


 モヒカン頭に鋲打ち革鎧のこの人は別に討伐対象ではなく、冒険者のパイセンさんだ。

 軍の階級では大尉にすぎないはずの騎士爵が連隊長まで務めているのは、上官も先任も全員戦死したかららしい。単独での軍事行動が難しい程、連隊も定数割れが著しいと聞く。

 足りない戦力を補うため、冒険者ギルドに依頼し古参冒険者を作戦行動へ伴う異例は、もうこの町に限らずあちこちで常態化していることらしい。

 気づけば俺の周囲には先輩冒険者の皆さんが集まってきていた。


「とはいえ[隠し子]。このパイセンって男もなぁ、名誉準竜騎士位を賜っているんだぜ?」

「おいやめろや恥ずかしいべ――」

「そのうえ、二つ名持ちときた。……一体どれだけ活躍してきたか、わかるだろ?」

「やめろって言ってんべや――」


 へー、と素直に感心する俺を見て、冒険者だけでなく周囲の軍人までもが笑い出した。

 むろん意味がわからない俺は首をかしげる。ニヤニヤ笑いで語られたことといい、何かあるのだろうか。


「――おっほん。そろそろ、従士の務めの説明をしても宜しいかな」


 割り込むように馬を乗り入れてきたのは、老執事――もとい、老従士だ。

 そういえば広場での戦いのときも、主の傍らに控えていたように思う。


「騎士区分ではないからといって……従士の仕事が楽だと思ってもらっては困るぞ」


 老従士は手に捧げ持つ長銃を示し、応えた俺も背中から銃を一丁引き抜く。


「ドラグーン――竜騎士の主力火器。魔術兵装『ブランダーバス』という」


 銃身を中折れさせ四連弾倉に後装式の弾を入れ替えると、弾丸の色が異なるのがわかる。


「魔術兵装は、使用者の魔力を底上げし放つ魔術補助具である。ただしその用途は個々に限定されるため――属性弾、属性銃。それぞれ使い分ける必要がある」


 俺も老従士も背中に四本ずつ銃を背負い、いつでも引き抜けるようにしてある。


「従士の役目は、主が攻撃を行う際、適切な兵装をととのえ用意しておく点に尽きる。

 標的に最も有効な銃を用意し、弾が尽きたら別の銃を渡し、空の弾倉へ装填を行う」


 手本としてめまぐるしくリロードしてみせた銃弾は四色。そして背中と両手で器用にハンドリングしてみせた銃もまた四本。それぞれ、色味から見て地水火風の属性か。

 俺は挙手した。


「質問です――銃と弾の色が異なる場合、それを撃ったらどうなりますか」


 老従士がじろりと俺を睨みつけた。


「説明はそこからか……。魔力の属性威力が大きく減殺されることになる。


 装填間違いでもしない限り、銃と色の違う弾丸を装填することはあまりない。

 強いて言うなら。不明な敵装甲への有効打を探るときなど……全色を弾倉に込め、全弾撃ち込んで反応を見たりはするがな」

 これを虹装填という、と蘊蓄を語る老従士に、俺とナローデはくすりと微笑する。


「――ちゃんと聞いているのか。虹装填、と命ぜられたら即、四色弾に換装するのだぞ」


 ああ。こちらが選んで渡すだけじゃなく、主人の竜騎士から指示されることもあるんだ。

 まあ戦いだし当然か。どんな状況だってあり得る。


「……若様。このような素人を戦場に連れていって、本当に大丈夫なのですか……?」


 懸念を口にする老従士の跨る騎馬は、町はずれの森を目指している。治安を脅かす不逞の輩が陣を張る――と言われるその一帯を掃討制圧するのが、今回の作戦目標だ。


「――実力については。つい一昨日、お前も目にしたはずだ」


 振り返りもせず答える鎧の背は、騎乗しながらもまるで上体が揺らがない。相当な乗馬経験はそのまま、豊富な戦場経験によるものなのだろうか。

 パイセンさんが馬を寄せ、そっと耳打ちしてきた。


「……騎士爵様はなあ。町の周りをうろつく連中なんざ簡単に蹴散らせるのに。これまで討伐作戦はずっと避けてきたんだ」


 優しい人なんだよ、とパイセンさんはモヒカンを揺らしてみせる。


「他でもねえ、俺らの損害を抑えるためだ。どれだけ町の外の悪党を打ち破ろうと、肝心の町を護る戦力や民そのものに大きな被害を受けてしまっては、意味がねえ――そう主張して、町の外へ撃って出る事はしなかった」


 そんなお人がいきなり出撃しようって言うんだぜ、とパイセンさんは斧を担ぎ直す。


「お前――相当、期待されてんぞ?」


 がんばれよ、と肩をどやしつけ離れていくパイセンさんに、初めて騎士爵が振り向いた。


「パイセン名誉準竜騎士――作戦中の私語は慎みたまえ」

「……はい! すいやせん!」


 怒られちまった、みたいなおどけ顔をこっそり向けてくる悪党面に、俺もナローデもつい笑顔になった。

 ちなみにナローデは俺の従者という立場でついてきている。従士の従者とはややこしい。

 従士の装備は、竜頭を象った派手な兜に銃と弾入れ、それだけである。胸甲すらない。

 準竜騎士は胸当てに部分鎧と、まるで軽騎兵のようないでたちだ。一人例外はいるが。

 正竜騎士は竜を象った全身鎧に身を包む重装甲で、可動域がひどく少なそうに見えた。これでは確かに、従士の補助を受けねば銃の再装填すら覚束ないだろう。

正竜騎士には従士が一人以上付くが、準竜騎士には付かないらしい。

 冒険者ギルドから雇われた面々はその殆どが従士としておのおの銃を担ぎ、弾を蓄え、正竜騎士の傍らへ控えている。冒険者らしい不揃いの武器もそれぞれ携えている。

 この編成でだいたいの役割分担がわかった気がする。おそらく正竜騎士は、機動力のある重装甲火力として、有力な敵に正面からぶつかる役目だろう。現代戦で言うと戦車かな。

 従士はその補助をつとめ、たぶん近接防御も担当する。戦車随伴歩兵みたいな感じかな。

 準竜騎士はたぶん、より小回りの利く火力として、敵を回り込んだりあるいは回り込んでくる敵へ対処するような、遊軍をつとめるのだと思う。軽戦車とか歩兵戦車あたりかな。

 その中でひとりだけ明らかに浮いた格好なのが、斧を担いだ世紀末鎧のパイセンさんなわけだが、この人は一体どういう役割なのだろうか。秘孔を突かれる役?

 俺の視線に気づくと、パイセンさんはニヤリと笑い、斧の刃をべろりと舐めた。ヤベえ。


「……いでえ!」


 しかも舌を切ったらしい。揺れる馬上でそんな小悪党ムーブするから。


「お。【感知網】に感あり。左前方、距離百、数二十。――さっそくのお出ましだぜ」


 先鋒、一当てしてめえりやす。言い残すと、パイセンさん(吐血)は森へ姿を消した。

 パイセンさんはああ見えて多種なスキル持ちで、斥候タイプの冒険者らしい。

騎士爵が無言で右手を上げると、静止した馬列は頭を巡らせ、森の中へと踏み入る。


「――会敵!」


 ほどなく先頭より声が響き、遅れてついていく俺は人馬の隙間より前方の様子を伺った。

 森の中にぽっかり開いた小広場のような場所、山賊めいた格好の男たちが二十名ほど。騎馬の襲撃に慌てふためいている。視線の先にいるのは単騎掛けのパイセンさんだ。


「スキル【鑑定】――ん? コイツ、例の二つ名持ちだっ!」


 どうやら山賊の一人がスキル持ちらしく、両眼をぎらりと輝かせると結果を仲間へ叫ぶ。


「性懲りもなくまた来やがって! 二つ名通りにしてやれっ!」


 何度も戦った相手なのだろうか、笑みを浮かべる山賊達は手馴れた様子で迎え撃つ。


「スキル【アクス・ボンバー】!」


 先手を打ったのはパイセンさんだった。馬上に戦斧を一薙ぎすると、振り抜いた軌跡の先にある森が、帯状に大爆発を起こした。敵は――ひとりも減っていない。


「相変わらずのノーコン野郎が!」


 防御体勢のひとつも取らなかった敵は、すみやかに反撃の砲火を放った。銃弾に魔法に弓矢にと、一瞬にして集中砲火を浴びたパイセンさんと鎧騎馬は、悲鳴の合唱をのこして忽然とその場から消え失せた。何らかのスキルで撤退したらしい。撤退早過ぎひん。


「ははっ! 出直して来いやぁ、『反面教師』!」


 あ、それが二つ名だったんだ。嘲笑し慢心する山賊達の眼前、森の奥より本隊が現れる。


「先鋒、名誉準竜騎士の尊い犠牲に! 敬礼!」


 騎士爵がそう号令を掛けると、みな手馴れた様子で馬上に敬礼を決める。これひょっとしていつもの事なのか。パイセンさん扱いひどくね?

 パイセンさんが敵火力を引き付けた隙に乗じ、竜騎士達が迎撃も受けずに突進する。


「……交叉! 撃てェッ!」


 竜騎士の戦い方は一撃離脱だ。揺れる馬上で狙いをつける馬上筒はとにかく当てにくい。四発籠めで四連砲筒のうえ、被弾範囲を広げてあるブランダーバスはとんでもない砲口のデカさだが、しかしそれでも当たりにくい。当てるためには接近し、散弾銃を撃つように面制圧をするしかない。それゆえの騎馬の高機動力である。敵陣に対しては射撃後即反転、薄い敵戦列に対しては敵兵の合間を駆け抜け射撃を浴びせる突破攻撃がセオリーである。今回は二十名程度の山賊が相手なので後者の攻撃手段を採るわけだ。基本戦術は昨日、従軍が決まってから遅くまでさんざん乗馬の稽古をさせられた際、きっちり叩き込まれた。

 流れる視界に顔の見える距離まで近づき、騎士爵をはじめとする竜騎士達が発砲する。広場を属性弾の輝きが埋め尽くす。見る間に四発撃ち尽くし、弾倉が空になる。敵戦列を駆け抜けてふたたび木立の中へ分け入り、巧みに木を盾にして敵の応射を防ぐ。

 敵の応射が一段落した頃、騎士爵は馬首を反転させた。

 即座に老従士が空の銃を受け取り装填された銃を渡す。俺ももう片方の手に渡した。

 騎士爵は面頬の奥よりじろりと視線を注いだが、何も言わなかった。

器用に両手で二丁の銃を構え、肘に引っ掛けた手綱で馬を操り、ふたたび走り出す。

 反転再突入だ。森が途切れ、先程の広場がふたたび見えてくる。しかしそこにあった光景は――想定していたような、騎馬突撃にもろくも破砕された山賊たちの姿ではなかった。

 いずれも、身体の前方へ光る防護膜を展開し、さしたるダメージを受けたようにも見えない山賊たちは――見かけとは裏腹に、防御魔法の凄腕ばかりを集めたものだろうか。


「動きを。読まれているな……」


 疾走する白銀鎧の背より、そんな呟きが漏れ出る。

 首を傾げる間もなく二丁の属性銃から放たれる閃光と轟音。竜騎士の中ではもっとも魔力が高いはずの連隊長が、炎弾を八発撃ち込んでようやく一人の魔法障壁を打ち破り、広場外へと吹き飛ばした。藪に沈んだまま起きる様子もない敵は、おそらく魔力切れだろう。

 連隊長でこの体たらくでは、恐らく他の兵達には敵を撃破などできなかったはずだ。

 二度目の交錯はそれなりに応射も浴び、先頭の正竜騎士達の鎧にも敵弾が跳ねた。

 二回目の突撃を終えて早くも、騎士爵は苦しげに上体を折っている。体力切れではない。魔法障壁破壊に全力を出し、もう魔力が尽きかけているのである。敵もまたガントレット……防御用らしき魔術兵装を使用し、あの障壁を展開していた。攻撃には使用していない。

 おそらく。この布陣は、町側の戦力との最初の衝突が発生するだろうこの地点にて、竜騎士達の魔力を消耗させる狙いがあるに違いない。先程の呟きはそういう意味だろう。

 老従士は一瞬気遣わしげな顔をしたが、また空の銃を引き取り装填された銃を手渡す。

面頬の奥より視線を感じた。騎士爵がこっちを見ている。


「何をしている。――さっさと若様へ渡さぬか」


 反対側から首を伸ばした老従士に促され。もう一丁の空の銃を受け取り、装填を済ませた銃をつらそうな騎士爵へ渡しかけたところで――俺はその銃を引っ込める。


「……小わっぱ?」


 不審に眉を上げる老従士を置き去りに、俺は馬首を翻し単騎、走り出す。

 兜の奥の物言いたげな視線の意味は、きっと。


[貴族はその行いの尊さによって貴族たり得るのだ。――民を護るからこそ貴族だ]


 この身に流れると「自分で」主張する、青い血の真価を「自分で」示せということか。

 揺れる馬上で空の銃に四色の弾を装填する。さっき教わったばかりの虹装填だ。

 騎士爵へ渡しかけた銃の弾も虹装填にて入れ替える。脳裏に、さきほど一瞬見かけただけの、山賊達の展開する色とりどりの障壁を思い浮かべる。

 弾は四色。障壁も四色だった。茶、水、赤、緑。おそらく属性的に地水火風。

 茂みを突っ切る騎馬の疾走音に、森の先、広場にいるはずの山賊達が語気あらく言葉を交わしている。おそらく反転再突入が早すぎるとか言っているのだろう。そりゃそうだ。俺一騎だけなんだから。

 下生えを突き破って広場に出ると、警戒する敵のど真ん中へ飛び出した。

 いきなり視界へ飛び込んできたのは広場中央、横一直線に渡された色とりどりのゴールテープのようなもので、一瞬混乱するものの、横一列に並んでそれら――障壁を展開し続ける山賊どもの姿を見て、だいたい敵の意図を察する。

ついさっき、二度目の突撃で障壁を打ち破れたのがただ一人であった事から。この手こそ有効であると考えたのだろう。

山賊どもがそれぞればらばらに展開していたはずの色とりどりの魔力障壁は、まるで騎馬突撃を阻むよう横一列に連結し展開されていた。移動しながらの当てにくい射撃を命中させ、しかも障壁を破砕するに足るだけの威力を出し得なければ、突撃騎馬群はロープめいたその障壁へと突っ込み、そこで転倒落馬や突撃の停止は避けられぬだろう。

 ただ防御を続け、消極的な迎撃でこちらを消耗させるのみではなかった。

 敵もまた、こちらを一網打尽にする手を打ってきている。

 もし視界の開けた平地で同じことをすれば、難なく迂回されるだけで終わっただろう。だが分厚い森に視界を阻まれ、その罠を察知しているのは先駆けした、俺ひとり――


(……右から青、緑、黄、赤。……左から赤、黄、緑、青――よし!)


 俺は二丁の属性銃を持ち上げ、カラフルなゴールテープめがけてぶっ放した。

 標的の魔法障壁の色。四色の属性弾を装填した順番。発射される順番――いっぺんに考えながら、発砲の反動で身体は左右に大きく揺れあやうく落馬しかける。


(よし、じゃねえよ全然違うじゃねえか)


 自信満々に撃っておきながら、魔法障壁に着弾した属性弾の色はめちゃくちゃだった。

 しかし、障壁破壊に効果的な反対属性をぶつけたわけでもないのに、障壁は破壊される。

 山賊どもの驚愕の表情を見るに、魔力を籠めすぎたのかも知れない。

 あと全弾撃ち切った時点で属性銃も暴発した(二丁とも)。テッポウユリみたいになった。

 これまた魔力を籠めすぎたのかも知れない。

 破壊された障壁を維持していた山賊も広場外まで吹き飛んでいき、あとには穴だらけのゴールテープと残りの山賊たちと銃の残骸を構えた俺だけが残された。丸腰じゃん俺。


「よ……よし、敵は武器を失ったぞ! 今こそ全員で――」


 あっヤッベと思った瞬間、どこかから銃の残骸が出現し、叫んだ山賊へ回転しながら飛んでいって障壁を破りその顔面にぶち当たった。そのまま倒れる山賊。我ながらひどくね。


「くそっ! 何だこの規格外の魔力量は! 弱点だ、弱点を狙え!」「おお!」


 手持ちの銃をがちゃがちゃ装填しながら叫ぶ山賊に、応えた一人が眼を光らせる。


「スキル【鑑定】――なにぃ⁉ 二つ名どころか、五つ名持ちだと⁉」

「五つ名⁉ それほどの功績……まさか! あの若さで、先の征陸大戦の英雄か⁉」


 驚き顔からするに、二つ名などは功績に応じてつくものらしい。何で四つもあるんだ俺。

 スキル持ちの山賊が畏怖をこめて、その五つ名を読み上げてゆく。


「『隠し子』『難燃紙の魔術師』『料理界の革命児』『ソーセージマルメターノ』……」


 あー。ゲームでいうところの、トロフィーや実績解除みたいなもんなのか、二つ名。

 俺はそれぞれの二つ名……異名を獲得した理由について思いを馳せる。

『隠し子』は多分、隠し子である事を手紙ばら撒いて触れ回ったせいかな。不可抗力だ。

 『難燃紙の魔術師』は多分、その過程で騎士爵と手紙炎上魔術バトルしたせいだろう。

 『料理界の革命児』は、……皿にも調理器具にもできる料理をもたらしたためか。多分。

 『ソーセージマルメターノ』は、うん。正直すまんかった。流行らせてすまんかった。


「なにぃ……! 『ソーセージマルメターノ』だと……⁉」


 え。今の五つ名のうち、真っ先に反応するのがよりにもよってそれなのかよ。


「あれが――野営界の異端児……!」「俺たちの野営に新たな光をもたらせし男……!」


 何やら新たな異名で呼ばれているが、よく見ると広場中央、焚火の跡には食べかけのソーセージマルメターノが刺さっていた。流行が伝播するの早すぎじゃね。

 察するに。男たちの山賊のような風体は野営暮らしが長い証とみえ、長期キャンプに飽きた連中にとって、ソーセージマルメターノは、憂さを払う画期的なアクティビティとなり得たのかも知れなかった。いや知らんけど。


「偉大すぎる才能は潰せない……!」「料理界の地平を見てみたい……!」


 なんか口々に畏敬をこめた台詞を吐き、山賊どもは逃げ散っていった。おい。いいのかそれで。どうも腕前と勤務態度がちぐはぐな敵だったな。レベル高い山賊ってああなのか。

 いつの間にか追いついていた皆が、無言のまま背後へ佇んでいた。反応に困っている。

 敵のいなくなった広場を見て騎士爵はますます、巨大な苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべている。


「……戦わずして敵を走らす。――これこそ本当の、青い血の為せる業ですよね?」


 横に並んだナローデが聞こえよがしに呟くと、騎士爵の眉間皺がさらに深まった。

 おい。ざまぁやめろ。これ以上ざまぁすんな。当たりキツくなるの俺なんだよ……。

 それに、料理に感動して勝手に撤退していったのを貴族の威光みたいに言われてもなあ。


「――なッ⁉ 属性銃がッ⁉ それも二丁もッ⁉ 当家の財産がッ‼」


 俺の手に握られた属性銃の残骸を見、絶叫し泡を吹いているのは老従士である。

 なんでも魔術兵装ってのはどいつもこいつも高価で、とりわけ属性銃というものはえらく高価らしい。ちなみに従士への支給兵装は正竜騎士が自弁すると決まっているらしく、つまり俺がぶっ壊したのは連隊長たる騎士爵の自弁品……ひと財産に相当する私物である。

 俺はおそるおそる、騎士爵の面頬の奥を窺った。


「…………」


 騎士爵は何も言わなかった。

が、馬を寄せ壊れた銃を引き取ると、その代わりに自分の銃を俺へ手渡し、敬礼した。


「えっ――若様⁉」


 わあっ……と、固唾をのんで見守っていた皆から歓声があがる。

 笑顔で肩を叩いて喜ぶ周囲を見回す限り、どうも今の――「正竜騎士が装填された銃を渡し敬礼する」という行為には「相手を認めた」――という意味合いがあったらしい。


「……以降の指揮は副官へ預ける」


 ふたたび歓声があがる。正竜騎士を中核とするこの一団の指揮を任せるということは、その行いが貴族に相応しい、と認めた……そういう意味であるらしい。先輩冒険者の一人が耳打ちで教えてくれた。他の皆は軍人冒険者問わず、すげえすげえと連呼している。


「だが。副官はおそらく初陣ゆえ――みな、しっかりと補佐を頼む」


 騒ぐ一団へ騎士爵が釘を刺すと、全員が揃った敬礼を返した。

 敬礼に見送られる連隊長……騎士爵は、指揮を俺に移譲すると、老従士ひとりを連れどこかへ去ろうとしている。一人だけひどく魔力を消耗したし、一度戦列を外れるつもりか。

 すれ違う際、俺は小声で、あるひとつの問いを投げかけた。


「……この町を包囲しているのは。ひょっとして――騎士爵の、知り合いなんですか?」


 それはいくつか、引っかかっていた言葉。


[高貴な血筋へ胡坐をかき。悪逆非道を繰り返し。民を苦しめる外道の血など尊くはない。それでは――町の外へ跳梁跋扈する山賊くずれと、何ら変わりはしない]

[貴族はその行いの尊さによって貴族たり得るのだ。――民を護るからこそ貴族だ]

[……騎士爵様はなあ。町の周りをうろつく連中なんざ簡単に蹴散らせるのに。これまで討伐作戦はずっと避けてきたんだ]

 [動きを。……読まれているな]


 どれもみな――町を包囲する敵勢に、旧知の貴族が存在していることを感じさせる――そんな言葉のように聞こえたのだ。


「…………」


 騎士爵は無言の一瞥のみを返すと、何も答えることなく去っていった。



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