第七畜 信頼回復RTA(肉)
~ 広場の串焼き露店 ~
「おう! 昨日は大変だったな[隠し子]! うん? あなたの露店を倒して迷惑かけた?
いいって事よ! 面白いもん見せてもらったしな! それに最初から見てたがありゃあ警吏どもが悪いぜ! あれからすぐ、警吏連中にも手伝わせて屋台立て直してな、営業再開したら騒ぎを見物しにきた町の連中のおかげでいつもの倍は売れたぜ! ありがとな!
ん? お詫びに串焼き売りの仕事を手伝いたい? はっはっは! そんなひょろい体で何言ってんだ! 気持ちだけで十分だよ! ええ? それじゃ気が済まないからどうしても手伝う? 給与はいらない? おいおいずいぶん律儀な奴だな[隠し子]! ……え? 手伝わせてもらうまで絶対帰らない? なんでそんな必死なんだ……若干引くぜ……。
んー、そんじゃまあ、きょうのお昼どきだけ店手伝ってもらうかな! もっとも、お前というモヤシを炒めて串焼きの添え物にした方が客は喜びそうだけどな! はっはっは!
うん? そうだな、この辺りじゃ串焼きといったらソーセージがメインだぜ。……フランクフルト? 南西にある都市がどうかしたか? 確かにあの辺りが串焼きの発祥と言われてるし、盛んに売られてるはずだが。幽閉されてた割によく知ってんなあ[隠し子]!
あ? これは何だって? そりゃディスプレイ用のロングウインナーだよ。こうして、客から見えるように店頭へ広げてな、鉄板の上方に吊っておくんだ。すると、遠火で時間をかけて焙られ、食欲をそそるいい匂いが辺りに広がって、客が寄ってくるってえ寸法よ。
店が混んできて提供が間に合わない、もうどうしようもないって時は、これ切って串に刺して客に出せばいいしな! もしも余れば俺ん家の晩メシだ! がはははは!
あん? コイツが一本欲しいってのか? 串も一本欲しい? 刺して超デカい串焼きでも作る気か? でも串の五倍は長いロングソーセージ、一体どうする気だ?
……おお⁉ おおおおお⁉ ちょ、おま、そんなねじ曲げたら折れる割れる絶対弾ける――おおー。焼く前だから意外と柔軟性高いんだな。はっはっは、すげえすげえ、ぐるぐる巻いて串刺したらそんな……子供が食べる飴みたいな形になるんだな。初めて見たわそんなの。ていうかお前器用だな[隠し子]。幽閉中は手慰みに手工芸でもやってたのか?
おおー。デザインが奇抜だから客寄ってきたな。焼く前から客寄ってくるってお前、すげえ事なんだぞ。わかってんのか? でこれどうやって調理すんだ? ほおー。そのまま直火にかけるのか。火力要るから豪快な調理になるな。ますます客が寄ってくるぜ。とんだ看板料理ができちまったな。
ところでこの料理なんていう名前なんだ? へえー、『ソーセージマルメターノ』っていうのか。はっはっは。変な名前だな。よし!
おいみんな! [隠し子]が幽閉中に考案した、新しい料理――その名も『ソーセージマルメターノ』だとよ! さあさ、食ってってくれ! おっと、順に並んでくれよ!」
~広場すみの酒場(昼はカフェ)~
「おいおい――なんて事してくれたんだ[隠し子]。客がどんどん、おっさんの串焼き露店に吸われてゆくぜ。『ソーセージマルメターノ』とはまた、けったいなメニューを考えたもんだぜ。幽閉中よほど暇だったんだなお前……。
あん? 昨日飲み代を払わなかった償いをさせてくれ、だぁ? あー、お前知らねえのか。昨日のタイマン騒ぎのあと、騎士爵様が手紙を拾い集めるついでに、お前に投げられたおひねりを回収して「彼の飲み代に充ててくれ」と置いてってくれたんだよ。ホント律儀だよなあの人。野次馬のせいで客の入りも良かったし、別に弁償とか必要ないぜ?
それでもまあ――どうしても詫びないと気が済まねえってんなら。おい、料理発明家さん、ひとつウチ向けのメニューを考えてくれよ? このままじゃ客が全部屋台に吸われちまう。商売あがったりだ。おっさんの屋台で発案してやったのに負けないメニューを考えてくれ。ウチは固定店舗で酒場とカフェの兼業してるから、そのどっちにも合うメニューがいいな。
だがおっさんの屋台みたいにデカい火力もないし、パフォーマンスで客を引くのも難しいから、同じ事やったって売れやしない。別の方向で競争力のあるメニューを考えてくれよ。
とはいえ――へっへっへ、自分で言ってて何だがそんな都合のいいメニューなんてポンポン思いつかねえよなあ? ましてお前は[隠し子]でずっと幽閉されてたんだし……。
いや悪かったな。今言った事はぜんぶ忘れて――はあ? もう思いついた? 嘘だろ?
ロングソーセージ? それほど長くないのなら在庫にあるが……おっさんの店と同じメニュー出しても負けるだけじゃね? ロングソーセージを丸めて串に刺して、小さめのソーセージマルメターノを作って、台所で火にかける。うん、ここまでは同じだよな。
そして――え⁉ 卵なんてどうする気だ? まさか、まさかとは思うが……はぁ⁉ ソーセージマルメターノの上で目玉焼き作り始めるだと⁉ お前マジか⁉ 料理を調理器具に使ったうえに皿にもしてしかも皿ごと食べるのかこれ⁉ おまえ料理界の革命児かよ⁉
しかも目玉焼きソーセージならカフェの昼メニューでも酒場のつまみでもいけるぜ!
おいみんな! 天才が現れた! 新メニュー『目玉焼きソーセージマルメターノ』だ!
料理の上で料理する革命的発想だ! ぜひ食べてってくれ! うわ押すな押すな――」
~冒険者ギルド(兼酒場)~
「おいおいおいおい何てことしてくれたんだ[隠し子]。ウチの冒険者がみんな外に喰いに行っちまったぞ。常に冒険者で溢れてるはずのギルドの併設酒場がこれこの通り、閑古鳥の大合唱だ。どうしてくれんだお前、このままじゃギルド運営費も出せねえぞ。
うん? 昨日ギルドに馬が突っ込んで多大な迷惑をかけたから弁償したい? 確かに入り口扉が外れたし調度もだいぶ損害を受けたが。きのう、お前に投げられたおひねりとやらを騎士爵様が「修繕費の足しにしてくれ」と置いていってくれたから、その件の手打ちは既に済んでいるぞ。ホント気遣いの人だよな。あとで領主様にお礼言っとけお前。
ああ? ウチのギルド酒場に最適なメニューを、お前が考えてくれるって言うのか? だがなお前、[隠し子]、ついさっき外の串焼き露店やら酒場カフェやらに新メニュー考えてやったばかりだろ? 食い物にうるさいウチの冒険者たちも、こぞってその新作メニューを両方喰いに行っちまった。そんな都合よく、訴求性のある三つ目の新しいメニューなんて思いつくわけないよな? それに冒険者の好みなんてお前にわかるのか? あいつら、身体が資本だから食い物にはかなりこだわるぞ?
……え? ロングソーセージ――ハイハイ、カフェと同じやつだが在庫はあるよ。それでまたソーセージマルメターノを作るのか。そこまでは同じだな。これをよく焼いて、その上にさらに具材を乗せて調理するってのか……ここも同じだな。
えっ⁉ お前……え……? お前それはやっちゃダメだろう……! タブー中のタブーだろう……! 罪深いだろう……! 禁忌を侵そうというのか、この革命児は……!
肉の上に、さらに肉……! ソーセージマルメターノの上でステーキを焼くだと……⁉これ絶対ウチの冒険者たちが好きなやつ……! だが……あまりにも罪深すぎるだろう‼
おーい! ウチの所属冒険者達よ! 料理界の革命児がまた新たな刺客を放ったぞ!
今すぐに戻れ! そして喰え! ああ? ダメだ、一般のお客様はお断りだ!
身体を酷使する冒険者でもなければこんな罪深いもの、とても喰わせられない……!
ああ! ダメだと言っているのに! お前ら、自分の分を食べたかったらギルド外に押し寄せる一般客を止めろ! 抜かれたら降格だぞ1 冒険者の気概を見せろ!」
* * *
「一瞬にして肉フェス会場と化しましたね……」
ナローデの感想がすべてだった。広場はあふれる肉と酒入った笑顔に満ちている。
「この素晴らしい料理をもたらしたー、[隠し子]に!」「乾杯!」「カンパイ!」
俺に向け突き出されたジョッキがゴツゴツとぶつかりあい、頭から酒まみれにされる。
「みごとなまでに――信頼回復RTA、キメましたねぇ波多良さん……」
なんであんな手馴れてたんですか、と問うナローデに酒を拭きながら答える。
「ホールもキッチンも経験長いから。……いや学生時代のバイト、ずっと飲食だったんで」
「超ブラックじゃないですか」
偏見でものを語るな、と言い返したいところだが、記憶はそれを許さなかった。あれえ。
「ソーセージマルメターノを売りさばく居酒屋ってのも、考えてみたら凄い光景ですね。
大した働きぶりでしたが――卒業後、飲食業界に進もうとは思わなかったんですか?」
「いやブラックだし……」
ブラックを避け結局ブラックに就職してんじゃないですか、声に出して読みたい日本語、でもわたくしは良識ある大人なので言いません、みたいな百面相をしているナローデ。
《ブラックを避け結局ブラックに就職してんじゃないですか》
「おーい思考伝わってきてんぞー、心寒き女」
アバラの隙間へ実にいい肘鉄をもらった。
俺がいわれなき激痛に呻いていると、不意に、横のナローデから身体を抱き寄せられる。
化粧と香水のやわらかく香る、ナローデのいい匂いに包まれた。
美人メイドは人込みを避けるように身を寄せ、そっと黄金の髪をかきあげると、まるで睦言をささやくように、耳元へ蠱惑的な誘いをかけてくる。
「――では。波多良さん……しちゃいます?」
しちゃいますって、何を。
「――『ざまぁ』」
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