「社畜異世界転生ラノベで限界社畜の心を救え」となろう作家と共に異世界へ送り出されたプロ社畜、いやぁおじさんもういい年した社会人だから竜騎士とか英雄の野生児とかちょっと(書籍化決定)
第三畜 圧迫編集会議(不出来な主人公を囲む会)
第三畜 圧迫編集会議(不出来な主人公を囲む会)
気が付くと俺は白い部屋にいた。
ふとこの前の屈辱を思い出し、にっくき労基死神野郎を視界に探すがどこにもいない。
部屋は就職試験の面接会場に似ており、正面奥に横長机が置かれ、事務椅子に神様とナローデの二人……いや二鬼畜が並んで座っている。
頭上の壁にはでかい額縁に「売れれば正義、売れなければ死」との標語が踊っている。
部屋の中央にいる俺は本来ならば面接者の位置にあるはずだったが、なぜか下着一枚の姿で、しかも素足でリノリウムの床へ直接正座させられている。痛い。
あ。これ面接会場じゃなくてアレだ。仕事でやらかした後の、社長懇談会(隠語)だわ。
「あのう――俺が突然こんな目に遭っている理由をそろそろ説明して頂けませんか……」
床で震える俺を静かに見下ろす二鬼畜へ、つとめて笑顔で問いかける。
はぁ、と神様が溜息をこぼした。そういえば神様の姿は初めて見た気がするが、その全身よりにじみ出る鬼畜性によって自己紹介されずとも誰だかわかるな。すごいな神様。
『……押し付けの嫌いなあなたには。じゃあ、与えられた命もいらないですよね?』
「すいませんでした待って下さいもう失礼なこと考えませんから!」
『……。ナローデの発動したスキル【編集会議】は――時間を停め空間を超越し、強制的に作者・主人公・わたしの三者が集う編集会議を招集開催するものです』
編集会議、という言葉に俺は首を傾げた。下着一枚で床に正座させられる理由はなんだ。
「……、えっ超強力じゃないですかナローデさん主人公の方がいいんじゃないですか?」
何冊も本出して実績あるし、とおだててみるが、返ってきたのは苦い表情だった。
「あー、社畜主人公ものは確かに何冊も書いてますが……わたくし社畜の経験がなく……」
リアリティが、とか何か言いづらそうにしているナローデへ、神様の密告が炸裂する。
『あまり売れなくなりプロットが編集会議を通らない彼女に、わたしが声をかけたのです』
「さっきから内情暴露やめて下さい神様」
「あー……それで、社畜の平均像を主人公に据え、執筆はなろう作家に任せよう、と」
なるほど。なんとなく全体像が見えてきた。
不況や戦争で閉塞感が強まり、どこにも逃げ場のなくなった社畜の魂を救いたい神様は。世にありふれたような社畜主人公異世界無双系なろう作品じゃなく、もう一歩踏み込んだ、社畜である事に順応してしまい、もはや足掻く手足も想像力の翼も自ら切り落としてしまったような、社畜深度の高い層の精神を救う物語をこそ、世にばら撒こうと考えた。
逃避も幸福も求めない人間を無理やり幸せにする物語を描くためにはと考えて、巻き込まれ系物語を書き慣れているなろう作家へと声をかけた。
社畜の平均像として、残業を終えたばかりの俺が寝入りばなにたたき起こされた。
こういう流れだろう。俺だけたたき起こされて損してないかこれ。
売れんのかこれ、と考えながら、俺はずっと抱いていた疑問をぶつけてみることにした。
「で……編集会議ってこう、作家がパンイチで正座し出版をお願いするものなんですか?」
大変ですねナローデさん、と同情の視線を投げると作家は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「そんなわけないでしょう!」
『ああ――誤解しないよう説明しておきましょう。この部屋は実際の編集会議を模したものではなく。スキル発動者である彼女の、心象風景を――』
「もっと誤解させるような情報開示するの本当やめて下さい神様」
秒で隣の情報漏洩者に釘を刺したナローデ(心寒き女)は、改めて俺へ向き直る。
「これが編集会議であるなら。――波多良さんが正座している理由。わかりますね?」
「いや、えっと……」
「波多良さんが下着一枚で震えている理由。――わかりますね?」
金髪美女の圧が凄い。床が凍り付いてきた気がする。わからないとは答えられない。
「えーと……ちゃんと主人公ムーブしないから、ですか……?」
「正解です。ちゃんと理解してるんじゃないですか」
「主人公に演技を強要したりはしないけどきっちりパンイチで正座はさせるんか……」
「何か言いまして? ともあれ。まあ――これは仕方のない部分もありますね。
想像の片翼を斬り落とされ。逃げる手足も奪われた奴婢に。とつぜん物語の主役になれと言っても――ただ惑うだけでしょう」
何か中二病みたいな事言い出したが、さっき俺の考えてた事のパクリじゃないかこれ。
「ですから異世界転生での定番の。巻き込まれ型の導入も、ちゃんと用意しておきました」
「もう十分に巻き込まれているんですが……」
「もっと物語の渦に巻き込まれて下さい。渦の中にいるのに、いつも通りみたいな顔して普通に店入って酒飲まないで下さい」
「いやエスコートしろって言ったのナローデさんだし……そう言われても……」
「ずっとあなたの自発的行動を待っていましたが無駄なようです。ここからはわたくしのプランで進めさせて頂きます。宜しいですね、神様?――仕込みももう済んでおります」
『仕方ありませんね。ええ。――お見事でしたナローデ』
「お褒めに預かり光栄です」
立ち上がり綺麗な礼を決めるナローデ。なんか嫌な予感がした俺は口を挟んだ。
「――あのう。もしも、もし仮にですよ? その導入へも、俺が抵抗したとしたら……?」
般若の表情と化したナローデの頭上。音もなく、額縁の文字が「売れれば正義、売れなければ死」から「売れれば正義、売らなければ死」へと変わった。
「あ。どんな手を使ってでも必ずやこの物語を大勢の客めがけて売りつける、っていう基本方針は、とっくの昔に確定してんすね……」
「理解が早くて何よりです。――その調子で、物語の展開も早いとこお願いしますね?」
あっまたこんなパートに七枚も使いやがって、と吐き捨てるナローデの声を聞きながら、俺はまた意識を失った。
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