徒然に、振りさけ見ればNew world

もと

「にゃあ」

 ヒトの姿を見かけなくなって、どれぐらい経った。

 ヒトは愚かだった。

 ネコは賢かった。オレは賢い。

 どれ、ひとつ「にゃあ」と鳴いてみる。それどうだ、誰も来やしない。

 オレが鳴けば何処いずこからかスッ飛んできたママさん(メス)も、オレが守ってやっていた小さきマコト君(オス)も、寝心地の良い腹のパパさん(オス)も、やれやれ、やはり誰も来ないではないか。愚かだ、愚かなりヒトよ。

「キャン!」

「……」

「キャンキャン!」

「……」

「……にゃ?」

「キュン」

 豆柴のマロか。まったく、少しにらんだだけで尻尾を巻いて飛び退くぐらいなら最初から決闘など仕掛けて来なければ良いものを。

 素直に甘えてくるなら受け止めてやらなくもないが……まあヒトの温もりが恋しいのだろうな。昨日出会ったばかりで種族も違うオレに絡んでくるとは……群を抜いて小型犬達は酷いな。未だに飼われ気質が抜けてない様子。愚かだ。間違いなく早々に滅ぶぞ。

 ああ、はいはい、やれやれ、まったく、本当にまったくもう世話のやける。少しだけだぞ、お前との決闘は手加減が難しくて疲れる。

「クルッポ」

「……にゃ」

「クルル、ポッポー」

「……にゃ」

「クルルルー、ポーポー」

「うにゃ」

 ハトのジョンか、鎮火に向かっている、と。

 あの日から燃え続けていた炎がようやく消えるか。

 焼け野原になった街にどれだけの命が残っているだろう。まずヒトは絶望的だろう。生き物もどれだけ、いや、マロが生きていたぐらいならば、いやいや希望は持たない持つな持つべきではない、想像するだけで鬱になる。

「チュン」

「にゃ」

「チッチッチッ」

「……にゃ」

 スズメのイザヨイよ、共に視察だと?

 少し考える。

 少し考えた、行くか。

「チュン」

「にゃ」

 炭になって数日経つ道を示してくれるか、助かる。肉球が焼けずに済むな。

 あの日は動物的な勘で逃げおおせた。ヒトを呼んだが誰にもオレの声は届かなかった。他の生き物達と共に海辺の洞穴ほらあなで炎をやり過ごし今、久しぶりの遠出になる。青空、鼻は利かない、白い雲、積もった灰で黒い砂浜、寄せる波に揺れるヒトの手足、首、屍、生き物の残骸。

 空腹に堪えかねて表に出た野良のニャンキチやニャンタ、シロコやニャミー、ハスキー犬のアイツや野鼠のアイツはどうしたのだろう。一緒にいた者達を食らわず、悪態をきつつも誇り高く生きていたアイツらは。

「チッチュン」

「にゃ」

 この瓦礫をけば町への大通りか。

 商店街があったな。

 道を一本挟めば公園もあったな。銀杏いちょうも桜ももみじもあったな。タンポポもペンペン草もネコジャラシもあったな。水仙もチューリップもパンジーもゼラニウムもケイトウも、あの辺りに、この辺りに、どこかに、どこにでも、あったのにな。

「チュンチュンチュン」

「……にゃ」

 オレも腹は減ってるがまだ大丈夫だ。食えそうな死体を頂戴していた。ペットだろうが野良だろうが、イケる奴とイケない奴がいる。オレは完全なる雑食、イケる奴だったからな。

「チュン」

「にゃ」

 そうか、イザヨイには友人がいたのか。あれか、あそこにいるのが皆友人か、なるほど今朝出会えたのか、良かったな。ならばもう退け。ここから先は一匹ひとりで見てくる。ああ、また洞窟に遊びに来い。オレはあそこに戻るから。

 そうかそうか、そうか。

 あんなに沢山のスズメが生きていたか。本当に良かった。空にまで炎は届かなかったのか、ならば鳥類はかなり期待が持てるのでは、ジョンも姿は見えないが仲間の気配はクルッポすると言っていた。いや、それとも、ただ単に見逃されたのだろうか。

「ネコチャン」

「――?!」

 にゃにゃにゃん  突然  にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ話しかけるなにゃんにゃーにゃ 心臓が にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃっにゃ止まるかと思った

 いや実際止まりかけた。有り得ないと思い込んでいたヒトの声よ、懐かしい、素晴らしい。どこだ、ヒト本体はどこにいる? オスのようなメスのような、老人のような子供のような、その声はどこから?

「猫チャーン、オイデオイデ」

「……にゃ」

 うむ、そちらか。

 いや、待て。

 いや、ヒトが呼んでいる。

 いや、警戒しろ。

 いや、ヒトだ。

 いや、いや、いや、撫でさせてやろう。

「猫チャン、遊ボウ」

「……」

 ダメだ警戒しろ。

 こんな時に「遊ぼう」だと? この世の終わりのような炎から生き延びた末に、遊ぶのか? 今の状況下なら、ヒトから見ればオレは肉に見えるのではないか? そうだヒトはそこまで愚かではないはずだ。ヒトではない。匂いもしない、この声はヒトではない、警戒しろ。

「通じて無いのかも」

「言葉、難シイ」

「いや上手になったと思うよ」

「オ前、ヤレ」

「えー? 来ちゃったらどうするの?」

「撫デル」

「なんで?」

「分カラナイ。取リ込ンダ記憶ガ、ソウスルカラ」

「へえー。僕が吸収した記憶には無いけどね、まあいいか。おいでー?」

 ……なんだ? 誰だ? 何者だ? おいでと呼ぶ声はオスだ。上手にヒトの声を出している、何者か分からない何かのオスだ。

「おーい猫ちゃん、おいでー、こっちおいでー……来ないよ」

「ナンデダ」

「知らない」

「ア、ゴ飯カモ」

「ご飯? エサ?」

「切ッテアゲヨウ」

「え? ああ、なるほど」

 なんだ、何か放って寄越したな? メシだと? こんな所で用意出来る訳が――にゃになに?!

 にゃんにゃにゃにゃにゃなんだソレは?!

 にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ動いているぞ?!

「あはは、ビックリしてるんじゃない?」

「食ベナイノカ」

「腕は大き過ぎて食べないんじゃない? まあ切っちゃったのもったいないけどさ、もう普通に捕まえようよ。ほら早く腕再生して」

「無理矢理ハ、嫌ダ」

「早くしないとパパとママが迎えに来ちゃうよ」

「……ソレモソウカ」

 腕?! この、これ、なんだ、青い、っといソーセージみたいなのが腕だと?! ふざけるな! く、食えるのか? いやいや違う、今は逃げよう逃げた方が良い逃げるべき腰が抜けたか早く逃げ――にゃにゃああ?!

「捕マエタ」

「噛まれてんじゃん」

「痛クナイ。食ベテルノカモ」

「ウケるー。んで? えーっと、これが『目』だって、『物を見る』? っていう機能を持ってる? なんか良く分かんないけどキラキラしてるー。結構可愛いかもー」

「ダロウ? コノ記憶ノヌシモ可愛イトシテイタ」

「これが『耳』、『鼻』、『ヒゲ』? なんだよヒゲって。難しいね、この星の生き物って」

「ウン、ソレガイイト思ッタ」

 ……終わった。オレの人生猫生、終わってしまった。こんな訳の分からない、こんな青ソーセージ野郎に捕まるだなんて、こんな終わりだなんて……せめてヒトに最期の挨拶にゃんでもしたかった。最期のキャットフード、最期の爪磨ぎ、最期に撫でさせてやったり、ああ、ああ……そうか、そうだな……あわよくばヒトの膝の上で死にたかった、のかも知れない。

「Did you already finish your homework?!」

「あ、パパだ。なに言ってるんだろ?」

「課題ハ終ワッタカ、ト。終ワッタヨー」

「Good job!!」

「あ、降りてくる、てか、なんで分かんの?」

「コノ記憶、定期的ニ今ノ言語ヲ習ッテイタ。歌ッタリ踊ッタリシナガラ。ダカラ少シ分カッタ」

「へえー」

「他ニモ、泳イダリ楽器ヲ弾イタリ粒ヲ動カシタリ、色々ヤッテイタ」

「なーんだ、僕も小さいヒトを吸収すれば良かったかな。大きいヒトより面白そうじゃん……『粒を動かす』って何?」

「サア?」

 ソロバンの事じゃないのか? マコト君も習っていた。いや、そんな事より……増えた。絶望的だ、増えたぞ青ソーセージが。しかもデカい。いっそひと思いにってくれないだろうか。覚悟は決まっているぞ。

「ふんだらむっちまーそ」

「やなひ、はゆまらたっまーんっん」

「らいらんらんら、まちぬえあお」

 なんだ? いや、なんか、なんだこれは? 普通に撫でてくるではないか? 力加減も程好い、悪くない……いや、ダメだ悪いだろうこの状況は、最悪だろうが。

「さささっ、たんばたん」

「分カルト思ッテイル」

「そうかなー? まあいいか、可愛い兄弟の言う通りにしてあげるよ」

「アリガトウ」

「猫ちゃん、キミが会話に入れないと可哀想だから、僕達の言葉を覚えるまでは僕達が合わせるからね? 早く覚えなよー?」

カスナ、猫チャンノペースデ良インダ」

 こ、これは……もしや、可愛がられているのではないか? ヒトと同じように、ヒトがオレの世話をしていたように、青ソーセージのコイツらもオレを――

「さ、行こっか」

「オ前ノ課題、マトマリソウカ?」

「うん。『なーんなおぱで満たされてる星を燃やした時の様々な反応と結果』、後は少し離れた所からたまんさたを何枚か撮ればおしまいだよ」

「『猫チャンノ観察日記』、手伝ッテクレルカ」

「いいよ、仕方ないな。僕も昔やったなー、僕達以外の生き物の観察日記。結構書くコトいっぱいあるんだよね」

 日記? 観察? 行く? どこへ? いや、何となくオレは分かるが分かっているのだろうかコイツらは?

 オレは空になんか行きたくない! オレは、猫は行けない! 多分死ぬ! テレビで見た事あるぞ、高い空だろ宇宙だろ、オマエら宇宙人だろ、宇宙には空気がないんだぞ、多分猫とか動物は生きられない、おい、オマエら! 乗らんぞオレは、そんな訳の分からん乗り物には、ケージが無いと乗らんぞ! シートベルトちゃんとしないと無理! 横でオレに話しかける小さきヒトがいないと乗らん! あとあのブランケットも! おい聞いているのか! 聞けー!

「わ、いま暴れないでよ。船に乗ってからにして、広いから」

「猫チャン、大丈夫ダヨ。環境ハ完全ニ再現デキルシ、大事ニスルヨ、ゴ飯モアルヨ、猫砂モ沢山作ルヨ、ドコデ爪ヲ研イデモ良イカラネ」

「……にゃ?!」

「あ、やっと噛むの止めたんじゃない? へえー、ホントに言葉が分かってるのかもね?」

「猫チャンハ賢イ」

「……にゃあ」

「はいはい。まあでも、悪くないね。フワフワだ」

 ……ふむ。そうか、悪くないのかも知れない。

 あの焼け野原で生きていくには相当骨が折れるだろう。一舐ひとなめの水すら探すのに苦労した。コイツらについて行けば、とりあえず生きる事だけは何とかなりそうだ。だが、万が一にでも放り出されたら、あんな高い空で、宇宙で……よく聞いたではないか。何故だか家に入れてもらえなくなった猫の話を、世話をするヒトが急にいなくなる話を、突然変わるヒトの心の話を……。

「猫チャン、名前ガ必要ラシイ」

「なー、りー、むー、とか僕達みたいに数で呼んじゃダメなの?」

「駄目ダ。名前ハ大切ラシイカラ。ウーン、ト……『眼球』ハドウダロウカ」

「ガンキュウ? 猫ちゃんの言葉で眼球? なんで?」

「一番ノ特徴ヤ可愛イラシイ所ヲ名前ニスルト良イラシイ」

「……にゃん」

「お? 気に入ったんじゃない?」

「ヨシヨシ、猫チャン。君ハ今カラ眼球ダ。ヨロシクナ」

「にゃあ」

 分かった、オレは『眼球』だ。

 分かっている、もうどうにもならない。

 分かった、次はこの青ソーセージ達を下僕しもべにすれば良いのだろう。

 分かっている、もうどうにでもしてやろうじゃないか。

 オレが「にゃ」と呼べば飛んで来るようしつけてやる。トイレが汚れたら散らかし、ティッシュ、は、使うかどうか、あるかどうかも分からんが全部引っ張り出してやる。高い所にある物は落とし、ソファーもあるか知らんが爪でバリバリにしてやる。全部お前らが、青ソーセージが何とかしろ。

 代償として、オレが寝転べば撫でさせてやらなくもない。

 どうだ、青ソーセージ?

「にゃん?」

「フフフ、可愛イナ」

「にゃー」

「眼球、ココハ好キニ遊ンデ良イヨ。ズット一緒ダ」

「……にゃ」

 ああその台詞は、いつか小さきマコト君に言われたな。『ずっと一緒だよ』と笑ったあのヒトに。うるさくて忙しくて厄介でしつこくて……愛しき、小さなヒトに、言われた。

 ――かたきつ。

 たかだか課題だと? マコト君がウンウン言っていた夏休みの自由研究みたいなもんか? そんな事のために全てのヒトが焼かれたと? 許せん、解せん、度しがたい。

 「にゃお」とガラス一枚向こうの景色を仰ぎ見る。じゃれつくには神々し過ぎる、遠退いていく美しいボール。あれが地球か。

 オレの故郷ふるさと地球よ、しばしの別れだ。

 オレは青ソーセージ共を手懐てなずけ魅了し腑抜ふぬけけにし、宇宙がどれだけ広いか知らんが、この宇宙をも支配にゃんしてやる。一宿一飯の御恩にゃん、決して忘れぬぞ。

 マロ、ジョン、イザヨイ、生き残った同胞はらからよ、待っていろ。次にオレがその地に立つ時は、全てを手に入れた時だからな……!

「……にゃーお!」

「眼球カワイイなー、僕も猫ちゃん欲しいなー」

「ウン、モウ一体イテモ良イ。ツガイニシテ増ヤソウ」

「次の長期休みもこの地球ほしに来ようか。燃やしただけじゃなくて、その後までレポートするとか結構イイ評価つきそうじゃない?」

「ソウダナ」

「わひらこしゃん後かー、どれぐらい変わってるかなー?」

「ワヒラコシャン、アノ地球ホシガ出来アガッタ時間ト同ジクライカ。楽シミダナ」

「……にゃんて?」

「えっ?」

「エッ?」



  おわり。

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