第16話 予兆


「それでは、今日も部活を始めていきたいと思います。あれ? その子は……」


 夕焼け色に染まる放課後。

 今日もいつもと変わらず、部活――バドミントン部――が始まった。

 有紗は緊張していて、目が泳いでいる。


「あ、あのっ、見学に来ました。西野有紗といいます」

「西野さんね、分かったわ。よろしくね。特にハードでもない、ゆるい部活だから、肩の力抜いてていいからね」

「分かりました」


 有紗は一歩下がる。


 準備運動をした後、シャトルとラケットを準備していよいよ実践。


 その前に有紗は友達に話しかけられた。


「あっ! ありちゃんじゃん。うちらとペア組もうよ」

「ご、ごめんね。今日は叶乃と組みたいから」

「そっか。りょ」


 友達と離れる時、微かに舌打ちが聞こえたのは気の所為だろうか。


 ――実践が始まる。


「もう少し離れませんか?」

「これ以上、離れたら先生とかから見えなくなっちゃうよ」

「それなら仕方ないですね」


 叶乃が慣れているのは当然だが、有紗も運動神経は良いほうだった。


「えいっ!」

「はいっ!」


 順調にラリーが続いていく。

 二人とも掛け声がいちいち可愛い。


「西野さん、上手いですね」

「そうかな? 叶乃に褒められるとモチベ上がっちゃう……!」


 有紗は笑みを溢す。


 疲れたので、少し休憩する。

 疲れた身体にスポーツドリンクはよく効く。


「ぷはぁー、足が痛い」

「大丈夫ですか?」

「うん、まあなんとか。叶乃は足とか痛くならないの?」

「慣れていますので」


 澄まし顔で叶乃は言う。今の彼女はとてもクールだ。


「そ、そういえば、西野さんは友達の所に行かなくて良かったのですか?」

「? 叶乃は友達だよ?」

「そ、そうじゃなくて……。さっき誘われてたじゃないですか」


 数拍置いた後、有紗は答える。


「あのさ、バドミントン部に誘ってくれたのは叶乃だよ? ほんと、どこまでも天然だね、叶乃は。それに叶乃じゃなきゃなの。叶乃しかだめなの」

「それは嬉しいですが……」

「それにさ、おかしいと思わない? さっき私の友達――莉乃りのちゃん達はとペア組もうよって言ったじゃん。二人ペアが既に成立してるのに、私を誘ってくる。明らかに叶乃を一人にしようとしてるし、こんなのおかしいよ」

「それはそうですが。でも、私は一人に慣れているので気にしなくていいですよ」

「――私は叶乃とペアになりたいの! 異論は認めない。分かった?」

「は、はい……」


 直後、叶乃はスポーツドリンクを口に含む。その様子を有紗は何か言いたげにじっと見ていた。


「どうかしましたか? ひょっとして飲みたい、のですか?」

「飲みたい」


 一応水飲み場はあるが、少し遠い。

 有紗はあざとい面があるので、例え持ってきてても言わないし、敢えて持ってこない。叶乃と間接キスがしたいから――。


「飲み物、持ってきてないんですか?」

「うん。忘れちゃって。だから、それ飲みたい」

「しょうがないですね。どうぞ」


 叶乃は有紗にスポーツドリンクを渡す。するとすぐに彼女はスポーツドリンクを飲んだ。まるで、自分の物のように。喉の乾きが限界だったのだろうか。


「……美味しい」


 スポーツドリンクは微かに叶乃の味がした。だから、彼女は幸福感に包まれる。


「いつまで飲んでいるつもりですか」


 そう唐突にツッコまれ、有紗ははっ、とスポーツドリンクから口を離す。


「ごめん。結構飲んじゃった。――でも、叶乃と間接キスが出来て、私は幸せ」

「……っ!」

「そう言われればそうでした」


 今まで気づかなかった叶乃は天然だ。

 だけど、彼女が有紗にスポーツドリンクを渡すのはすごく自然だった。嫌いな相手だったら、きっと抵抗するだろう。


 最後に一口、叶乃はスポーツドリンクを飲んだ。勿論、有紗が飲んだ後。少ししか残っていなかったが、それでも良かった。


「――私だって、有紗を感じていたいですから」


 その呟きは有紗に聞かれることなく、空へと溶けていった。


「もう戻らないとやばくないですか?」

「そ、そうだね!」


 急ぎ足で校庭へと向かう。

 ギリギリ間に合った。


 そしてまた、練習が続き、部活が終わった。



 ――その時、叶乃はどこかから視線を感じた。まるで複数人から棘を刺されているような嫌な視線。


 後ろを振り向いても誰もいない。


 有紗は「少し離れる」と言って、友達のほうへ行ってしまった。


 叶乃は一人、ラケットを片付けていた。


 片付けが終わり、下駄箱で靴を履き替えている時――。

 聞きたくもない陰口が叶乃の耳に入ってきた。


「人のありちゃん、取らないでよ」

「市原はずっとぼっちしてればいいんだよ」

「クズ、死ね」

「きっとすぐ、ありちゃんにも嫌われるよね」

「だねー。嫌われるのは時間の問題」


 嫌だ。聞きたくない。

 有紗に嫌われたら私…………死んじゃう。


 泣きそうになるのをこらえながら、叶乃は靴を履き替え、教室に戻った。


 嫌な予感がする。

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