第12話 叶乃の家


 叶乃の家はごく普通のマンションだった。

 四階の隅っこに叶乃の部屋がある。


 何故か、自分の家なのに、誰も人は中に居ない筈なのにインターホンを押す叶乃。


 不審に思った有紗が声を掛ける。


「自分の家だよ?」

「そうでした」

「鍵持ってないの?」

「持ってます」

「ホント、天然だね、叶乃は」


 有紗はクスリと微笑む。


 部屋の中に入ると靴が一足も無いことに彼女は気づく。


(両親は仕事に行ってるのかな?)


 当然の疑問を有紗は抱くが、口にはしない。叶乃が事情を抱えているのはとっくの昔に気づいているから。


「なにボーっとしているのですか? 入らないのですか?」

「ああ、ごめんごめん」


 靴を脱いで上がらせてもらう。



 室内はとても綺麗に掃除が行き届いており、物は少なかった。取り敢えず、有紗が予想していた汚部屋ではなかった。


「何で汚部屋じゃないの?」

「汚部屋が良かったのですか、すみません。というか、想像があまりにも失礼かつ酷いです。私にだって掃除くらい出来ます」

「それじゃあ、良いお母さんになるね!」

「お、お母さん!?」


 動揺する叶乃を無視して、有紗は部屋でくるくると回る。テンションの高さが窺える。


「あまりはしゃがないで下さい。あ! 勝手にテレビつけない!」


 純粋に(お母さんみたいだな)と有紗は思った。


「そりゃあ、燥ぐよ。だって――」

「だって?」

「……」


 有紗は黙り込んでしまった。


「――おにぎりでも食べますか? ツナマヨですが」

「食べる!」


 叶乃は彼女にコンビニで買った、おにぎりを渡す。有紗はぱくぱく、とそれを食べた。


 テレビでは日曜日の14時頃だから、丁度競馬をやっていた。


「叶乃、競馬に興味があるんだ……」

「西野さんがつけたんですよ? まあお馬さんはカッコいいですが」

「じゃあ、予想しない?」

「はい」


 少しシンキングタイムを設ける。

 叶乃は紙に色々な情報を書いていた。一方有紗は唸っていた。


「決まった?」

「はい、私は10番で」

「んー、私は6番」


 走るまで時間があったので、違うことを考える。


「これからしたい事とか、ありますか?」

「叶乃の部屋に行きたいな」

「分かりました」


 二人は廊下に出て、左にある一つの部屋に入った。廊下には部屋が四つあった。両親の部屋ともう一つは物置部屋か何かだろう。


 廊下はシンプルなのに、叶乃の部屋は彼女らしくないピンクに囲まれた部屋。いかにも女の子、って感じだ。


「叶乃、ピンクが好きなの? 意外。ここって本当に叶乃の部屋?」

「はい。ピンクが好きでした。私も落ち着かないですよ」


 という事は、今は違うのだろう。昔の叶乃はもしかしたら、普通の女の子だったのかもしれない。


「何か、したいことありますか? ほら、二人で出来ること……」


 少し煩悩がちらついたが、有紗は真面目に答えた。


「ゲームがしたいな」

「承知しました」


 叶乃の部屋だとそれくらいしかする事が無い。『勉強』と言ったら嫌がるし。


 コードを繋ぎ、ゲーム機を二個袋から出す。

 ゲーム機は埃被っていたので、ティッシュで軽く拭く。


「ゲームの種類は何か希望とかありますか?」

「太鼓の達人が良い」

「残念な事に太鼓の達人は持ってないんです」

「そっか」

「じゃあ、シンプルにマリオにしましょう」


 二人ともマリオを始めだす。


「何か勝ったらご褒美とか決めない?」

「ご褒美、ですか」

「ほら、何でも言うこと聞くとか」

「うーん。いいでしょう。でも、性的なことはやめて下さいね」


 そう言う叶乃の目が怖かった。


「分かった、分かった」


 ――数分後。

 叶乃はぴょんぴょん飛び跳ねるだけで、進もうとしない。


「どしたの? 叶乃。もうゲーム始まってるよ」

「どうやって前に進むんですか……?」

「そこから!?」


 ――そう、彼女は物凄くゲームが下手なのだ。一緒に遊んでくれる人がいなかったから。

 ちなみに一人で出来るゲーム以外は叶乃はやったことがない。マリオも初めてするらしい。つまり、ここにあるゲームソフトの大半がガラクタと化しているのだ。


 有紗に教えてもらい、ちょっとだけ遊べるようになった叶乃。


「楽しいですね、ゲームって」


 叶乃は嬉しそうに頬を朱に染めた。何かに熱中出来るのはとても良いことだ。


「そこジャンプ!」


 叶乃はぴょん、とジャンプした。


「そうそう! 良いかんじ」


「そこ飛び越える!」

「こうですか?」


 長押しが出来なかったのか、叶乃は穴に落ちてしまう。


「あーああー」

「下手でごめんなさい」

「いいよ、全然。見てて面白いから」

「馬鹿にしてます?」

「このままだと私の勝ちだね、言うこと聞いてね」

「まだ分かりません」


 ――結局、有紗が勝った。

 でも、叶乃は悔しがっていない。


「悔しさよりも楽しさのほうが上回りました。一緒に遊んでくれてありがとうございます、有紗」


 叶乃は有紗に身体を預ける。


「うん、こちらこそ」


「そういえば競馬、どうなりました?」

「あーそうだった!」


 急いでテレビをつけると、丁度終わった所だった。


 そして見事、叶乃が予想した10番が一着だった。


「良かったじゃん! 叶乃」

「ですね」


 ご褒美として、叶乃は有紗から飴を貰った。


「さて、言う事聞いてもらうよ」

「はい。私に出来る事なら何でも」


 ゴクリと唾を呑み込む。

 緊張した空気が漂う。


「一緒に寝て欲しい」

「寝る!?」


 人生で一番と言っていいほどの驚きが叶乃の身体を駆け巡った。


 寝るってつまり、そういう事?

 性的なことはダメって言ったのに!


 これからどうなるか、まだ誰も分からない。









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