第10話 勉強会


 翌日。

 二人は勉強会をする為に図書室に赴いた。


 勉強をしている人や本や漫画を読んでいる人がちらほらいるが、全体的に人は少ない。話し声も全然聞こえてこない。

 だが、これから有紗と叶乃によって、図書室が騒がしくなる。


「なんで勉強しなきゃいけないのおおおおー、やだあああああー」

「静かにして下さい。来月期末試験が控えているからです」

「期末試験なんて言葉、聞きたくないよおおおー」


 有紗はテーブルにうつ伏せになり、テーブルを叩いている。幼児退行したかのように、さっきからいじけている。その面倒を見る叶乃は大変だ。


 テキストを開いた瞬間、有紗は弱音を吐く。


「ギブギブギブ」

「まだ何も始めていないのに、ギブとは理解不能です」

「だって、見た瞬間目が痛くなったんだもん。無理だよおおー」


「――もし、テストで全教科90点以上取れたら、私が西野さんに何でもしてあげると言ってもモチベ上がりませんか?」


 不意に叶乃が言った。

 という事は胸触っても、キスしてもハグしても、何でもしていいということだろうか?

 そんなの、有紗にとっては嬉しいに決まってる。


「胸、触ってもいいの?」

「それはセクハラです」

「キスしてもいいの?」

「! それは考えていませんでした」


 叶乃の頬がみるみる赤くなっていく。

 人生で一番と言っていいほど、びっくりした。確認の為、叶乃は問う。


「私達、友達、ですよね?」

「そ、そうだけど。でも何でもって言ったら、キスしても良くなるよ?」

「……」

「ま、まずはテストで90点以上取りましょう。話はそれからです」


 明らかに叶乃は動揺している。


 再度、テキストに向き合う。

 そんな賭けを提案されても、やはり難しいものは難しい。

 分からない所があればその都度、叶乃は教えてあげた。


 有紗は集中力が途切れやすいのか、また気が散ってしまう。


「叶乃、何の本読んでるの? ん? てか、何でセロハンテープで…………」


 彼女の言葉はどんどん尻すぼみに。


 それもそのはず、本をセロハンテープで修理しているのだから。


「何で本がビリビリに……」

「ああ、これですか。今朝不倫モノの小説読んでいたら、あまりにも男がクズでムカついて破ってしまったんです」

「破っちゃダメでしょ……」


 有紗は呆れる。

 叶乃は天然なのか何なのか。


「もしかしてざまぁ読んでた?」

「はい」

「無理して読まなくていいよ。でも最後でざまぁされるはず、なんだけど……」

「最後まで読みましたが、ざまぁが何処か分からなかった上に男がクズすぎました」

「叶乃はもう少し平和でほのぼのとした物語を読むべきだよ。こういうのとか」


 有紗は薄い冊子を提示する。


「こ、これ、絵がとても可愛いですね」


 有紗が彼女に見せたのは漫画だった。

 女の子二人がひたすらキスをする漫画。それに背景もメルヘンチックでとても平和そうだ。


「……ありがとう」

「?」

「作者名書かれていませんが、誰が書いたのですか?」

「わたし」

「えっ!?」


 プロと見違えるほど、絵はめちゃくちゃ上手い。


「でも、なんでずっとキスしてるだけで話が進まないのですか?」

「うっ……」

「それにこの二人、私と西野さんに似ていませんか? 気のせいかもですけど」

「気のせいだよ」

「絵はめちゃくちゃ上手いのに、話が全然進まないのが勿体無いです。背景は何故か変化していますが」

「ううっ……」

「それに今どき、路チューするカップルなんているんですか?」

「……降参」

「まあ趣味なので、好きなように描けばいいとは思いますよ」


「読んで」

「わ、分かりました」


 読書に集中する叶乃と勉強に集中する有紗。


 数十分後、ようやく有紗は勉強を終えた。


「どうでしたか? 90点取れそうですか?」

「90点は無理そう。でも、自分の限界まで頑張る。叶乃とキス、したいもん」

「いつからキスの話になったのかは分かりませんが……しませんよ」

「なんでえええー。叶乃のけち」


「そういえば」と叶乃は漫画の冊子を有紗に手渡す。


「これ、返します。まだ途中じゃないですか」

「ううん。叶乃が続き、描いていいよ」

「……。私、残念なことに絵心無いんです。だから西野さんが描いて下さい、楽しみにしています」


「うーん、困ったなー」と有紗は天を仰ぐ。


 それからしばらくして――。


「あげる」


 有紗は言った。


「え、いいんですか?」

「うん」


 結局漫画は、叶乃が貰うことになった。



 その日の帰り道。


「叶乃はどうしたら私とキスしてくれるの?」

「えっ」

「ううん、何でも。今の忘れて」


 有紗は悲しげに目を伏せ、俯いてしまう。

 でもそんな有紗に希望の光が見えた。


「――キスはもっと仲良くなってからですね」


 叶乃ははにかんだ。


「……!」


 もしかしたら、近いうちに二人がキスする未来が訪れるのかもしれない。



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