第9話 カフェで雨宿り


 有紗と叶乃はカフェで雨宿りをする事になった。レトロで落ち着いた店内。殆どの席が埋まるほど、人気なお店だった。

 まだ外は雨が降り続いている。帰る頃には止んでるといいけど。


 店の中に入ると、窓際の二人席に案内された。今はメニューを選んでいる最中。


 さっきから両手を頬に当て、迷っている有紗が可愛い。


「決まった?」

「西野さん待ちなんですけど」

「そうだった。てへ」

「ふざけてないで決めて下さい」


 すると、あろうことかメニュー表をぱたん、と閉じる有紗。


「えっ? どうしたんですか?」

「叶乃が決めていいよ」

「そしたら、メープルパンケーキとコーヒーになりますが、よろしいですか?」

「いいじゃん! それでいいよ!」


 店員さんを呼び、注文が完了した。



 待ち時間。


「せっかくなので、勉強しましょう」

「なんでええええー!」


 絶叫する有紗と冷静にテキストを開く叶乃。対照的だ。有紗は煩そうなので、放っておく。


「宿題終わっていませんよね? 一緒にしましょう」

「終わってないよ。叶乃、うつすから見せてええー」

「今日出された宿題をいつする時間があったのですか。私も終わっていません」

「えっ! 叶乃も終わってないの?」

「はい」

「……」


 黙々と課題に向き合う二人。

 だが、有紗はカリカリと文字を書いている訳ではなく、絵を描いている。


「終わりました? って、何描いているんですか」

「叶乃の似顔絵」

「うま! ……上手いですけど、勝手に再現しないで下さい。宿題して下さい」

「えええー。叶乃ー教えてー」

「もうすぐ終わるので待ってて下さい」


 数分後、叶乃の宿題が終わり、有紗に丁寧に教える。


「ここはこうして……これはこういう覚え方するんです」


 叶乃の説明が分かりやすいのか、有紗は大きく頷いている。


 でも、途中で集中力が途切れたのか、視線がテキストではなく、別の方向にいってしまった。


(距離、近くない……?)


 叶乃が前かがみになっている構図。

 顔が近いというか、何もかもが近い。吐息が伝わる。


 そして、やはり視線の先は――


「何処、見てるんですか」

「胸なんか見てないけど?」

「集中力が途切れているようなので、休憩しましょう」


 丁度そのタイミングで、注文の品がやってきた。


「こちら、苺トリプルパフェとメロンクリームソーダ、メープルパンケーキとホットブラックコーヒーです」


 そう告げ、店員さんは立ち去る。


「えっ? 私、ブラック苦手なんだけど」

「もっと大人になって欲しいと思いまして。それにおまかせでいいと言ったのは有紗です」

「無理、飲めない」

「砂糖とミルク、お好みで入れればいいじゃないですか」


 叶乃は砂糖とミルクが入った入れ物を有紗に渡す。


「ううう……」


 入れすぎレベルで有紗は砂糖とミルクを投入する。叶乃は控えめに引く。


「大人になって欲しいって叶乃は言うけど、わたし叶乃より胸、大っきいよ?」


 どーん、と見せつけるように有紗は胸を張る。


「それと大人になる事に何の関係があるのか、分からないです」


 ――特にあーんをする事もなく、普通に食事を終えた。


「美味しかったね」

「はい。でも……有紗が作ったお弁当のほうが美味しいです」

「何だって?」

「もう言いません」

「「ふふっ」」


 甘い時間は過ぎ、再び勉強タイムへ。


「分かんないんだけどー」

「偶には自分で頑張って下さい」


 有紗はコーヒーを啜る。

 コーヒーの苦みが身体全体に染み渡る。コーヒーを何度啜っても、分からない物は変わらず分からないけれど、それでも何度も啜ってしまう癖がある。


「って、叶乃、何の本読んでるの?」


 叶乃は宿題を終えたので、分厚い本を読んでいた。


「また集中力、途切れましたね」

「うう……」

「一般相対性理論と特殊相対性理論についての本を読んでいます」

「は?」

「は? って何ですか、失礼です」


「ざまぁじゃないんだ……」と有紗が呟くと。


「いや、勉強してる人の前で娯楽を愉しむのはどうかと思いまして」

「叶乃って優しいんだね」

「そ、そうですか……?」


 叶乃の頬が自然と赤くなる。照れている。


「読ませてー」

「有紗には理解出来ないと思いますが」


 叶乃は有紗に本を手渡す。


「ほんとだ、全然分かんない。でも、これ見たら宿題が簡単に見えてきた! 頑張ってみる!」

「良かったです」


 それから10分ほど、有紗は課題を頑張り、無事終えた。


「はあー終わった。疲れたぁー」


 有紗は両手を広げ、大きく溜息を吐く。


 外はとっくに雨が止み、暗い暗い夜の闇が広がっていた。


「雨も止んだし、帰りますか」

「ちょっと待って! スマホで『ざまぁ 小説』ってググったら無料でざまぁ小説読めるから、ググってみて」

「……」


 1分後。


「これですか? 『お前なんか死んでしまえざまぁ』」

「そういう意味じゃない!」

「ざまぁってやっぱり何ですか。あ! なんか『婚約破棄』とか『追放』とか『NTR』とか出てきました。NTRってニュートリエンじゃないですか。株価がざまぁされるんですか? 不思議です」

「NTRは寝取られ。叶乃、ズレてるよ。とにかく手当たり次第読んでみて」

「手当たり次第って……。ですが、全部悲しい出来事ばかりじゃないですか」

「だから、酷い目に遭った人が悪者を成敗してスッキリするの」

「まあ、時間があれば読んでみますね」


 カフェを出て、二人は家に帰った。



 叶乃の自室にて。


「ざまぁ……やっぱりよく分かりません」


 そう彼女は呟いていた。


 そしてスマホを弄り、ラインを開く。


『ちょっと西野さんの成績が心配なので、明日図書室で勉強会しましょう』

『えええー、なんでええええー』

『ラインでもうるさいのは変わらないんですね』


 有紗は兎が泣いているスタンプを送る。


『それよりざまぁ小説どうだった?』

『現実逃避はいけません』

『どうだった?』

『よく分かりませんでした』

『そっか、おやすみ』


『おやすみなさい』のスタンプを叶乃は送った。


 ラインで繋がっている、という安心感からかいつもよりぐっすり寝れた気がした。




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