第7話 連絡先交換


 とある日の昼休み。

 叶乃は有紗に「一緒に中庭でお昼食べよう」と誘われ、中庭に来ていた。だが、残念なことに中庭には先客がいた。――仲よさげな男女カップル。


 リア充滅べ、とか羨ましい、とは思わない。叶乃はともかく、有紗は男女の恋愛には全く興味が無い。

 でも、叶乃は別の意味で興味津々。


「あのカップル、数分後に別れますよ」


 何故か根拠の無い予言をする叶乃。


「何でそう言えるの?」

「だって、二人の距離の間にある、空間を見て下さい。人ひとり分空いてます」

「確かに。でも、あまりに詰め詰めだと食べづらいからじゃない?」

「そうでしょうか」

「私達には関係無いから、行こっか」

「……」


(振る瞬間が見たかった……)


 叶乃は名残惜しそうに、有紗を追いかけた。


 中庭から離れ、代わりに屋上へ行く。

 屋上には誰もいなかった。


「さ、食べよっか」

「はい」


 叶乃はコンビニのお弁当、有紗は手作りのお弁当。

 よく晴れた空の下、並んで正座して食べる。


 しばらくは無言だった。


 でも静寂を有紗が破る。


「あーん、しない?」

「あーん……ですか」


 数秒、叶乃は考える。


「ほら、毎日不健康な食事だと病気とか心配だし」

「そうですね」

「あーん」


 叶乃は大きく口を開けた。

 美味しそうな唐揚げが叶乃の口の中に入る。 


「美味しいです」

「良かったー」


 とっても嬉しそうな有紗。

 好きな女の子に「美味しい」って言われるなら、作った甲斐がある。沢山作りたくなる。


 一方、叶乃は指をもじもじと擦り合わせて、俯いている。


「あ、あのっ、西野さんが毎日、私にお弁当を作ってくれたら、不健康な食事とはさよなら出来るのでは? ……ないでしょうか」

「いいよ! 叶乃の為ならいくらでも作るよ!」

「ありがとうございます。無理しないで下さいね、無理でしたら断ってもいいんですからね?」

「ううん、作るよ」


 昼ご飯を食べ終わり、少しだけ休憩する。


「授業やだなー」

「まあまあ。本を読んでいたらあっという間に終わります」


(授業中に本読んじゃダメでしょ!)


 だが、叶乃は成績優秀。授業中に本を読んでいても、テストで満点取れる。だから、本を読んでいても許される……かもしれない。


 現実逃避で有紗は別のことを考える。そして、彼女はある事を思いついた。


「そうだ! 私達、仲良いんだし、連絡先交換しない?」

「いいですけど」

「ライン開ける?」

「ラインって線のことですか? マーカー貸しましょうか?」

「違う、違う。SNS」


 叶乃はスマホを彼女に差し出す。


「え、勝手にいじっちゃっていいの?」

「はい。ラインは家族としか繋がっておらず、無法地帯となっています」

「無法地帯ってw」


 ラインを開くとkananoと書かれた名前と犬のアイコンが出てきた。この犬は飼っているワンちゃんだろうか。とても可愛らしい。


「この犬って飼ってるの?」

「昔、犬です」


 そして何故か、両親とのメッセージ履歴が六年前。なんで?


「ろ、六年前……」

「プライバシーの侵害です」

「まだ何も言ってないじゃん!」


「じゃあ、使い方や友達追加の仕方は分かるね?」

「はい」


 QRコードで連絡先を交換し、試しにスタンプを送った。


 犬の『よろしく』スタンプ。

 叶乃はそれに対し、『よろしくお願いします』と文で送った。


「ちょっと! スタンプにはスタンプで返そうよ!」

「そんなルールはありません。でも、ごめんなさい」


 叶乃は続けて、猫の『よろしく』スタンプを送った。


「叶乃って猫派なんだ」

「そういう訳ではありません」

「そっか」


 連絡先の交換を終え、これでどこにいても、会えなくても、会話が出来るようになった。

  


 昼休みがもうすぐ終わりそうなので、二人は屋上を後にしようとした――


 パラパラ、パラ。


 空を見上げると、晴れていた太陽はいつの間にかどこかへ消え、曇天が広がっていた。


 ――そして、雨が降り出した。


「雨だね。傘持ってきてる?」

「もってきていません」

「うふふ」

「何ですか?」


 有紗は嬉しそう。

 相合い傘が出来るからだ。有紗は傘を持っている。


 教室に戻り、有紗がトイレに行った。

 一人になった叶乃は意味深に悲しげなトーンで呟いた。


「――ラインなんて久しぶりです」


 その呟きは誰にも聞かれることなく。


 雨色の教室はムッとした、湿った空気が漂っていた。







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