第6話 触ってほしい (♡)


 いつもより遅く起きた影響で、家を出る時間も遅くなってしまった。

 だから、電車を降りてからは急ぎ足で学校へ向かった。


 何故か有紗とは最寄り駅が同じなのに、一度もすれ違った事がない。それは単なる偶然なのか故意なのか。その謎はまだ解明されない。



 ――学校に着いた。

 教室のドアを開けると殆どの生徒が出席していた。その中に有紗もいる。でも、彼女は友達と楽しそうに……。

 嫉妬しちゃダメだって分かっているのに、この気持ちには抗えない。だけど、行動に起こすと嫌われるので行動にも移さない。

 気づいて、と言わんばかりに彼女のほうをじっと見つめるだけ。


 そう――叶乃も有紗の友達の一人だけど、有紗には沢山の友達がいるのだ。これは受け入れるしかない事実。


 じーっと見つめていると、やっと有紗も叶乃の存在に気づいたようだ。


「遅かったね」とひらひらと手を振ってくれた。それに応じるように、叶乃も小さく手を振る。


「漫画、どうだった?」

「面白かったです、西野さんも読むといいと思います」


 はぁ、と有紗は溜息を吐く。


「ん、良かった。ってそうじゃなくてっ! 興奮とかした? 寝れなくなった? ひょっとして今日遅かったのって寝不足のせいだったり?」


「してません。……でも、……妄想しながら読むと楽しさが倍増するのかもしれません……」


(妄想ね〜)と思いながら、有紗は鼻歌を歌った。


「じゃ、私も次読むね。叶乃は真面目だから、明日までに読んで、私に感想伝えなきゃ! って焦ったのかもしれないけど、返却期限全然先だから」

「はっ! からかってませんか?」

「からかってないよ。私も早く感想聞きたかったから。ありがとね」


 そう言いながら、机の中に例の漫画を入れる有紗。きっと彼女のことだから、授業中にでも読むのだろう。若しくは人のいない所でニヤニヤしながら読むとか。


 こうして貴重な朝休みは『触ってほしい』とは言えずに終わってしまった。


 残りのチャンスは昼休みと放課後。

 果たしてちゃんと言えるのだろうか。



 ――時は変わって昼休み。

 叶乃と有紗は机をくっつけて一緒に食べる。食べ始めてからずっと無言だったので、心配になったのか、有紗が話しかける。


「ご飯、美味しいね。元気無さそうだけど、大丈夫?」

「そうですね。あとご心配なさらず。私は大丈夫です」

「そう、なら良かった」


 有紗はホッとした笑みを浮かべる。

 でも叶乃の様子がやっぱりおかしい。


 口をパクパクさせながら、「さ、……さ、……さ」とモゾモゾ言っている。


「……さ?」

「…………」

「お昼休み、時間ありますか?」

「あるけど。てかいまも昼休みだよ?」

「……」

「どうしたの? 大丈夫? 様子がおかしいよ」

「気にしないで下さい」


 引き延ばしたら、いつまで経っても触ってもらえない、と思った叶乃は決心する。

 二人がお弁当箱を片付け終わった後、彼女に告げる。


「あ、あのっ……!」

「うん」


「――触って下さい」


「は? さ、触る?」

「はい。どこでもいいので私のことをどうぞお触り下さい」


(天然過ぎるでしょ。いきなり何なの? どこでもいいって言うなら、胸でもデリケートなゾーンでもどこでも良くなるよ?)


「本気で言ってるの?」

「はい、リボン」


 叶乃は有紗に白いリボンを渡す。

 有紗は何かを察した。


「やっぱ、髪なんじゃん」


 叶乃の白くストレートな長髪。

 今日も綺麗に艶めいている。サラサラで天使のような彼女の髪の毛を触るのは誰であっても許されない。

 けど、彼女は特別に有紗にだけ許したのだ。だから、その権利を有紗は大事にしなければならない。


「えっ、本当にいいの? 私でいいの?」

「有紗だからいいんです」


 早速有紗は叶乃のサラサラとした髪に触れる。まるで絹糸のような質感だった。


「髪型どうするの?」

「なんでもいいです」

「じゃあ、三つ編みポニーテールにするね!」

「ん」


 おまかせにしたが、有紗はこういうのに慣れている。実は小さい頃、妹によくしてあげていたのだ。


 それが叶乃はくすぐったいようで――


「んっ、ひゃ、ううっ……!」


(声がエロい……)


 内心、有紗はそう思った。


「声、我慢出来る?」

「出来ませ、ん」


 しばらく、叶乃の喘ぎ声(?)が続き……。

 ようやくサイドの三つ編みが完成した。


「ほら、三つ編み終わったよ」

「ありがとう。くすぐったいです」

「……可愛い」

「可愛い? 髪型が、ですか?」

「全部だよ」

「えっ?」


 叶乃は戸惑う。


 そうして最後に纏めてポニーテールにってあげて――ようやく完成。


「お疲れ様。どうだった?」

「気持ちよかったです」

「だろうね」


 久しぶりのポニーテール。

 白いリボンが彼女の可愛さを更に引き立てる。

 普段の姿も完璧美少女なのに、イメチェンしたことで更に可愛くなり、クラスメイトの視線が叶乃に集中する。


「西野さん以外に可愛いと思われるのは、何だか癪です」

「だね。私も叶乃を独り占めしたい」


 授業が終わり、放課後。

 夕焼け色に染まる教室に、今日も叶乃と有紗だけが残される。


「どうですか? 私、可愛いですか?」

「可愛いよ、とっても。可愛すぎて死んじゃいそう!」

「いつも思うのですが、有紗は愛情表現が過度ではありませんか?」

「そんな事ないよ。だって可愛いんだもん!」


 有紗はむぎゅっと、叶乃に抱きつく。

 そして頬をすりすりする。


「ちょっ!」


 有紗の巨乳が叶乃の小さな身体を押し付ける。少し息が苦しい。そして、唇が触れ合いそうなほど、近すぎる距離。


 有紗は楽しそうに夢中になっていて、叶乃も恥ずかしかってはいるものの、嫌がっていない。


 二人は放課後の教室で存分にイチャイチャした後。触れ合っていた身体を離した。


「西野さんの髪もいじってあげましょうか?」

「いいの?」

「は、はい……」


 叶乃は自信なさげだ。

 そんな自信の無さは的中するようで――。


「い、痛い痛い!」

「ごめんなさい。こんなかんじでどうでしょう?」

「くすぐったいし、ボサボサになってない?」

「後で鏡で確認してみて下さい。終わりました」

「ん」


 鏡を見てみると――


「やっぱボサボサじゃん!」

「なにせ初めてなので」

「でも、ありがとう。叶乃、大好き」


(……っ!)


「わ、私も……有紗が大好きです」


「「ふふっ」」


 放課後の教室に二人の賑やかな笑い声が広がる。


「髪は責任取ってね」

「うう……ごめんなさい」






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