第4話 帰り道


 夕暮れ時の帰り道。

 お互いの温かな手のぬくもりを感じながら、ゆっくりと歩を進める。


「叶乃の手、あったかい」

「西野さんの手も温かいです」

「ふふっ」

「?」


 二人とも照れているのか、視線は足許だ。


 それに話題が少ないのか静かな時間が暫し流れる。


 歩き続けていると、学校の最寄り駅に辿り着いた。ここは都会だから、夜でも人々の行き交いは激しい。そして、夜なのでお店の照明が目立つ。


 叶乃はコンビニの前で立ち止まった。


「コンビニ、寄ってもいいですか?」

「いいよ。何買うの?」

「夜ごはん」

「……そうなんだ」


 有紗の表情が陰る。


(夜ごはんって家族が作ってくれるものじゃないの? でも考えてみればそれって当たり前じゃないんだ……事情抱えてそうだけど、いつか私にも話してくれるのかな……?)


 考え事をしているうちに、叶乃は気づけばコンビニの中に入っていた。急いで有紗もコンビニに入る。


 有紗は彼女の買い物が終わるまで、無言で見守り、レジが済むのを待っていた。


「お待たせ」


 やっと買い物が終わったようだ。


 買ったものは切り干し大根とおにぎりとたまごサンド。美味しそうだけど何かが寂しい。


「じゃ、また手繋ご」

「はい」


 叶乃の小さくて柔らかい、可愛い手は何故か小刻みに震えていた。有紗はちょっぴり心配する。けど、口には出さない。


 真っ暗な夜を再び歩く。


 買い物袋は叶乃の手にある。


「持ってあげようか?」

「いいです」

「んー、甘えてもいいんだよ?」

「……」


 無言で叶乃は有紗にそっと買い物袋を渡す。


「ありがとう、有紗」

「……っ!」

「タメ口でしかも名前呼びっ!? 私、今夜死ぬのかな……」

「死にません」

「比喩だよ。それと私のことはお姉ちゃんと呼んでもいいんだよ」

「姉は事故で死にました。あと、西野さんはと言っていませんでした?」

「えっ、死んだ?」

「嘘です。騙されました?」


 本当か嘘か分からないことを言うのはやめてほしい。


「叶乃の家、何処なの?」

「電車で一駅先行った所です」

「えっ、奇遇! 私も一駅先」


 二人の最寄りは同じ池袋駅だった。


 そのまま電車に乗り、家を目指す。


 電車内で叶乃は有紗を無視して、文庫本を読んでいた。先ほどの百合漫画ではない。いつの間に借りたの? と有紗は疑問に思っていた。いくら何でも、さりげなさ過ぎる。


「ちょっと! 私とお喋りしようよ。それに短時間だからそんなに読めないでしょ。ってほら、もう着いたよ」

「流し読みという名の偵察です。読み終わりました」

「私より本のほうが大事なんだ……」

「?」

「何でも」


 電車から降りる。そして手を繋ぐ。


「家まで近いなら、送ってあげよっか?」

「いいんですか?」

「だって、私は叶乃のお姉ちゃんだもん」

「は? いつから……?」

「だって家族、いないんでしょ?」

「……家族くらいいます。勝手な憶測立てないで下さい」

「バレちゃった?」


 有紗は叶乃の事情を早く知りたいらしい。だから、勝手な憶測を立て、口からポロッと言ってくれるのを期待していた。


 五分程度歩くと、叶乃の家に着いた。

 大きな一軒家。庭には、暗いけど雑草が蔓延はびこっているのが分かった。


「……ここが叶乃の家か」

「送って下さり、ありがとうございます」

「いえいえ。ちゃんと漫画読んでね!」

「はい」


 じゃ、と手を振り別れようとする――が叶乃が引き止めた。


「――行かないで」

「へっ?」


 有紗は身を翻す。


「一度だけ、ハグさせて下さい。送ってくれたお礼です」


 叶乃が有紗の大きな胸に飛び込む。柔らかな弾力が全身に響いた。


 一方、有紗は叶乃の甘い香りに圧倒され、どうにかなってしまいそうだった。絶頂寸前。


 女の子同士はやはり柔らかい。


「一人は寂しいです……」

「うん」

「有紗、もう大丈夫」


(私は違う意味で大丈夫じゃない)


「叶乃、好き」

「ん?」


 叶乃は恋愛感情の好きか、友情の好きかどうかは聞かなかった。


 ――薄々、気づいていたから。

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