第3話 放課後
放課後の教室に集まった叶乃と有紗。
緊張感が張り詰める。心臓の鼓動が煩い。
気まずかったので、叶乃が有紗よりも先に口を開いた。
「話って何ですか? 漫画の話なら明日でも――」
「――漫画の話じゃない」
有紗は真顔でまっすぐ、叶乃を見つめる。
「単刀直入に言うと、名前で呼びたいなって」
「漫画のキャラをですか? ご自由にどうぞ」
「違うよ! 何でそうなるの?」
……。
叶乃はやはり天然なのかもしれない。
心機一転。
「その……市原さんのことを名前呼びしたいなって。……ほら、友達なんだし」
「うーん」
叶乃は腕を組んで唸りつつ、考え込んでしまう。
「そんなに悩む?」
「いや、家族にも呼ばれたことない名前を友達に呼ばれる日が来るとは思わなくて……」
「家族にも呼ばれたことない!?」
叶乃は謎に包まれている。
彼女は家族に「あんた」とか「お前」とか「クズ」とかしか呼ばれたことがないらしい。
お世辞にも家庭環境が良いとはいえない。
「じゃあ何て呼ばれてるの? 苗字は一緒だよね?」
「内緒です」
叶乃は苦笑いを浮かべる。
「話戻すけど、市原さんのこと名前で呼んでいい、かな?」
「……いいですけど」
「やったー!」
ルンルン気分で有紗は幸せそうに飛び跳ねる。頭上には空想上の花が浮かんでいるように見える。子供のようにはしゃぐ彼女を叶乃は呆れた目で見遣る。
「あのー、はしゃいでいる所申し訳ないですが、あなたは私のことを名前で呼んでいいですけど、私はあなたのことを名前では呼びませんからね」
冷たい声に一気に有紗は飛び跳ねるのをやめる。切り替えは早く、既に有紗は涙目になっていた。
「なんでー、私のことも名前で呼んでよ」
「嫌です」
即答。
「なんでそんな悲しいこと言うのー? 叶乃」
(はっ……!)
いきなり名前呼びされ、心の準備が出来ていなかったのか、顔を赤らめる叶乃。
赤くなった顔はすぐに有紗に気づかれてしまう。
「あー、顔赤くなってるー。嬉しいんだ? 嬉しいんでしょ?」
「嬉しくなんか……ありません」
「照れなくていいから。その調子で私のことも名前で呼んでよ」
数秒の間を置いた後。
「しょうがないですね。あ、あり……やっぱ無理です」
「無理じゃない! 呼んでくれるまで帰さないよ」
「それを刑法では監禁といいます。人質は誰ですか、私ですか」
「……」
「多分、何かの拍子にふと名前で呼んでくれたほうが、西野さんは嬉しいのではないですか?」
「そうだね。待ってるよ」
ようやく
下駄箱で制靴に履き替える。
一緒に帰ることになったらしい。
陽はすっかり沈み、外は薄暗い。
確かに一緒に帰ったほうが安全だ。
「もう夜だね」
「ですね」
叶乃は俯きがちに「ん〜〜」と唸っている。
「どしたの? 、叶乃」
「あ、あの……!」
きっと今言わないと後悔する。
有紗は何度も私のことを名前呼びしてくれてるのに。
叶乃は有紗の手のひらを両手で包み――
「これからもずっと友達でいて下さいね、有紗」
と告げた。
「〜〜っ……!」
有紗はあまりの尊さに卒倒する。
「大丈夫ですか? 西野さん」
「叶乃が、、叶乃が、名前で……呼んで、くれた……!」
「えっ? 私、あなたのこと、名前で呼びましたっけ?」
どうやら無意識だったらしい。
「呼んでくれたじゃん! ずっと友達でいてね、って」
「んー、記憶にありません。恐らく50回に一回くらいの頻度であなたのことを名前で呼ぶかもしれません」
「すごい低確率! じゃあずっと喋ってればいいんだね」
「疲れるのでやめて下さい」
「もう一回呼んでよ」
「嫌です」
あからさまにしょんぼりする有紗。
その仕草はまるで子犬みたいだ。
「あ、この手はこのままでいい? 安心するから」
有紗の手は叶乃の両手に包まれたままだ。
「それならいっそ、手を繋いでしまいましょう」
「えっ、叶乃、積極的だね」
「何が積極的なんですか?」
「……なんでも、ない」
夕暮れ時の帰り道に二人の小さな影。
「さて、帰りましょうか。有紗」
(全然50回に一回じゃないじゃん!)
こういうのは自然が一番いいのかもしれない。
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