リア充殲滅勇者

坂本てんし

第1話 目覚め、そして伝説へ


 ――世界が闇に包まれようとしていた。

 

 その発端。数百年ぶりの魔王の復活。

腕に自身のある数々の冒険者、歴戦の猛者たちが魔の王に挑み、散っていった。しかしながら、人類は未だ希望を捨ててなどいなかった。

伝承にある人類の希望。微かに灯る火種をその奇跡で業火にまでする神に選ばれし存在――勇者。

世界中の大国は勇者が現れるまでその戦線を維持し、魔王軍との均衡を保っていた。いわば冷戦状態、いつまた戦いの火蓋が切られてもおかしくない。

そんな危険な状況下にある世界で。世界の悪を憎むただ一人の男が、今日も今日とて数少ない平和な街を闊歩していた。




「ねぇ、次あそこ行こうよ」

「ええ? しょうがないなぁ」

 ――イチャつくカップルが一。

「はい、これ」

「え、プレゼント⁉︎ 嬉しい! ありがとう!」

 ――イチャつくカップルが二。

「…………チッ」

 一眼も憚らず周囲に自己顕示欲をばら撒く脳内お花畑パンデミック集団が視界に入り、思わず舌打ちが出る。ああいうことに恥じらいを持たず、周囲の人間――主に俺がどう言う気持ちでいるのか、迷惑になっていないかなど、そう言う考えを一切持たずそれを疑問にすら思わないのが、まさしく脳内お花畑だろう。

「えぇ〜、ヤダぁ〜」 

 女のムカつくような声が聞こえ、そっちに視線を移す。

「いいじゃんいいじゃん。ちょっとだけだからさ」

どうやら彼氏らしい男にホテルに行かないか誘われているようだった。対する女は言葉では拒否しているのだが、その様子はまんざらでもない。女が本当に拒絶する時は、冷たく冷え切った声で「……ほんとにやめて」と言うのだ。ちょっとトラウマがフラッシュバックしてきた。

「……猿め」

 と吐き捨てながら、性欲の権化カップルに呪いの篭った視線をぶつける。すると、彼氏の猿と目が合った。

「あ? なんすか? さっきから睨んできて、なんか文句でもあるんすか?」

 威嚇するような強い口調。女の前だからとカッコつけているのが見え見えだ。こういうイキリたがりの猿には、やはり強く言っておくべきか。

「あっ、い、いえ、べべ、別に文句なんて……」

「チッ……なら最初から文句付けるような目ぇすんじゃねえよ」

「ねえもういいから早く行こうよ」

「あ? ああ、そうだな」

 ……………………。

「……ふん」

 猿どもがホテルに入ってくのを見て鼻を鳴らす。

 ったく、女の前だから仕方なく下手に出てやったんだぞ。まったく、感謝してほしいところだぜ。まあ正直めちゃくちゃダサいことしてるのはわかっているものの、こういうところが俺らしくはあるなと自覚している。

 力だ、力さえあれば……! と、闇落ち主人公的なのを脳内で演じつつ家までの帰路を一人ぼっちで歩いていった。



 その日の夜は星がよく見える綺麗な夜空だった。ベランダに出て、一人でゆっくり眺める綺麗な景色ほど素晴らしいものはない、そう思いながらぐびっと風呂上がりの牛乳を一気飲みする。

「美味い」

 やはり風呂上がりは牛乳に限る。夜風の涼しさも相まってその美味しさは三割増だ。

「それにしても……」

 眼下に見える街を見て思う。――リア充の多さ。

 今、世界は魔王の手によって危機にさらされている。それは世界中で認知されていることだ。だというのに、なんだこれは。圧倒的な危機感の欠如。今ここに強力な魔法でも打ち込めば一網打尽でリア充どもを根絶やしにできることだろう。なんなら魔王の代わりに俺がそうしたいくらいだ。

「とはいえ……」

 俺にその力はない。幼い頃から今に至るまでひ弱。貧弱にして脆弱。さっきみたいに、俺の内側に燻っている恨みや妬みの感情を飛ばすことしかできない雑魚中の雑魚。

「頼む神様。俺に、悪を滅する力をください。この世界を変えられる力を――!」

 雑魚は雑魚らしく神に祈ってみることにする。今から努力しようと剣王になれるわけでも覇王になれるわけでもない。それこそ、神に選ばれるために今のうちに懇願するのが得策と言うもの。靴を舐める勢いで頼み込んでやるぜ。俺にプライドというものは存在しない。



 翌朝。

 どうやら俺の必死の願いは神に届いたらしい。

「……まじか」

 溢れんばかりに湧き出てくる絶大な力に驚愕する。

魔王を倒し世界を救うために神に選ばれしものが与えられる勇者の力。自分で言うのもなんだが……神よ、こんな力俺に与えてよかったのか。絶対人選間違えてるだろ。

「……まあいい……ふふっ」

 これから先のことを頭に浮かべ、ついつい笑みが溢れてしまう。

 ついにこの手で悪を断罪できる時が来たのだ。手始めに――、

「とう――っ!」

 掛け声を発しながら、開放されたベランダから外に飛び出す。そして、己の身に宿る勇者の力――魔力を知覚し、頭の中で事象をイメージしながら解放させる。

「アァイ……キャァァン……フラァァァァイ‼︎」

 腹から声を出した俺の叫びと同時に、俺の体は宙を舞う。魔力によって風と空間を支配した俺のオリジナルの魔法――【アイ・キャン・フライ】。まさか一発で成功できるとは。魔法はイメージが大事という先人の教えはやはり正しかったようだ。普段から妄想……否、想定して訓練を積んでいて正解だった。

「さてさて、じゃあ次は……」

 言いながら街を見下ろす。相も変わらず喧騒。リア充が蔓延っている魔の巣窟だ。なればこそ――、

「この力を試す時だな」

 もっと広く街を見れるようにさらに上空へ飛翔する。

 長年周囲を観察しながら歩いていた結果、俺はリア充とそうでないものを見分けられるようになった。マジで何やってんだと言いたくなるような特技だが、勇者の力を得た今。この特技は120%の効力を得る。

「リア充サーチ! ァァンド……バリアァ!」

 まず一つ目、【リア充サーチ】。

 魔力によって120%の効力を得た俺の特技により、街全体の人間をリア充とそうでないものとで識別。そして二つ目の【バリア】で非・リア充を不可視の障壁で守る。

何から守るのか。それは――、

「『世界を黒に染めし悪よ。本能でしか動けぬ知性を忘れたただの獣よ。我が力をもって、その肉体と魂を、未来永劫灰燼に帰せ‼︎』」

 灼熱。爆炎。業火。紅炎。爆裂。火炎。焔。

 思いつく限りのありとあらゆる炎の要素を、胸の前に構えた両手に収束。そして一気に解き放つ。

「エクスッ! プロォォオジョォォォン‼︎」

 赤い閃光が迸り、瞬間。リア充を標的にした大爆発が巻き起こった。

 凄まじい衝撃と何もかもを吹き飛ばすほどの爆風、熱波が俺を襲うも、勇者であるが故にほぼ無意味。それ以前に、手にしてしまった絶対的な力に高揚感を覚えそれすら気にならなかったというのが的確か。

「ふっ……ふふふふ……フハハハハハ! はーはっはっは!」

 あまりの興奮に、思わず魔王のような高笑いをしてしまう。とはいえ、これは凄い。まさに神の如き力。これさえあれば、リア充どもを駆逐できる……ッ! 一匹残らずッ!

 俺は再度リア充サーチを使用し生き残りがいないか確認。すると、少数だが引っかかったので、今度は直接やろうと街に降り立つ。

そういえば、勘違いする奴も多いが、俺はリア充が嫌いなだけで家庭、夫婦をも憎んでいるわけではない。夫婦というのは契りを結んだ、絶対に切れない永遠の愛で結ばれているものだ。不変で尊い、幸せなものは、俺の憎む対象から外れる。むしろ暖かい家族風景は見てて微笑ましくなる。守るべき存在なのだ。 

「さてさて……」

 降りた街の景色はひどいものでどこを見ても壊滅。これまで見慣れた風景など一切なく、ただ瓦礫の山が積み上がっているだけだった。先刻、家族の幸せな風景は守るべきだと言ったが、それ以上にリア充は殲滅しなければならない。それが俺の……リア充殲滅勇者としての役割なのだ。

「あ、あの……助けてください、エミリーが……」

「うっせえ死ね」

爆破。

 エミリー共々塵となって消えろ。

「……ふう」

 と、まあこんな調子でこの街に残る数少ないリア充を爆裂魔法で消し去って回った俺は、【アイ・キャン・フライ】を駆使して、他の平和な街に未だイチャつくリア充どもを殲滅せんと飛んでいった。



 リア充殲滅の旅を始めて早半年。今日も今日とて、俺は悪を滅していた。

「ギルティィ! ギルティ! リア充ギルティィ‼︎」

 街中で爆裂魔法を連発するたび、そこに住む住民の悲鳴が響き渡る。しかし、そんなのは関係ない。この世界の平穏、俺の心の安寧のため、俺は今日もカップルをこの世から消さねばならない。

「くたばれ! この性魔獣がッ!」

 バルス! エクスプロージョン! とばかりに、とどめに強力な炎魔法で肉片残さず灰燼に帰す。やれ誕生日、やれクリスマスと祝い事の度に交わる悪の権化には性魔獣という名がお似合いだ。ざまあみやがれ。

「ふうっ……」

 と、やりきったとばかりに額の汗を拭う。すると、周囲からの怒声が耳に届いた。

「何がふう、だよ! お前は罪のない一般人を殺したんだぞ⁉︎」

「そうだそうだ! このクズやろう!」

 住民からの猛バッシングにやれやれとため息をこぼす。

 全く、わかってないな。リア充は悪、カップルは罪。それが世の理だろう?

「お、おい。あれ……」

 すると、俺を責めたてていた内の一人が、俺の背後を指差して何か呟いた。その方向――滅したリア充のいた場所に紫の水晶、魔石が転がっていた。

「あれは魔族しか落とさない魔石⁉︎ まさか、勇者は魔族が隠れていると初めから分かってて……?」

「……ふっ、そのまさかさ」

 俺が一言そう言うと、わっと歓声が沸き起こった。

 ふっ、一ミリたりともわかってなどいなかったが、まあ結果オーライだ。

 そうして俺はまた一つ、リア充の魔の手から街を救った。



 あれからさらに半年。

 世界を脅かす魔族の王――魔王を倒すべく、魔王城へと乗り込んだ。せっかく勇者の力を得て一周年。どうせなら倒しておくべきなのだろう。

「……ん」

 魔王の間へと進む道中。先にやってきてたのであろう、男女三人ずつのパーティが魔物に苦戦していたため、加勢した。

「死ねぇ‼︎」

「そんな⁉︎」

 速攻で男女パーティを壊滅させた。こちとらソロだぞ甘えんな。

 

 そんなこともありつつ、ついに辿り着いた魔王の間。

 そこと外界とを隔てる魔王城最奥の大扉を両手で押し、開く。

「待っていたぞゆーしゃよ!」

「……お前が魔王か?」

 玉座に立ち上がり高々と声を上げているのは、禍々しく強大な魔――ではなく、小さくて可愛らしい少女だった。

「いかにも! 我こそが魔王なり! さあゆーしゃよ、最後の戦いを始めようではないか!」

「待て待て」

 今にも魔法を撃ちそうになっている魔王を片手で制する。見た時からなんとなく感じていたこの気配、感覚……。

「……お前、非リアだな?」

「……⁉︎」

 今の反応で確信した。やはり、目の前の少女は純粋無垢でいたいけな女の子だったようだ。ならば、俺がこの子と戦う理由はない。俺は同胞には優しいのだ。

「ふっ……なら、俺がお前と戦う理由はない。俺はリア充しか殺さない主義だからな」

 世界には悪いが、俺が魔王と争う意味はない。来た道戻るの面倒だし、天井に穴でも開けて飛んで行こうかと魔力を発動させた時。

「ま、待て!」

「ん? なんだね」

 呼び止められては止まらざるを得ない。飛行魔法と炎魔法を中断し、話を聞くことにした。

「わ、我もなんだ!」

「? 何が」

「貴様と同じで、リア充だけを襲ってるのじゃ!」

「へえ……」

 これは面白いことを聞いた。目の前の魔王の行動原理は俺と同じだったようだ。ということは……。

「なら、後は任せろ」

「え……?」

 魔王に近づき、小さな頭にポンっと手を乗せる。

「俺が世界からリア充を殲滅してやる。だから、お前は手を汚すな。魔王軍は退かせて、残りは全部俺がやってやるよ」

「わ、わかった……」

 ふっ、世界から魔王の脅威をなくしながらカップルを殲滅できる、一石二鳥の大活躍ができるとはな。結果的にいえば世界を救って俺の心の安寧をも得られることになる。実に素晴らしい。

「じゃ、またな」

 そうして俺は、魔王城から飛び出して、世界中のリア充を殲滅しに行った。

 それから数ヶ月。

神に選ばれた俺の力で世界中からリア充は消え去り、魔王の脅威も完全になくなった。

そのおかげもあり、俺のした英雄的行動は、後に世界を救った伝説の勇者として後世へと語り継がれることとなったのでした。めでたしめでたし。

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リア充殲滅勇者 坂本てんし @sakamototen

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