野良猫の秘密
ふさふさしっぽ
野良猫の秘密
僕はトラコ。茶トラの猫だ。ショータローという男の人が僕の飼い主だ。
ショータローは、僕と違ってあまり若くない。たしか、三十五歳だったはずだ。ちなみに僕は八か月。
ショータローの住む家はあまり広くないけれど、ショータローは仕事から帰ってくると、すぐに僕と遊んでくれる。仕事が休みの日はもっと遊んでくれる。
僕が家の中を散らかしても怒らないし、ごはんもいつもたっぷり。幸せなんだ。
「ただいまトラコ、新しいおもちゃを買ってきたぞ」
ショータローが会社から帰ってきた。
待ちくたびれちゃったよ。
僕はショータローにじゃれつき、肩に飛び乗って、おかえり、という。
「本当に可愛いなあ、トラコは。猫がこんなに可愛いなんて思わなかった」
ショータローはそう言いながら大きな手で僕の頭を撫でる。
そうでしょう? 僕は可愛いでしょう? なんたって、猫なんだから。
「プータローだった俺の前にトラコが現れたときは、俺に飼えるかな、って思ったけど、仕事も見つかったし、あの出会いは運命だったな」
ショータローはプータローだったのか。プータローってなんだろう。
「もしかしてトラコ、トラコは俺に会いに来てくれたのか?」
そうだよ。
けっこう鋭いね、ショータロー。
会いに来た、それは正解。
僕はショータローに出会って、ショータローに飼ってもらうために、ここまで歩いてきた。
ただ、なんでそうなったかというと、ショータローにはちょっといいづらい、秘密があるんだよね。
これは、僕だけの秘密なんだ。
♦♦♦
僕はショータローの家から遠く離れた港で生まれた。
気がついたら、お母さんがいなくなっちゃって、それからは、漁師さんたちがくれる魚を食べて、ほかの猫たちと暮らしてた。
ごはんには困らないけれど、雨の日もあるし、縄張り争いもあるし、野良猫は大変。
そう思っていたとき、一羽のカモメに出会ったんだ。
カモメはこういった。
「人間ショップにいらっしゃいませんか」
野良猫界では有名な話だ。人間ショップを開いているカモメがいると。たくさんの人間の中から好きな人間を選んで、飼い主にすることができるんだ。野良猫の中には、自由を奪われたくない、今のままでいいという猫もいるけれど、僕はちょっと興味があった。野良でいるのに疲れちゃった。とりあえず、行ってみることにした。
カモメが羽をはばたかせ、風が起こったかと思うと、そこは港じゃなくて、知らない場所だった。今僕とショータローが住んでいる、家の中、といった感じで、風もないし、海の匂いもしなかった。
「人間ショップへようこそ、お客様」
カモメが僕の前に立って、丁寧にお辞儀をした。
「人間のランクは松・竹・梅がございます。お代は、松が魚二十匹、竹が魚十匹、梅が魚三匹です」
そう言って、壁にかかっている様々な人間の絵を羽で指した。人間の絵は三十枚くらいあった。
「え? 魚が必要なの?」
「当然です。ここは『ショップ』ですよ。タダで人間をお売りすることはできません」
「僕、今魚なんて持ってないよ」
「後払いで結構です。分割も受け付けます。お支払いがお済み次第、お買い上げいただいた人間と出会える場所をお教えいたします」
「そうなんだ。僕を飼ってくれる人間が出てくるわけじゃないんだ」
「左様でございます。どういたしますか。松ランクの人間はセレブ揃い。一生贅沢して暮らせます。竹ランクは、松より落ちますが、豊かにのんびり暮らせます。梅は、一般庶民。たまのおやつに『ちゅるる』を貰える程度でしょう」
このとき僕は、とにかく魚がたくさんないと、人間を買えないんだってことがわかって、がっかりしてた。梅でも魚三匹。そのときの僕にとってはごちそうだ。人間一人のために、もったいない。
「もっと安い人間はいないの? 魚一匹とか」
だめでもともと、一応聞いてみた。カモメはううん、と唸り、
「いることはいます。ほら、あそこの隅の箱に、人間の絵が十枚くらい入っているでしょう? あの箱の中の人間は魚一匹です。掘り出し物があるかもしれませんよ。ただし松・竹・梅の人間と違って、返品・交換不可ですので、ご注意ください」
僕は箱の中に無造作に投げ込まれている人間の絵から、ショータローの絵を選んだ。一番優しそうに見えたから。これにする、といって、カモメに絵を渡した。
「ふむ、その人間ですか。瀬戸祥太郎、三十五歳。悪人ではありませんが、現在無職で、親を亡くし、古くて狭い一軒家に住んでいます。毎日ごろごろして、無気力な人間。性格は、おっちょこちょい」
カモメがショータローの絵の下のほうに書いてある、ショータローについての説明を読んでくれた。
「それでもよろしいですか」
「うん。僕、その人がいい」
「かしこまりました」
カモメが羽をはばたかせると、そこはもといた港だった。僕とカモメが向きあう形で立っている。
「では明日までにこの場所に魚を一匹お支払いください。そのとき、お買い上げいただいた人間に出会える場所をお教えいたします」
カモメのいうとおり、僕は魚を一匹カモメに支払い、ショータローの家を教えてもらった。
「先日も申し上げたとおり、返品交換不可ですから、お気に召さなかった場合はご自分で対処してくださいね」
カモメはその言葉を最後に飛び立っていった。
ショータローの家は港からかなり遠かったけれど、僕はカモメにもらった『ショータローの匂い』を頼りに頑張って歩いた。
やっとのことでショータローの家に着いたとき、僕はお腹ぺこぺこ。疲れて眠っちゃった。
目が覚めたときは、もうショータローの家の中で、ぼさぼさの髪と、よれよれの服を着たショータローが「わ、猫生きてた」とか言って、おろおろしてた。
♦♦♦
これが二か月前のこと。懐かしいなあ。
ショータローと出会えて、本当に良かった。
「トラコ、このおもちゃ、あんまり好きじゃないか?」
ショータローが首を傾げる。
いけないいけない、せっかくショータローがおもちゃで遊んでくれてるのに、昔を懐かしんじゃってたよ。
ショータローにはいえない秘密。
魚を惜しんで掘り出し物の中からショータローを選んだなんていえない。
まあ、ショータローに野良猫界の「人間ショップ」が分かるはずはないけれど。
これは野良猫の秘密だから。
「性格はおっちょこちょい」この点は、カモメがいったとおり。
どうやらショータローは最初、僕を女の子だと思っていたみたい。今はすごく小さい僕だけど、すぐに大きくなるからね。
そんなおっちょこちょいのショータローが大好き。
掘り出し物どころか、僕の最高の飼い主……友達だよ、ショータロー。
終わり。
野良猫の秘密 ふさふさしっぽ @69903
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