愛ゆえに苦しむ縦に伸びる猫

長月瓦礫

愛ゆえに苦しむ縦に伸びる猫


まるまると太った猫が背を丸め、にょんにょこと会話をしている。

窓の向こうに何かいるらしい。

穏やかな昼下がり、ほっこりする光景に違いない。


「ははあ、そちらはずいぶん大変だったんですねえ。

そうですよねえ。新年早々、どうしてこうなったんだか……」


窓の向こうにいるらしい何かが話を続ける。

猫はメンチを切ることに定評があると聞いていたから、穏やかにしていることにまず驚いた。まあ、この猫は好戦的なほうじゃないし、喧嘩ができる体型でもない。


「私は運がよかったんですねえ、みんな無事みたいでしたから」


「いやはや、人生何があったか分かったもんじゃありませんにゃあ。

うしろの男に拾われてからすっかり変わりましたよ」


へいへい、俺はすっかり猫様の奴隷ですよ。

車に乗せた俺を感謝しやがれ、デブ猫。


「やはり、人間と暮らすと変わりますか」


「変わりますねえ、全然違います」


デブ猫は頭を揺らし、しみじみとうなずいている。


「何も心配せず、安心して暮らせる。これが一番の幸福ですよ。

ぬくぬくとしているだけで人を癒し、存在価値を見出す。

こんなに嬉しいことはありませんよ」


何を言っているんだ、この猫は。

全知全能の神になったつもりか?

俺はコーヒーを片手に、猫同士の会話に耳を傾ける。


「うーむ……やはり、生きる残るためには人間との共存が必要不可欠なんですかね」


外にいる猫はうなりながら、悩んでいる様子を見せる。

野良猫暮らしはさぞかし大変なのだろう。


「僕はどうにも力加減が苦手なんです。

近づく人を傷つけてしまって、恩を返すことができないでいるんです。

どうしたらいいでしょう? 可愛がってくれる人に申し訳なくて」


野良猫が一丁前に愛情を理解しているらしい。

お互いに困ったように、ふにゃふにゃと鳴いている。


「それはそれは、難しい悩みですにゃあ。

爪がなければ、野良世界を生き抜くことは難しい。

しかし、それで傷つけてしまうのは非常に悲しい」


「そうなんですよ、傷つけるために爪があるわけじゃないのに……」


何で猫が戦場の兵士みたいなことを話してるんだ。

まるで意味が分からない。


「お話を聞く限り、何もせずとも癒しを与えることができているのでしょう?

もし、あなたが嫌われているのであれば、ひどいことをされていると思いますよ。

それができるのが人間ですから。あなたのことが好きだから、傷つけられても気にしないんだと思います」


だから、お前は全知全能の神か何かか?

何が悲しくて猫ごときに愛を説かれなきゃならないんだ?

窓の向こうにいる猫は感動したのか、しばらく黙っていた。


「確かに、そうかもしれませんね。

ありがとうございます。何もせずとも私の愛は伝わっているのですね。

なんだか心が軽くなりました」


「いえいえ、たとえ猫の手であっても困っていれば助けるのは当然のことです。

私でよければ、話し相手になりましょう」


俺は話相手が気になり、窓を開けた。その猫は手が白い黒猫だった。

エアコンの室外機に手をかけ、前のめりになっている。


「ありゃ、あなたが家主さんですか。この度はありがとうございました。

長年抱えていた悩みだったので、解決できて本当に良かったです」


黒猫は嬉しそうにしているが、ここは二階だ。

支えが室外機くらいしかないから、どうにかバランスをとっているのだろう。

あまりにも長い胴体を見て、俺は窓を閉めた。

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愛ゆえに苦しむ縦に伸びる猫 長月瓦礫 @debrisbottle00

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