第3話 怪情報
その新たな情報というのは、ある「タレコミ」からであった。
本当であれば、犯人が、日本に潜伏しているということであるなら、写真を公開し、公開捜査ということも考えられる。
確かに状況証拠だけなので、
「いきなり逮捕」
ということなどできるわけはないだろう。
しかし、身柄確保くらいはできるだろう。何といっても、重要参考人であり、今のところ、他に犯人は見当たらないのだ。
しかも、犯人が忍び込んだ形跡がないということから、少なくとも、
「この息子が、何らかの形で事件に関わっていると考えるのは、当然のこと」
なのかも知れない。
ただ、この時、迫田刑事の不振に感じたのは、
「なぜ今なんだ?」
ということであった。
公開捜査をしていなかったということは、このタレコミは、明らかに、
「息子をよく見知った人からのものだ」
ということになるのだ。
もちろん、そこまで予測しての、公開捜査に踏み切らなかったなどということはありえないので、これこそ、ケガの京妙といってもよく、それだけに、
「偶然にしては、よくできている」
ということだった。
このタレコミは、警察に匿名のメールが来たものであり、送り付けてきたメールアドレスも使い捨てのものであり、しかも、送信元が、インターネットカフェということで、その人物を特定することはできなかった。
そういう意味では、
「ガセネタ」
である可能性は、かなり高かった。
しかし、他に手掛かりもなく、事件は、まもなく迷宮入りするということであれば、どんな情報にでも飛びつかないわけにはいかない。
もし、この事件が迷宮入りということになれば、世間はどうであろうか?
事件発生当時は、本当に毎日のように、マスゴミが騒いでいたが、あれから、だいぶ経ったので、マスゴミも世間も、事件に関しての関心は、ほとんどないといってもいいだろう。
しかも、老夫婦は、
「守銭奴」
と言われるくらい、世間の人から隔絶されていた。
確かに、寝込みを襲われて、問答無用で金を取られ、容赦なく殺害されたわけなので、当初は、
「可愛そうだ」
「犯人は、何て極悪で、狂暴な人間なんだ。そんなやつをのさばらせているなど、警察の責任だ」
とまで言われていた。
そうなると、警察の情報部も黙ってはいない。
「警察の威信とプライドに賭けて、ホシを上げる」
と、捜査本部も息巻いていて、捜査員を叱咤激励していたが、実際に、
「ここまで何の情報もないものか」
ということになると、どうしようもなくなっていた。
そういう意味で、
「守銭奴」
と言われていた老夫婦は、別に人から慕われるような、
「好々爺」
というわけではなかったということだろう。
「まわりの貧乏人と我々とは違うんだ」
と言わんかなりだったに違いない。
近所の人は、
「まさか、あの老夫婦が、そんなにお金をため込んでいたなんて知らなかった」
と思っているに違いない。
そのあたりのことが報道され始めると、最初は、
「可愛そうだ」
といっていた連中が、
「ひょっとして、金に関するトラブルからの怨恨だったんじゃないか?」
というウワサも流れるようになり、警察も、その路線で捜査を行ってみたが、実際にそこから得られるものはなかったのだ。
確かにそんな話があるのなら、捜査の早い段階で分かっていたことであろう。しかし、そういうことがないわけなので、
「事件が、暗礁に乗り上げる」
というのも、無理もないことだったに違いない。
そんな中において、情報が寄せられると、飛びついてしまうのも仕方のないことであろう。
この事件に関して、
「お宮入りさせたくない」
という思いは捜査員皆にあり、それは、
「憎き犯人を逮捕する」
というよりも、
「この夫婦が言われているような本当の守銭奴で、トラブルによる犯行だったのではないか?」
という想像が当たっているかどうか?
ということの方が気になっているのだった。
そういう意味で、今回の事件に対して、
「犯人逮捕」
というよりも、
「真実を知りたい」
という意味での解決を、皆が望んでいることであった、
実際に、寄せられた情報というのが、
「息子を見た」
ということであったので、警察もその情報を、最初は、
「鵜呑みにしてもいいのだろうか?」
ということであった、
というのも、
「息子は、海外に出国した」
ということが分かっていて、それが犯行当日だったこともあって、
「重要参考人」
というよりも、一足飛びで、
「重要容疑者」
といってもいいくらいになっているではないか。
それを考えると、
「そんな状態になっているのを、息子だって分かっているだろう。もし、やつが犯人だということになれば、ノコノコ日本に帰ってくるわけはない」
というのが、捜査本部の考えだった。
「今の時代は昔と違って、海外に逃げれば、そのまま海外にいる方がいいかも知れないな」
と本部長が言った。
「どういうことですか?」
と若い捜査員が質問したが、他に誰も質問しないということは、本部長は何が言いたいのかということが分かったからであろう。
その刑事は、最近刑事になったばかりなので、昔のことは分からない。それが、質問していたくなった理由ではないだろうか?
それは、時効という考えがあったからであった。
2000年までは、殺人の時効は15年、2000年から、2010年までは、25年、そして、今回時効が徹灰になったというのが、ちょうど、13年くらい前になる2010年からである。
それを考えると、
「時効が15年であれば、時効が成立している間、海外にいて、ほとぼりが冷める頃日本に帰ってきてから、時効までを密かに暮らす」
ということができたかも知れない。
だから、今のように時効が撤廃された状態で日本に帰ってきても、
「死ぬまで、警察に追われることになる」
ということである。
それを若い刑事に説明すると、若い刑事は、
「なるほど」
と頷いていた。
しかし、実は、この、
「時効」
というものには、盲点があった。
この盲点というのは、警察側にあるわけではなく、犯人側が、ちゃんと把握していなければいけないことであった。
というのは、昔、時効があった時、刑事訴訟法の時効の項目で、
「殺人の時効は15年ということであるが、もし、犯人が、海外にいた時間は、時効の継続を停止する」
というような文面があったのだ。
つまり、15年を時効期間として、海外潜伏を、例えば、5年間だったとしよう。
5年、海外に潜伏していて、日本に帰ってくれば、普通に考えれば、
「時効はあと10年だ」
ということで、犯人が、ちょうど、そこから10年経ったことで、
「大っぴらに表を歩ける」
などと言って、ノコノコと表に出てくると、指名手配にでもなっていると、捕まってしまうであろう。
犯人が、
「時効の停止」
というものを意識していなければ、当然、出てきた瞬間に、警察に捕まるというものだ。
いくらそれまで、必死になって見つからないように注意していても、その瞬間に、すべてが無駄になるのだ。
そういう意味で、時効があった場合、海外潜伏というのは、犯人側にも、一定のリスクがあるということであった。
だから、若い刑事には、
「時効があった頃の考え方」
というものが分からない。
ということで、海外にいる方がいいという考え方がいまいち理解できないのだろう。
若い刑事も、時効というものは分かっているはずだ。
「凶悪事件の時効は撤廃されたが、それ以外の事件に関しては、基本的に時効というのは、存在している」
ということだからである。
若い刑事にとって、凶悪事件にまだまだ出会っていないこともあって、
「時効がない」
という方が、本当は馴染みがないのかも知れない。
しかし、K警察署というところは、検挙率がいいことで有名なので、そもそも、
「時効というものを意識するということはない」
といってもいいだろう。
確かに、最近の事件は、殺人事件であっても、そんなに解決までに時間が掛かるというイメージはなかった。
それは、桜井刑事や迫田刑事の活躍が眼を見張るからであり、若い刑事にとっては、彼らベテラン、中堅刑事の活躍は、お手本であり、目指すところでもあるのだった。
特にこの二人の刑事は、
「目の付け所が違う」
と言えばいいのか、誰もが思いもつかない突破口を、結構早い段階から見つけ出して、事件解決に結びつけているのだった。
というのも、
「最近の犯人も、結構考えている」
ということもあり、警察の通り一遍の捜査では、なかなか解決に結びつかないということも多いようだった。
ただ、警察というところは、本当に縦割り社会で、
「上が決めたことには、従わなければいけない」
ということもあり、そういう意味で、
「上がしっかりしていないと、犯罪捜査などおぼつかない」
ということになる。
そういう意味で検挙率の高いところは、
「よほど本部長クラスがしっかりしている考えを持っているか?」
ということであったり、
「本部長を支える部下の考えが、上に通っているか?」
ということであった。
そういう意味で、桜井刑事や迫田刑事の発想は、天才的だといってもよく、本部長であっても、
「あの二人の意見を聞いてみよう」
というほどに信頼を寄せているといってもいい。
桜井刑事あたりは、
「影の本部長だ」
と言われているくらいであった。
だからと言って、本部長が無能だというわけではない、
そもそも、桜井刑事や迫田刑事を育てたのは、本部長であり、本部長の考えが、皆に行き届いていなければならない時、そのパイプ役を担うのも、桜井刑事や迫田刑事であり、そういう意味でも、チームとしても、最高だということである。
迫田刑事は、まだ若く、30代後半であったが、桜井刑事は、すでに40代に入っていた。
警部補くらいになっていてもおかしくないのに、なぜか出世欲がないと言えばいいのだろうか。
「いや、今の方が、上と下の間でうまく機能できるので、こちらの方がありがたい」
ということであった。
桜井刑事はともかく、迫田刑事も、どちらかというと、出世欲はないようであった。
そもそも、本部長も、刑事時代が長かったので、
「現場で培ったものが豊富なだけに、部下に慕われるのだ」
ということをしっかりと分かっているのだった。
迫田刑事は、いつも桜井刑事の背中を見ていて、その桜井刑事は、本部長の背中を見ている。
それが、K警察刑事課の強いところであり、今の現場は、迫田刑事が中心になっていて、桜井刑事は、近い将来、警部補になることも分かっているので、一歩上の立場から捜査することになるであろう。
そうなると、いよいよ、現場の中心は、
「迫田刑事だ」
ということになるだろう。
迫田刑事は、そういう意味で、現在起こっている事件以外でも、他に事件がない時は、
「未解決事件」
つまり、
「お宮入りになった事件」
を研究しているのだった。
その中で一番気になっているのが、10年前に起こった、
「老夫婦強盗殺人事件」
だったのだ。
老夫婦が、最初のイメージと打って変わって、途中から、
「あの夫婦は守銭奴だったのではないか?」
ということになった時、迫田刑事は、何か違和感のようなものがあった。
考えれば考えるほど、憤りを感じるものであり、
「何かに騙されているような気がする」
というものであったのだが、それが何か分からないだけに、イライラした感覚があったのだ。
それまでの犯罪事件で、そんなことを感じたことはなかった。
しかし、それを桜井刑事に打ち明けると、
「うーん、それが何かというのは、本人である君にしか分かることではないのだろうが、その気持ちだけはしっかり持っているといいかも知れないな。事件というのは、ちょっとした違和感から、案外と真実に辿り着くことがある、そのことをしっかりと自分で理解しておく必要があるからな」
と、言われたのだ。
「はい、分かりました」
と答えてはいたが、その時の桜井刑事の言いたかったことが何なのか、今でも分からない。
それだけに、本当は聴きたいのも山々なのだが、ぶん、教えてくれないということは分かり切っているので、それ以上、言及することはなかった。
「桜井さんは、分かって言っているように思えてしょうがないんだけどな」
と考えたが、自分でも分からない苛立ちを、桜井刑事に分かるわけもないと思い、それよりも、
「桜井刑事が分かっているような話をしたのは、桜井刑事にもかつて同じような思いがあったからに違いない」
ということであった。
ただ、それを桜井刑事が話してくれないということは、
「自分でその答えは見付けないといけない」
ということを言っているのだと思うと、
「余計に聞けない」
ということになるだろう。
「俺だって、桜井刑事や、それ以前に本部長が歩んできたものを、人から教えられるのではなく、身をもって感じるということに邁進しないといけないんだ」
ということを、迫田刑事は感じていることだろう。
迫田刑事は、今までの事件解決において、そのほとんどを推理して、解決に導いてきた桜井刑事とペアでやってきたのだ。
桜井刑事が、どんなことに注目し、事件に関しての問題を一つ一つ解決していくことの中に、
「鋭い嗅覚」
というものが必要だということが分かっていたのである。
「迫田刑事も、いずれは、私のようになるだろうから、まずは、今くらいの時に、自分には何ができるのかということを、しっかりと自覚しておく必要があるということだね」
と桜井刑事はいうのだった。
桜井刑事にとって、迫田刑事が、
「本部長にとっての、自分」
というような感覚になるのだった。
迫田刑事は、いつも桜井刑事の背中を見ているのだった。
10年前の事件のタレコミが、いかにも、
「迷宮入り前」
だったのだが、実際に刑事がそのタレコミの信憑性を探ろうとして出向いてみると、それらしいことはなかったのであった。
そもそもタレコミというのが誰からなのかということも分からない、そんな状態で、捜査員も、半信半疑だということで、なかなか、その信憑性の裏を取ろうとしても、
「本当に真剣に考えている人がいるのだろうか?」
というほどに、なっている。
特に刑事というのは、民間の情報に揺さぶられてしまうことがどうしても多い。特に、公開捜査などを始めると、
「情報はたくさん集まるのだが、それだけに、その一つ一つを確認するだけで大変なのに、そのすべてが違っていたなどということになると、まったくやる気が失せてしまうのではないか?」
ということになるであろう。
確かに、その中には、ガセネタと呼ばれるものもたくさんあるに違いない。いや、ガセネタしかないといってもいいかも知れない。
そもそも、最初から、怪しいという人物がいれば、公開捜査になったとたんに情報を寄せるまでもなく、情報提供をしていると思うわけで、それだけ、最初から、危機感を抱いていなかったということなのであろう。
そう思うと、
「警察に寄せられる情報というものに、どれだけの信憑性があるかというのは、実に曖昧なものだ」
と言えるだろう。
えてして、
「意図して何かをもとめようと行動を起こせば、結果、逆効果だということは、結構あるものだ」
と言えるのではないだろうか。
例えば、
「世界的なパンデミック」
が起こった時、
「休業要請」
なるものが行われたが、その時、
「一部の店が要請に従わない」
ということがあった。
正直、国が出す補助金程度では、スズメの涙にも満たないということで。要請に従わないお店であった。
それを、当時、
「自粛警察」
と言われるような、ネットでのご注進から、世間でも、
「そんな店が悪い」
と言われた。
そこがパチンコ屋だったので、世間はこぞって、店を攻撃するので、それでも従わない店に対して、自治体が店名を公表すると、翌日以降、客が殺到したということである。
「依存症」
と言われる人がいることと、普段から自粛というものにウンザリしていた人が、全国から一気に押し寄せたのだった。
これは完全に逆効果である。
密集してはいけないのに、その店が開いているから客は来るわけで、しかも、その情報を与えたのが、自治体ということだ。
本来なら、店名を公表することで、
「社会的制裁」
を与えるつもりだったはずなのに、逆に、店を繁盛させることになったのである。
さすがに、
「それならうちだって」
ということで、他の店も店を開けることにならなかっただけでもよかったということであろう。
普通に考えれば、他に開ける店がどんどん増えてきても、無理もないことのはずだからである。
それを思うと、
「過ぎたるは及ばざるがごとし」
ということわざを思い出させるものなのであろう。
その時、数人の刑事が、タレコミを信じる形で出かけていったが、5人くらいで確認にいったが、結果、何ら情報通りではなかったということで、
「ああ、せっかく出張ってきたのに」
と、まるで、
「くたびれもうけ」
とばかりに、愚痴をこぼす人も多かった。
普通の捜査であれば、
「どんな肩透かしのような情報であっても、必ず確認するのが、警察官の役目だ」
というだろう。
何と言っても、警察官というのは、
「治安を守る」
というのが先決である。
ただ、昔でいうところの、
「治安維持」
という言葉は、今とはかなりの違いがあったようだった。
特に、大日本帝国時代というのは、今の日本国とはその実態が違っていた。
実態というよりも、
「国体」
というものが違っていたのだ。
今でこそ、憲法で定めるところの主権は、
「国民」
であるが、大日本帝国憲法においては、
「天皇」
だったのだ。
しかし、どちらにしても、最優先するものは憲法であり、今が、
「立憲民主制」
であるのに対し、大日本帝国時代では、
「立憲君主制」
だったのだ。
その証拠として、大日本帝国では、今の「国民」のことを、「臣民」 と呼んでいた。
つまり、
「臣民」
というのは、
「君主制の中で、平時においては、国民はある程度の自由は持っていたが、有事などの場合には、国民は個人の権利よりも、天皇の命令によって行動しないといけないということになる」
ということであり、日本国における、
「国民」
というのは、
「憲法に定められた基本的人権は、何人たりとも犯すことのできないもので、永久の権利として保証されるものだ」
ということであった。
そんな、大日本帝国における、
「治安維持」
という考えは、あくまでも、戦時体制を築いていく中で、
「臣民として、国民が、天皇の命令に逆らうことのないよう、警察権を行使して、戦争に邁進していく」
ということで、大日本帝国における国民のことを、
「臣民」
としている時点で、正直、治安維持という考えは間違っていないのかも知れない。
治安維持法とは、これから戦争に向かっていくうえで、反政府主義であったり、反戦的な考え方を取り締まるという意味であるのだとすれば、
「憲法に従った法律」
ということで成立したのであろう。
特高警察などと呼ばれるものが、国民を迫害したかのように言われていて、実際にそうだったのかも知れないが、時代として、そして、
「国防」
という意味でいけば、特高警察は大切な国の機関であり、治安維持法は、大切な法律だったといえるだろう。
警察は、怪情報を元に捜査に入るのだが、実際に、容疑者と思しき相手は現れない。ただ何かが動いているのは確かなようで、警察が、掴んでいる情報は、握られているようにしか思えない。
だからと言って、警察が振り回されているわけでもないようだ。情報に信憑性はあるのだろうが、その情報が、警察が求めているものとは違うのではないかと思うのだった。
「警察はあてにならない」
と最初から思っているのか、それとも、
「警察があてになるかどうかを、探っている」
というところなのか、何かを試されているように思えてならないのだった。
ただ、警察も、そんな、ハッキリとしない情報にいつまでも振り回されるわけにはいかない。
実際に現場に行って、何も得られない。そして、捜査員から、
「無駄足でしたよ」
ということを言われると。
「よし、じゃあ、これで捜査は打ち切りにしよう」
ということで、最初の計画通り、
「お宮入り」
ということになるようであった。
警察は、このタレコミに対して、
「悪戯だったんだ」
ということで、肩をつけようとしている。
桜井刑事ですら、悪戯だと思っているようだ。
「桜井刑事がそう思うんだったら、悪戯なんだろうな」
と皆が感じていた。
言葉にすれば、同じ単語の羅列でしかないのだろうが、迫田刑事が考えていることは、他の人とは若干違っている。
というのは、他の刑事は、この事件が、
「お宮入り」
になることを、別に何とも思っていない。
逆に、
「これだけの捜査をしたんだから、しょうがない」
というような気持ちであった。
しかし、迫田刑事は、解決できなかったことに憤りを感じてはいるが、それよりも、この犯人に対して、ちょっとした、
「リスペクト」
を感じていた。
「敵としてあっぱれ」
とでもいうべきなのだろうが、ただ、やったことが残虐すぎるので、
「そんな気分になってはいけない」
という、自分の中にある、
「勧善懲悪」
という気持ちが表に出ていることで、ジレンマに陥っているのかも知れない。
そういう意味で、この事件が、
「お宮入り」
になるということは悔しかった。
だから、10年近く経った今でも、昔の捜査資料に目を通すようになったのだ。
この事件だけではなく、他の未解決事件も同じであった。
そのうちに、口の悪い後輩などからは、
「迫田さん、昔の捜査資料を見返すのが趣味なんですか?」
と言われるほどであり、
「いやいや、趣味なんてもんじゃないよ」
と苦笑いをするのだが、心の中では、
「お前たちの中の少しでも、そういう気持ちになるくらいのやつがいてもいいんじゃないか
と思っているのだった。
少しでも、
「未解決事件というものが少なくなればいい」
という気概を持った刑事がいれば、
「もう少しは未解決事件も減るのではないだろうか?」
と感じるのだった。
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