第50話 『星丘の樹』の檻籠

 キュイ……キュイ……


「ん……ぬぬぬ……」


 キャスは聞き慣れた鳥の鳴き声に意識を刺激されると、ゆっくりと目を開けた。

 仰向けに横たわっていたのか、目を開けて最初に見たのは天井・・である。そして胸の上でZzz……と眠る“バエル”を見て、とりあえず撫でて起こした。


 真っ暗な中、光量の弱い光により仄暗さが際立つ空間。起きたのは夜だとキャスは思ったが――


「ここって……」


 身体を起こすと“バエル”はキャスの上から降り、そして――


「え?」


 自分の状況に一気に目が覚めた。

 今いる場所は高所。それも地面からかなりの高さのある場所に吊るされたの中に居るのだ。


「『夜樹』の“檻籠”じゃん! なんで!? なんじゃい! あたし何もしてないよぉぉぉ!!」


 キャスは檻籠の格子を掴んで叫ぶ。その声に鳥たちは驚き、飛び離れて行ったがソレは地上で生活する者達へは届かない。代わりに聞こえたのは――


「キャスも起きたか」

「バエルなら何とか出来るかしら?」


 少し離れた別の檻籠にそれぞれ投獄されているミカとモナだった。


 檻籠の周囲は常に“ゴースト”が漂う――






 『星丘の樹』。

 それは『ミステリス』の持つ三つの港街の一つだった。

 そこの象徴である『夜樹』は幹が長い大樹であり、上部には陽の光を遮る程の枝と葉が生い茂っている。その為、枝付近では常に周囲の光を通すことがない。

 その枝に吊るされた“檻籠”は『ミステリス』でも罪を犯した者を閉じ込めておく為の牢獄である。

 外側の底に“使い魔”の召喚を抑制する魔法陣が描かれており、『魔女』の投獄も可能であった。


 『星丘の樹』を管理するのは序列5位の【夢鏡】ネムリア・ゴースト。

 彼女の使い魔“ゴースト”なら、投獄者達を問題なく監視できる。そして、暴れるモノなら強制的に眠らせる事も可能なのだ。

 必要であれば永遠に……






 檻籠の隙間から“バエル”が伸び、近くで仄かに光る『夜樹』の実を採ると、ミカとモナへ運んだ。


「すまんな、バエル」

「ありがとう」

「♪」


 ミカとモナにお礼を言われて“バエル”は嬉しそうに反応すると、キャスの檻へ収縮して戻っていく。


「二人とも、“夜の実”は食べられるからね。ゴミは鳥たちの餌にすればいいよ」


 寝起きでお腹が空いていたキャスは“夜の実”に齧りつく。


「久しぶりに食べるとうめぇ」

「♪」


 “バエル”も欠片をキャスより受け取り体内で、シュォォォ! と消化していた。

 ミカとモナも“夜の実”噛じる。甘すぎない味と程よい水分が身体を満たす。


「キャスはここの出身なの?」

「そうだよ。お母さんと一緒に住んでたんだ」

「そうか。なら、こうやって帰ってきた事は知ってるのか?」

「お母さんはもう亡くなってるよ。あ! でも、その事で気を使わなくていいからね!」


 思わず、この話題はタブーだと感じたモナだったが、キャスの割り切っている様子から少し安堵する。


「バエルも居るし。皆も居るから淋しくないよ」


 シュォォォ! と二切れ目を消化している“バエル”をキャスは撫でた。


「そう言えば……ハンニバルさんとラシルちゃんと――リタさんは!?」


 思い出した様に叫ぶ。特にリタに関しては敵の攻撃から自分を庇ってくれていた故に何よりも無事を知りたかった。


「キャス、落ち着いて聞いてくれ。ハンニバルとラシルはここには居ない」

「え?」

「ハンニバルさんに関しては恐らく別で投獄されてるハズよ。彼は特に危険だから」


 元は『無限刑』と言う出されるべきではない刑を執行されていたのだ。今は一時解放され、執行権はラシルが握っている。


「ラシルに関しては序列がネムリア様より上だからだろう。いくら罪人とは言え私たちとは待遇が別だ」


 ミカとモナが起きてからもハンニバルとラシルの姿は確認出来なかった。


「それじゃ……リタさんは!?」

「リタは……」

「正直な所……ここに居ないならもう……」


 あの時、ハンニバルはリタの死に関して何か言いかけたが、ソレを聞く前に囚われてしまった。

 何か出来るとしても、この状態では何も出来ないだろう。

 二人の言葉からリタの最期を察したキャスはよろよろと格子に項垂れる。


「リタさん……」


 “あんたなら、成れるよ”


 優しく撫でてくれた事とリタが言った言葉は心に残っていた。そして、背負うべきモノを改めて心に留めると意志を強く瞳を上げる。


 リタさん……あたしを見てて。『帝国』を『ミステリス』から追い出して……絶対に序列1位になるから!


「とりあえず、ここから出ないと! “バルバトス”か“麒麟”は出せない?」


 “バルバトス”で檻籠を破壊し、“麒麟”での脱出が現実的な選択だ。


「それが、私たちは自分の“使い魔”の名前を言えなくなっている様なんだ」

「え?」

「恐らく檻籠の効果ね。バエルは普通に現れているから、キャスの方で何かしら対策を知っているのかと思ったのだけど」

「えっと……バエル!」

「♪」

「バエルッ」

「!(キリッ)」

「バエル〜」

「Zzz……」

「ウチのバエルは普通に言う事聞きますが」

「ニュアンスで指示が分かるか……」

「やっぱり、バエルが特別なだけみたいね」


 “バエル”では檻籠を落とさずに、格子だけ壊すには不安が残る。それに加えて――


「周囲を監視するゴーストも何とかしないと」


 ネムリアの“使い魔ゴースト”による監視は絶えず行われていた。

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