第51話 刑の執行

「…………」

「お久しぶりです……ラシル様」


 ラシルは『夜樹』に吊るされている“檻籠”の中では無く、枝の上に建てられた来賓用の小屋の中に居た。

 眠っている間もラシルの身の回りの世話をしていた侍女が常に歩き回り、今も飲み物を目の前に淹れる。ラシルが目を覚ましたのはキャス達と同じタイミングだった。


 起きたと言うよりは……起こされた・・・・・が正しいわね。


 “ゴースト”は代々ネムリアの一族が特殊な訓練を得て契約が可能となる“使い魔”。故に他の魔女に顕現する事は無く、『ミステリス』に置いて唯一無二なのである。

 その能力も全容を知るのは【国母】とネムリアの一族のみ。

 ラシルが知っているのは“ゴースト”は実体を持たず物理的な障害は容易く透過すると言う事。そんな“ゴースト”が触れた対象は眠りに着き、ネムリアが許可するまで起きる事は無い。そして、“ゴースト”はキャスの“バエル”と同様に、常にネムリアの周囲に存在し続ける。


 しかし強力な反面、光の下では“ゴースト”は機能せず、眠った対象が陽の光を浴びれば睡眠効果も消えてしまう。


 その特性から『ミステリス』内の罪人を収容し、常に夜となっている『夜樹』の管理を任されていた。檻籠に収容している囚人達を絶えず見張っているのである。


「貴女様が……眠りについてから……三日が警戒しています……」

「三日……私の他に三人の魔女が居たでしょう? 彼女達は?」

「拘束……しています……ラシル様と……同じタイミングで……起こしました」


 ラシルは三人が無事である事にとりあえず安堵。そして、ネムリアへ改めて向き直った。


「ネムリア。貴女は今の『ミステリス』の状況を把握しているの?」


 ラシルは正面に座るネムリアに問う。序列はラシルよりも下ながらも、“ゴースト”を使った能力は夜限定で魔女の中では一線を画する。


「……しています。故に……貴女には“責務”を……果たして……もらいたいのです」

「責務……私は『ミステリス』を護る為に動いているつもりよ」

「違います……刑の執行です……」


 ネムリアはラシルの手の甲にある紋章――『無限刑』の執行権限を半眼で見る。


 刑の執行を求めるって事は、ハンニバルは生きてるわね。どんな形で拘束されてるのかは知らないけど。


「ハンニバル……K……バルカ……危険だと……聞いています……」

「ええ。私も彼を野放しにし続ける事は最良とは思っていないわ」

「それでしたら……」

「でもね、それ以上に『帝国』を倒すにはハンニバルの力が必要なの。このままの『ミステリス』では戦えない」


 『帝国』の戦力は技術や物質もあるが、何よりも際立つのは軍隊としての統率力だ。

 ガイダル、アンバー、ガンズと言う異質な戦力もさることながら、兵士一人一人の練度も高く、リタを助ける際にはハンニバルの“フェニックス”が来なければ間違いなく全滅していた。


「ハンニバルは今の『ミステリス』に必要よ」

「…………何故そこまで言うのか……私には……理解できません……」

「この見えなくなった片眼にずっと残ってるの」


 『ブルーム』が奪われ、そこに住まう民たちが蹂躙される光景が。


「ハンニバルは勝てると言ったわ。【国母】様は今回の件に関して、一言でもそう言ったかしら?」

「……疑いますか……? 【国母】様を……」


 ラシルに纏わりつくように黒いボロボロのフードを着た“ゴースト”が現れる。フードの奥は吸い込まれる様な真っ黒い穴になっていた。

 “デッド・ゴースト”と呼ばれるソレは、対象の命を永遠に眠らせる事が可能な“ゴースト”の上位種である。


「ネムリア、“デッド・ゴースト”を引っ込めなさい」


 ラシルの命令と向けられる気迫は、ビリビリとネムリアへの無礼に怒りをぶつけている様だった。


「私たちの事を拘束するのは仕方ないと理解出来るわ。だから、貴女にも私と同じ目線で話すことを許容していた。でも、私に“デッド・ゴースト”を向けるのは【国母】様に対する反逆よ」


 序列とは単なる称号ではない。【国母】が定めた絶対的な権限なのだ。

 古くから『ミステリス』に存在する序列は魔女同士での争いを制する秩序でもある。下位の者は上位の者に対して無礼を働くと言う行為は【国母】の意図に対する反逆なのだ。


「ネムリア、貴女に聞くわ。目の前にいるのは誰?」

「…………」


 自分のやろうとした事が如何に愚かだったかをネムリアは察し、額に汗が流れる。


「答えなさい。誰かしら?」


 ネムリアは即座に“デッド・ゴースト”を消すと椅子から降り、正座する形でラシルへ頭を垂れる。


「序列4位……【巨人】ラシル・スプリガン……様です……」

「ええ、そうよ。そして、『ミステリス』の魔女。この国の脅威となる存在は絶対に野放しにはしないわ」

「……過ぎた真似を……申し訳ありません……」

「貴女の立場も理解できるわ。だから私の眠ってた三日で何があったのか教えてちょうだい」

「……かしこまりました……『ブルーム』へ――」

「待った。顔を上げて、座って聞かせて」

「……はい」


 ネムリアは椅子に座り、三日間で何が起こったのかを語り出す。


「【国母】様の命令により『ブルーム』へ……【古鉄】アルト……【雷鳴】ネールが赴き……【地王】ラディア様が……後方に控えました……」


 ソレはハンニバルから聞いていた情報だ。ナギ様が流してくれた事実は隠しておく事にする。


「アルトとネール……ラディア様も?」

「はい……」

「結果はどうなったの?」

「…………『ブルーム』は――」

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