第49話 お休み……ハンニバル……
「ハハハ。さっき海に立ってたのに、相変わらず無茶苦茶な爺さんだぜ」
「カッカッカ。その軽口を再び聞ける事になるとはのぅ」
敵対する【
「貴様!」
目の前に現れるまで誰も察知できなかったガイダルの出現。ミカは妹の仇である故に殺気を纏って――
「外野は黙っとれ。今、ワシはハンニバルと話をしとる」
その殺気を無理やり抑え込む、ガイダルの“圧”を向けられ怒りのままに攻撃を仕掛けようとしたミカの身体は無理やり止められた。
生物としての生存本能を強烈に刺激するガイダルの“圧”を前に震えて立ち尽くす事しか出来ない。
「ミカ。場は用意してやるから、ここは作戦通りに頼むぜ」
その物怖じを庇うようにハンニバルは告げる。
『君は本当に掴みどころのない男だ』
通信機器からアンバーの声も響く。
「アンバー、お前も大概だぜ。“Aエンジン”とか言うとんでもないモン作りやがってよ」
『研究の成果だよ。それに“Aエンジン”は直接兵器には使えない。動力が精々さ』
「【
『私からすれば君の考えの方が興味あるよ。次は空と言っていたね。そこを制したら次はどこを争う事になるのかな?』
「星の外側だ」
『ふむ……ふむふむふむ! 実に興味深い! やはり君は素晴らしいな!』
「これ、アンバー。ワシの横入りをするでないわ」
『これは失礼。なるほど……星の外側か……』
新たな発想を得たアンバーは、ぶつぶつ言いながら通信を切る。
「この地にワシらが揃うとはのぅ。ハンニバルよ、今までどこにおった?」
「オレも色々とあってね」
「カッカッカ! 『魔女の国』ならば時を越える事も容易いと言うワケか!」
「越えたくて越えたワケじゃねぇけどな」
「良き! 良き! やはり、この遠征に参加して正解だったわい!」
カッカッカ! とガイダルは心底嬉しそうに笑う。
「爺さん、オレ達はそろそろ退却するからよ。追撃は無しにしてくれや」
「それは、ワシに利があっての事かのぅ?」
ガイダルの眼がハンニバルを深淵まで覗き込むようにじっと見た。
【魔拳神】は常日頃に感じる“退屈”を紛らわすモノを探している。その興味はただ一つ。
まだ見ぬ“強者”との死合。
それこそが、彼が唯一“退屈”しない物事だった。
「ああ、利はあるぞ」
と、ハンニバルはコソッと耳打ちする様にガイダルへ近寄り告げる。
「ここだけの話な、実はこっちの上層部はここに追撃部隊を送る予定だ(小声)」
「ほぅ……魔女か?(小声)」
「ああ。この国でトップ5に入るヤツが一人来る(小声)」
「ほほぅ……」
「それに――」
ハンニバルは耳打ちを止めると踵を返して続ける。
「心残りだったんだよ」
「何がだ?」
「【魔拳神】ガイダル・リダンには色々と助けてもらった。だから、その恩義に報いる事が出来ないのは【軍神】としての信用問題に関わる」
ハンニバルは足を止めるとガイダルへ向き直った。
「だからとっておきの報酬を用意する予定だ。爺さんがずっと求めてるモノ――敗北だ」
ガイダルには分かる。
今、目の前で語る男の言葉に嘘は無い。そう、
「待ちわびたぞ。【軍神】より放たれるその言葉を!」
「アンタ相手は一国必要だったが、ソレもこっちには揃ってる。場を整えたら連絡するから期待してて良いぜ」
「カッカッカ! 実に良き! ならば座して待とう!」
『
そして、ゆっくりとその姿は吹き消える炎の様に、ボウッ、と消失した。
連絡路を通らず、海を直接渡って対岸に戻った“スプリガン”はそのまま森の中へ。そして、追跡が無い事を確認した後に手の平から五人を降ろした。
「…………」
「まだ不貞腐れてんのか?」
降りたハンニバルはミカを見た。
「私は……自分が情けない……仇を目の前にしておきながら……」
言葉一つで動けなくなった事で心底理解した。
自分はヤツに到底及ばない。その力の差は計り知れない程に遠くにある。
どうすれば追いつける? いや……超えられる? ヤツを……
拳を強く握り、俯き考えるミカはガイダルを倒す未来を全く想像出来なかった。
「ガイダルの爺さんに敵意を抱ける奴は多くない。少なくともお前はスタートラインには立ってる」
「それではダメだ! ヤツには勝てない!」
「オレは勝算もない事を口にしないぜ」
ハンニバルはミカの頭に、ポン、と手を置く。
「お前が自分を信じられないならソレでも良い。その代わりオレを信じろ。勝たせる、と言ったオレの言葉をな」
「…………手を退けろ」
「ハハハ。こりゃ失礼。昔の癖でな」
「何の癖だ……ったく」
ガイダルを倒す為にもミカに今回の接触を引きづってもらっては困る。僅かでも物怖じしてしまったら【魔拳神】には絶対に届かない。
「キャスの様子はどうだ?」
「眠っているだけです。少しすれば目を覚ますと思います」
「そうか。目を覚ますまで、側に居てやってくれ」
「はい」
キャスに関してはモナが側に居れば問題ないだろう。
次にハンニバルはラシルを見る。彼女は“スプリガン”を引っ込めてからもずっと夕焼けを遮る『ブルーム』方面を見ていた。
「行くなよ」
「……行かないわ。今は……リタの事よ」
ラシルは自分があの役目を担うべきだったと後悔していた。
「その事なんだが、お前らに色々と説明を――」
と、不意にラシルが力抜けた様に倒れた。
「!」
咄嗟にハンニバルはガス攻撃を考えて口を押さえて繰り返る。
すると、ミカとモナも地面に項垂れる様に座り、動きを止めていた。
見ると、皆
マジか。“十人会議”は昨日だったろ……
補足されない様に即日動いたのだが、来るのが早すぎる。
次に背筋を冷やすような悪寒を感じ、ハンニバルは側を通過する“使い魔”を見て、思わず苦笑した。
煙のような身体。足はなく、髑髏のような顔で宙を泳ぐ様に漂う。ソレが無数に浮遊していた。
「“ゴースト”か」
「アナタが……ハンニバル……?」
森の奥から存在感を表す様に一人の魔女が佇んで居た。
「私……序列5位……【夢鏡】ネムリア・ゴースト……」
「ハハハ。ご丁寧にどうも。オレはハンニバル――」
と、会話の途中でネムリアは手を翳すと“ゴースト”はハンニバルの身体を通過し、その意識を奪った。
「お休み……ハンニバル……」
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