第41話 ターゲット

 二人と別れて、灰本と一緒に電車へ乗り込む。

 このまま直帰になるから、三駅ほど行ったら、私は自宅方面の電車へ乗り換えとなるため、灰本とは解散になる。

 帰宅ラッシュより少し早い時間のお陰で、車内はガラガラだった。

 空いてる席に並んで座って、ほっと息をつくと、先ほどの疑問が、再び上昇してきていた。

 

「私が見たのは、誰なんだろ」

 持っていた鞄を台にして、頬杖をついてぼそっと呟く。先ほどから、物思いにふけっているから聞き流されるだろうと思っていたが、意外にもしっかりとした返答が帰ってきていた。

「二人と接点があることは確かだろう。身辺をあらえば、自ずと答えは出るだろう。それ以前に自分から出てくる可能性が高い」

「自分から?」

 眉を潜めて問い返す。

 灰本が険しい顔をしているところからすると、それは、あまりいいことではないように見える。灰本は顎に手をやって、整った顔立ちの中央に深い溝を作る。電車が大きく揺れていた。


「連絡をよこしてきたのは加害者側の人間。本来ならば、柴田からの連絡なんていちいち対応する必要はなかったはずだ。それにも関わらず、お前の呼び出しにわざわざ乗ってきた」

「確かにそうですね。私からの連絡なんて無視すればよかったのに」

「じゃあ、その目的はなんだ?」

 灰本は、問いかけられて、そのまま自分の胸に問いかけてみる。私を呼び出した理由。

「会って早々、翼君を突き落とした動画を買わないかと持ち掛けられたから、お金ほしさに私の誘いに乗ってきたって可能性が一番高いんじゃ?」

「そんなにしつこく、金をせびられたか?」

「いや……しつこいというほどでは、なかったですね。むしろ、簡単に引き下がった印象でした」

「ということは、金じゃない。他に目線を向けよう。会話のメインは何だった?」

「一貫していたのは、私への挑発……」

 そうだ。考えてみれば、話の内容のほとんどがそれだった。他の話は、ほとんどなかった気がする。私の答えに、灰本は頷いている。

 

「……ということは、私へ喧嘩を吹っ掛けるために、わざわざ私の呼びかけに応じたってことですか?」

「百歩譲って、最初の目的は、確かに金をせびるためにやってきたのかもしれない。だが、話すうちに気付いた。呼び出してきた相手は、ドが付くほどの正論を述べてくる人間だということに。陰湿ないじめをしている輩が一番嫌いな人間だ。だから、方針転換をした」

「方針転換?」

「あぁ。柴田を挑発して、自分は弱い立場だと主張する。そして、逆に嵌める」

 不快感が胸に押しよせ、あの瞬間が蘇った。

 私を激しく挑発してきて、言い合いになった。頭がおかしくなりそうなほど、頭にきた。自分もあの時殴りかかろうとしたのかもわからない。ともかく、ドンっと机を叩いた。その時言われたのは。

 『あれ? 殴らないんですか? 詰まんないなぁ。あなたが捕まるところ、撮れると思ったのに』そういって、私を撮影していた。挙句の果てに、何も知らない大人たちを自分の味方につけて、私は軽蔑の視線に晒された。今でも、あの行動を思い出せば、腸が煮えくり返るどころか、どろどろに溶けてしまうほど頭にくる。

「自分はまだ社会的に守られている子供だ。だから、何をやっても誰からも責められるようなことはないんだ、といいたい」

 なんだ。その言い草。本当に腹が立って仕方がない。やっていることは、大人顔負けの悪事だ。悪事なんかじゃ生ぬるい。犯罪だ。暴走しそうな怒りを、何とか飲み込む。


「あいつの主張は、分かりたくもないけど、とりあえず、わかりました……でも、どうして、冒頭の「自分から出てくる」っていう話になるんです?」

「証明したいんだよ。実際に、そうだっていうことを」

「誰に?」

「柴田に」

 あまりにさらっと言われて一度聞き流してしまう。しばらくしてようやく灰本の声が脳に届いて、目を丸くするしかない。

「私?」

 自分を指さしながら、まさかと笑ってしまうが、灰本は遊びのない真剣な眼差しを向けて頷いている。

「じゃあ、私の前にまた現れるってことですか?」

「翼から始まって、あいつらにとっては、これは一種のゲームだ。楽しいと思えば、刺激を求めて必ずやってくる。相手に、自宅の場所とか喋ってないだろうな?」

 強めに聞かれて、思い返してみるが思い当たる節はなかった。

「まともな雑談もしていないし、会ってすぐに本題に入っていたから、個人的な話は何もしていないです。個人情報を与えたのは、この名刺くらいで」

 偽物の名刺を出す。すぐに、取り上げられて鋭い目で確認される。どんなに見たって、記載されているのは、名前と電話番号、メールアドレスだけだ。それなのに「いつも、迂闊だからな……」と嘆かれる。

「柴田の住んでるアパートのセキュリティは」

 といいかけて止まる。私に聞くまでもなく答えは出ていたようだ。

「最悪だったな……」

 そういって、灰本は目を覆っていた。その反応は、大家さんに失礼だ。

「築五十年越えにしては、頑張っている方です。玄関の鍵は、二つもあって、チェーンもついているんですから」

 そんなやりとりをしていると、私が乗り換える駅に到着していた。ガタンと大きく揺れて停まり、立ち上がる。

「じゃあ、また明日」言おうとしたら、灰本も一緒に立ち上がっていて、だいぶ高い位置にある顔を見返す。

「灰本さん、まだ先でしょ?」

 そのまま座っていればいいという私を無視して、灰本が先に電車を降りていく。

 私は慌てて、その後を追っていた。

 

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