第39話 偽者
翌日、二人で翼が通う学校へ向かった。私が正門、灰本が裏門と二手に分かれて、ある人物が出てくるのを待つ。
相手の名前は、長峰凛。灰本の相関図にあった名前だ。
昨日の灰本からの説明によると「翼からの話によれば、親しい関係らしい。翼の意識がない時も、毎日のように連絡が来ていた。その子に関しては、翼側であることは確かだとみていいだろう。二人で写っている写真もあったしな。話を聞く価値はある」ということだった。
翼からもらった長澤凛の写真は、灰本のスマホに入っていて、それを私と共有していた。二人で、屈託のない笑顔を浮かべている。翼の意識がないと聞いたとき、彼女もまた大きな傷を負ったことだろう。ズキッと胸が痛みそうになったところで、肩にかけていた鞄が震えた。
灰本からメッセージ連絡で『助けてくれ』というものだった。あの灰本が、私に助けを求めるなんて、ただ事じゃないと、急いで裏門側へ行く。その光景に目を疑うと同時に、落胆していた。
この高校の制服であるブレザーにチェック柄スカートを着た女子高生ばかりで形成された人だかりができていて、その中心に灰本がいたのだ。背が高いから、女の子の塊から頭一つ飛び出ている。そうだった。つい忘れがちではあったが、灰本は顔だけはいいのだ。人目を惹くほどに。
取り囲まれた女子高生からカッコいいとか、連絡先教えろとか、訳のわからない状態になっている。当の本人は、困り果てながら、苦笑を漏らしているようだが、また黄色い声が飛び交っていた。
いつも私にやっているように容赦なく蹴散らせばいいのに。イラっとしながら、灰本のところへ乗り込もうと足を踏み出す。
その時、正門から出てくる短めの黒髪を後ろで束ねた俯き加減の女の子が目に入った。急いで、手の中のスマホの画像と見比べる。笑顔とは程遠い表情はしていたが、丸顔で、童顔のおとなしそうな印象。彼女に間違いない。女の子たちに取り囲まれている灰本に目配せするが、使い物にならなさそうだ。
急いで、彼女へ近づいて声をかけた。
「長峰凛さん、ですよね?」
できる限り緊張感を与えないように微笑む。しかし、持っていた鞄をぎゅっと握りしめて、怯えたように首を竦めている。「少しだけでいいの。翼君の話を聞かせて」懇願するように小声で言うと。周囲を気にしていたようだ。
そこに安心させるように私はさらに声をかける。
「あの人、私の知り合いなんです。あんな感じで騒ぎ起こしていて、みんなそっちに意識が向いているので、誰も私たちに注目してないわ。大丈夫」
ちらっと灰本の方を見やる長峰凛。私もその視線の先を追いかける。
相変わらず、困り果てた笑顔を浮かべているが、鼻の下は伸びている気がする。見ているだけで、腹が立ってつい「いい気になっちゃって、みっともない」と、つい本音が漏れてしまう。吐き出した文句を聞いて、凛は私をじっと見ていた。
「ごめんね。今のは、聞かなかったことにして」
つい素が出てしまったことに謝ると、凛のがちがちだった緊張感が幾分和らいでいた。そして、彼女は遠慮がちに口を開いていた。
「私、翼君のためなら、何でもしたいです」
静かな声ではあったが、名前と同じような力強い響きだった。
学校からだいぶ離れたところの喫茶店を見つける。灰本に連絡を入れてから、店に入った。凛は、アイスココア、私はカフェラテをオーダーしたところで、鞄を横に置き府うっと息をつくと、灰本が入ってきていた。凛の肩に力が入っているのを横目に、機嫌よさそうな顔をして、隣に座ってくる灰本を睨みつけた。
「ずいぶんと楽しそうで、よかったですね」
「顔の良い男の一生の悩みだな」
「最低。凜さんは、こういう悪い男に引っかかっちゃダメですからね」
私がしかめっ面してそういうと、凛は肩の力が抜けてフフッと笑っていた。
「翼君は、真面目なので……」
凜は、もじもじしながらいった。その言葉に面を食らう灰本。
「本当、その通り。翼君と、この人は全然違うものねぇ」
灰本は思い切り睨んでくるが、構わずお腹を抱えて笑っていると、少しずつ話を本筋へ戻せと、無言の指示が出る。そのまま脱線していきそうだった気持ちを切り替える。
「凜さんは、翼君とお付き合いしているの?」
さり気なく聞いてみると、凜は顔を真っ赤にさせながら、いった。
「いえ……まだ」
「まだってことは、その日は近いってことね」
私は、ニッコリ笑いながらいうと、耳まで真っ赤にさせながら頷く。しかし、すぐにその赤みが陰っていた。
「……二人で遊びに行く約束をしていたので、その日に本当は……翼君へ告白しようと思っていたんです。でも、その前日に、翼君が病院へ運ばれてしまったので」
悲しげに目を伏せていた。告白しようとした矢先の事件。凛自身も相当辛かっただろう。
少し重い空気が漂っていたところに、ウエイトレスから飲み物が運ばれてくる。凜は、早速ストローを指して、気を取り直するように、コクリと喉に通していた。
ずっと黙っていた灰本が、そこで初めて口を開いた。
「クラスでの翼君は、どんな感じだったのか聞かせてくれるかい?」
灰本から柔らかく尋ねられると、凜は頷いていた。
「翼君は、クラスの人気者で、特定の男子からいつも嫉妬されていて、毎日のように嫌がらせを受けていました」
「特定の男子というのは『河井樹』と『庵野青』で間違いない?」
灰本がいうと、少し躊躇しながらも、怒りを滲ませてはっきりとした口調で言った。
「はい。そうです。この二人はいつも翼君を見つけては、からかったり、コミュニケーションだとかいって、殴ったりしていました。そのくせ、先生たちからの評判はよかった」
凛は、ぎりっと奥歯を噛む。灰本は、頭を整理するように少し間を開けた後、その先を続けた。
「富永嵐という子は、どうだった?」
「富永君ですか?」
面を食らったようだったが、凛は淀みなく答えていた。
「富永君は、翼君の一番の『親友』です」
三人から共通して出てくる親友という言葉。戸惑いそうな私とは真逆に、冷静な灰本は、更に質問を重ねていた。
「親友というのは、どの程度の仲の良さだったのかな?」
「二人は、中学の頃からずっと一緒だったみたいで、気心知れた仲でした。本当に何でも、相談し合えるような、私から見ても羨ましいなって思えるような、そんな仲です」
「ここ最近、二人が喧嘩したとか、そういったことは?」
ここで初めて凜は嫌悪感を表した。眉を潜めて、すかさず首を横に振る。
「ずっと仲良くしていて、最近どころかこれまで一度も、言い合いしているところも見たことがありません」
不快感を滲ませている。灰本は顎に手を当て始める。私が目線で問うと、首を縦に振っていた。了承を得て、その先を引き取った。
「私ね、富永君に会ったことがあるの。でも、正直そんな感じ全然しなかった。むしろ、敵意さえ感じた」
私の言葉に凛は、更に眉間に深い溝をつくっていう。そんなこと、あるはずがない。二人の仲を信じて疑っていない様子だった。凛は、しばらく不満げに沈黙していたが、突然「あ!」と叫んでいた。灰本と顔を見合わせる。そんな私へ、凜は身を乗り出していた。
「それって、いつの話ですか?」
「昨日だけど」
困惑と質問する側まで逆になって、完全に立場も逆転していく。その様子を灰本はじっと分析している。
「本人だって、どうやって確認しましたか? もしかして、学生証ですか?」
ピンポイントで聞かれる。
「ええ、そうだけど……。どうして?」
「二日くらい前に、富永が自分の学生証が見当たらないって、騒いでいたんです」
その出来事への驚きと、まさかという思いはあったが、やはり釈然としない。
「でも……学生証の写真も確認したけど、本人に間違いなかった」
引っ掛かりをそのまま口にすると、凛は自分の学生証を鞄から取り出して私の灰本の方向へ向けてみせる。
「うち、古い学校なので学生証は紙なんです。写真は、証明写真をのりで貼り付けるだけ。だから、剥がそうと思えばいくらでもできる」
私は、唖然とするしかなかった。灰本は、静かに頷いた。
「なるほど。これで、違和感の正体がわかったな。柴田の前に現れたのは、富永嵐ではない別人だったということだ」
全く見抜けなかった自分自身に、腹が立って仕方がなかった。
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